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不完全な人類

砂漠は、より細かく坂の緩急をつける。


そして列車は、石の道──一定の高度を保った物──の上を通り、エジプトへと向かっている。


日差しがさらに強まり、気温が上がる車内では、冷たい冷房が効いているものの、やはり少し暑い。


現に、今いるこの一般車両では、アイスを買おうとしている人が多いほどだ。


「本格的な砂漠になってきましたねー」


横にいる、隊員の一人が言う。


窓の外には、ピラミッドと、いくつかのサボテンが見える。


「砂漠って、自然破壊とかあったんですかね?」


さっきからこの隊員は、やかましいと思う。


ファッションに気を使い、煌びやかな印象を受ける彼女は、一応の成績はいいらしい。


だからここにいるのだが、いいのは成績だけで人格はいいとは、決して言えないのだろう。


しかし、疑問を呟くのはそう悪いことではない。


「さあ……」


が、それに応えてあげられる知識を持っていなかったのは、申し訳なく思う。


「植物が生えても、生態系は直ってませんし、本当の意味での自然回復っていつになるんでしょうね」


「再生期が今現在は約2000年で……西暦だけでも7000年続いたらしいし……あと5000年とか?」


「そんなもんですかねぇ」


二人一緒に、机の上に置かれた菓子を頬張りながら、他愛もない話を続ける。


ザーフスタンから離れ、一週間が経ち、こうして隊員とも打ち解けられたと思う。


隊長として嫌でも部下の面倒──特にメンタルケア──を行う際には、尚更嫌でもコミュニケーションを取る必要がある。


同年代とのコミュニケーションは、慣れない物だが、思ったよりは出来たと言わせてもらう。


これも、知恵によるポテンシャルだろうか。


それとも、相手が優しいだけだろうか。


なんてことを考えていると、また彼女は口を開く。


「でも、魔物とかも出てますし、完璧な自然回復なんて理想論のようなものですよね」


「そうか……そうか?」


「だって、少なくとも核も地球温暖化もなかった地球で育つ生態系というのは、再現性がないじゃないですか」


「取り返しがつかない、か。ならどうすればいいんだろうな」


「魔物と、今の世界と付き合うしかないじゃないんですか?」


「魔物と」


「まあなんらかしら、相手方がこちらを殺そうとしないようにできればいいじゃないんですかね」


「理想的な目的を掲げるだけよりは、よっぽどマシか」


そうかもしれないと、強く思う。


アレは、どんな物だろうと結局生物の域をでないものであるのだから、無闇矢鱈と殺す必要はない。


が、害なす物なら、全て排除する。


蚊を叩き潰す様に、蟻を踏み潰すように。


それが、自分たちの仕事だと、再認識する。










自然のための再生期とはいうが、何割かは人間のためでもある。


人類が絶滅すれば、第二の人類が出来上がるまでは平穏が訪れる。


しかしそれは、歴史の愚行の繰り返しになる可能性があるのだから、そう簡単に選択できる物でもない。


そもそも自然というのは、科学以上に碌でもないものでもある。


火山が噴火すれば何人も、何匹も死ぬ。


そんなように、あるがままの自然ではなく、人に都合がいい地球を作り出すと言うのも、再生期の一つの意味である。


まあ、再生期の意味を決めるのは次の時代で、この時代に生きる人々は必死に生きることしかできないのだが。


だから、今、自分達を出迎える声にはうんざりする。


「魔物を守れー!」


「命を無駄にするなー!」


正確には、誰に対してかもわからない音が木霊するだけだが。


砂漠の街の中で、こんな暑い日差しの下で、集団が徒党を組み街道を更新している。


「バカ……」


隊員の誰かが呟いたそれに、大いに頷きたかった。








エジプト、かつてピラミッドがあったと言うが、その様なものは核で吹き飛ばされたのだろう、今は何も残っていない。


この時代のエジプトは、精々砂漠の自然調査ぐらいの意義しかなく、ここで暮らす人間というのはもれなく暇人の類である。


暇なのだから、何かに関心を広げ、それがたまたま魔物についてだっただけで、大した意味はないのだろう。


「本当に……申し訳ないとしか……」


宗教上の理由で肌を晒さず、全身を白い布で包んだ人が、パソコンの画面に映っている。


この人、というかこの女性は、この国の大統領である。


自然に対し強い関心を持ち、努力の結果で砂漠の自然調査の代表、つまりここの大統領の地位を得たのだ。


然るべき価値があるのなら、誰であろうと人の上に立てるのが、再生期である。


「最近、それも昨日からあのようなデモが盛んになって……」


ビデオ通話で会話をしているのは、もちろん外のデモがやかましいからだ。


「別にいいですよ。それより、鳥型の魔物が大勢いるらしいと聞いたのですが」


「はい。外見は巨大なカラスで、さらに背中にブースターがついたキメラ型です」


