16.潜入捜査(15)密談(2)
16.潜入捜査(15)密談(2)
ぼくの目の前に、下着姿のミランダの顔があった。
『顔が近い』
というか胸のほうが近かった。
『えっ?』
『えっ?』
『ああ、私を女性と見たのね……イヤラシイ』
『そんな……』
『ジョークよ。テロリストならセックスするでしょうけれど』
『えっ?』
『どの世界でもアイルランド共和軍(IRA)でも日本赤軍でも同じこと。テロの前に身体を重ねて結束を強めるの。……あなたは紳士だから逃げ出すようなことはしないでしょうけれど』
ぼくは他に言葉を持たなかった。アセックス卿がどういう人物であれ、末端まで管理しているとは思えない。
『仕事。――校内に黒髪好きはいない。嬢以外は』
『レディ・ベルは被疑者じゃあない』
『嬢がそんなことをする訳がない。大切なオモチャを壊すようなことはしない』
『人権がないような言い方だな』
『英国貴族がそんなことを考えているはずがないじゃあないの。合理的なフランス式の思想よ。英国人は差別しないけれど、絶対に親しくしない。結婚しない。仏国人は強く差別するけれど、愛し合う。結婚して子供もつくる。……嬢が東洋人と結婚することなど絶対にないわ』
フランス革命によって一七九四年に奴隷制が廃止されたが、一八〇三年にナポレオンが奴隷制を復活させている。合理的なフランスでさえこの有り様なのだから、他はもっとだろう。
『つまり?』
『私たちが一夜を共にしたとなれば、敵も出てくるでしょう?』
『そう簡単に事が進むとは考えられない』
『ボーイズラヴなのよ? BL! BL! なんと麗しき禁断の愛!』
豊かな胸が上下した。
(この人も腐っていましたか……)
『今は合法でしょう?』
同性愛の罪で逮捕されたアラン・チューリングに、英国政府が公式に謝罪したのは二〇〇九年だ。
『いちおう合法だけれど、ハードルは高いわ』
『殺人のほうがハードルが高いのでは? 何も殺めなくてもよかった』
『チャーリーの件は、衝動的だったと思う。そもそも同性愛者は数が少ないから、その愛は希少だわ。固執してしまう……想い出を永遠にするには手にかけるしかなかった……』
『で、無理心中からの入水か……』
『えっ? あっ待って。あっそっか無理心中か……なるほど』
『何?』
『いえ。日本的な考え方だなと』
『無理心中が?』
『いいえ。入水がよ。ふつうは死なない。しっかり生きている。愛した者を覚えているには生きている必要がある……』
『日本的? 被疑者は白人男性だよ?』
『でもそれは状況証拠にすぎないわ。チャーリーとその白人男性が愛し合っているのに嫉妬した第三者が……』
『それこそ憶測にすぎないよ。米国の報告には第三者の存在はないんだし……』
『報告の改竄とか?』
『それこそ意味がない。犯罪者を囲うなんてことを茶泉がする訳がない。有能なら、公表して責任を取らせて利用する。その前に犯罪になりそうな時点で気づいて――』
唐突に、気づいた。
『やっぱりあなたは生き餌みたいね』