ここ最近の観測で撮れたらしい資料には、三十匹ほどのカラスが写っていた。


「機械獣……」


基本的に魔物はキメラ──複数の生物が交わったような外見をしたもの──か、機械獣──動物に機械、特に武器を取り付けたもの──にわけられる。


理由は知るゆえもないが、この二つに分けられていて、その片方のみがここに集められているのだから、何か意味があるのだろう。


その意味、つまり今回のカラス達が、なぜここに攻め込むのに配置されたか、という話だが。


「砂漠だと、一応機械型の方が有利だからだと私は考えています」


「ああ」


送られた資料の一つには、実際に観測された魔物の映像があり、すすめられるがまま、それを選んだ。


画面に映る、巨大なカラスが飛翔し、列車──オールドトレイン──を襲う様を見て、そこに明確な意志を感じた。


「貨物部分だけ狙われてますね」


「そうらしいですね。中にある、食料なんかを奪おうとしていて。今のところは無事ですが……」


この女性は、メンタル面が時々心配になる人だ。


大統領として、直々にオールド管轄に来るぐらいのことはあるし、それを私が見かけることもある。


若いのに、大統領として忙しく働いて、それが今の暴動を放置する結果になっているのは、この人の運の問題としか言いようがない。


才能があって、然るべき努力をして、正式に大統領になって、その上さらに努力を積み重ね、それが今のやつれた姿なのは、どうしようもなく可哀想だと思う。


「アニマドールだって、ここには数が少ないから列車の護衛で手一杯で」


全身を覆う布の下から、普段よりやつれた声が聞こえてくる。


「わかりました。取り敢えず、その魔物を倒した後直ちに暴動を鎮圧しましょう」


「はい……あの……」


前半の、魔物を倒すことには納得しているが、後半の鎮圧には疑問が残る様だ。


「殺したりはしませんよね?」


強い、芯のある声だ。


「絶対なんて言いませんが。殺しはしません」


「ああ、ありがとうございます」


なんて嬉しそうに言えるのか。その対処は思考を停止して暴動を行なっている奴らなんだぞ?


貴方は、甘いんだ。


イジョウの子供として、私が日々大人に絡まれていると知った時、貴方はアイスクリームを私にくれた。


なんで、そう他人に施しを与えられるのか。


なんで、その結果が今なんだ。










クーラーが作る冷たい空気が、開いたドアの隙間から流れむ。


すぐに部屋に入り、ドアを閉める。


そこには、ミライがいる。


彼はパソコンを閉じ、こちらに振り返ると、綺麗な瞳と見つめ合う。


「マリーさん。どうでした?外は」


目を逸らし、宿屋のベッドに倒れ込む。


「汚いからシャワーで砂を落としてきてください」


「なんで……助けるんですか?」


「何をですか」


「あの人たちを、ここの民を」


ザーフスタンにいたころは、人とは無条件かつ平等に救われるべき物だと思っていた。


あそこでは、誰もが不安を抱えながら、しかし前を向き生きようと決意していた。


しかしここはどうだ?


あるのは、自分達を殺そうとする魔物を守れと言い暴動を起こす虫ケラ以下ではないか。


少なくとも無条件に救うべき人達ではないだろう。


目の前に見えた人の根底にある愚かさに直面して、私の心は壊れかけていた。


信じていたものが打ち砕かれると、こうもアパシーになるのか。


「別に、私はここの人たちを守りたいわけじゃないですよ」


私が倒れているベッドに、彼は腰掛ける。


「ここを守るのが今の私の仕事だから、やるだけですよ」


「愛とか、慈しみとかはないんですか」


「全くないわけではないです。それよりも自分の為なのが強いんですよ」


「それでも、アレらを許して言いわけがないじゃないですか。国が、国に対しての反乱を無視しますか?あいつらを殺せとは言われなかったんですか?」


「たしかに外はやかましいですが、それだけです。国からすれば些細なことですよ」


「そう……ですか」


「マリーさん。言いたくないですけど、社会というのは利益を求める以上、冷たくなければならない。だから、国が代わりに税金で義務教育を行う」


「……はい」


「しかし、それだけです。教育の本懐は自習生を伸ばすこと、そしてその結果が、今の暴動です」


「そうなんでしょうね」


「暇が怠惰を増幅させ、それを使い政治に参画した気になっている人間は、この時代には必要ないものです。だから見捨てます。殺しもしない、説法を説きもしない」


「なんで、なんでこんなにも人に差があるんですか。みんな同じ教育を受けたはずでしょう」


「才能と言うしかないですね」


「は?」


「この国は、とても暇なんです。砂漠を見守り続けるだけの、とても辺鄙な所。だから人は暇な時間で暴動を起こす」


「時間の使い方に、問題があると?」


「そうです。あんな暴動を起こそうが何も変わらない。政治のことなど対して知らない、そして時間はあるのに、考えもせずその場の雰囲気とニュアンスだけで物事を選択する人が多いんですよ」


「見捨てるしか、ないんですか?」


縋る思いで、彼に聞く。


「それを決めるのは大統領です。私には関係ないですよーだ。それよりシャワー浴びてきてください」


「……そうでしたね!」


ベッドから飛び起き、ミライがくれた着替えと共に浴場へ向かう。


ミライは甘いと、マリーは思う。


廊下を一歩ずつ歩くたび、自分の考えは固まっていく。


(暴動を止める責任を自分一人で負うことにしたのも、そのために人殺しをしないのも、全部貴方の優しさじゃないか)


世界は善意で成り立つことはないが、人の無意識的な優しさで成立する部分があることを、マリーは理解したのだ。









魔物を探すため、二人の部下と共に砂漠地帯をアニマドールで歩いている。


「熱い……」


女子である一人が言うと、男性であるもう片方もそれと同じことを口にする。


「一旦帰るか?それなりには探したし」


三十分この灼熱地獄を探しただけでありがたい物だ。


それに、彼らの持っているアニマドールは、三世代型のもので中にある冷房の性能は低い。


今市販で売っている冷房の方が、パフォーマンスが高いだろう。


(でも、アニマドールの改造は基本的にタブーだものな)


仕方ないと思いながら、来た道を引き返しエジプトへ戻る。


(それにしても、魔物達は本当に地下にいるのか?今現在戦争をできるほどの数が、地下の洞窟に住む物なのか?)


魔物は地下に住む、それはオールド管轄で理解したこと。穴の中から湧いて出るアイツらを見ればわかること。


しかし、自然的に発生した洞窟が、アレほどの数の魔物を収納できるのだろうか。


(洞窟を掘って広げて、街みたいなのを作っていれば、それこそ人間並の知能ではないか)


指定された場所以外の地下の採掘はタブーとされてあるこの時代には、魔物の生態は調査しようがなかった。


思考を深く、細かいものにしていると、部下の声で現実に引き戻される。


「前方に未確認のアニマドールがいます。どうします隊長?」


レーダの範囲には、友軍登録されていないアニマドールが三機写っている。


前に出ている彼は、私より少し先に反応をキャッチしたようだ。


「レーダは相手も見ているだろうし、このまま近づいてみよう」


といっても、ほとんど正体は分かりきっているようなものだ。


「いいですけど、本当にそれでいいんですか?」


「まあ、こちらが避けてやる道理もないからね。一応私が前に出る。君ら二人は私の後ろに隠れてくれればいいよ」


「はい」


「あーい」


真面目な彼と、化粧をしながら話を聞く彼女。


どちらも優秀な人間だから、人とは複雑に成り立つものだと思う。


「リフレクターの準備して……」


アレは多分、反乱軍の物だ。


エジプトは反乱により支配された、だから軍用のアニマドールを勝手に持ち出したりもする。


(アラシーさんは、人と人が争うことは望んでいるわけないのに!民衆は血に飢えている!)


可哀想な人だ、大統領になんてなるべきじゃなかった。


貴方がどんなに優れていても、人の根腐れは治せないのに。


「実体弾、来るぞ!」


アニマドール基準の銃弾がこちらに向かい飛んでくる。


フォックスドールの頑健さは、直撃したそれを跳ね返す。


「これは常備のリフレクターで、今からシールドリフレクターを……展開!」


タッチパネルの操作により、クリーンファイアシステムが起動される。


フォックスドール内にある半永久機関、フォックスドールがシンギュラリティたる所以により、莫大なエネルギを必要とするクリーンファイアシステムは維持される。


「莫大なエネルギの余波が、全てを捻じ曲げる。と言うことだけど」


文字だけのソレを鵜呑みにできるわけなどないので、心臓は鼓動を少し早めた。


続いて、実弾とエネルギー弾が交わった、横向きの雨が降り注ぐ。


クリーンファイアシステムが生むのは、莫大な推進力。


そして高速で動くアニマドールの質量は、あたり全ての物を吹き飛ばす。


空中を駆ける狐は、向かってくる弾丸を触れもせず軌道を逸らし突き進む。


「エネルギーソード!」


腰に携帯された、2本の銃剣を両手に持つ。


相手はようやく、自分達のピンチに気付いたのか、手に持った銃を捨て近接用の武装に変えようとするが。


「当然、遅い!」


エネルギーソードを振り下ろし、切り上げる。


両手をもがれたアニマドールは、砂の中に倒れ込む。


残り二体は、ようやく武器を持ち替え、こちらに向かってくる。


「死ねよな!」


「バラバラに攻撃したって!」


視界外からの、剣の振り下ろし。それを両手で挟んで受け止め、足払い。


倒れかかるアニマドールに、拳でラッシュを加える。


表面がデコボコになった精密機械は、瞳を点滅させながら意識を失った。


残り一体は……とっくに地面に背を向けていた。


「もう捕まえてたか」


「隊長ばっかり見てた素人ですので」


「私の取り分、ないんですけど」


アニマドールを制圧しても、人の戦意まで消失するわけではないのだから、もう少し仕事は続く。


拳銃を手に取り、コックピットから外へ出る。


身を焼く暑さに耐え、目の前の倒れたアニマドールの緊急ボタンを押す。


文字通り緊急用の役目を果たし、強制的に外側から開けられたドアの先には、うずくまった人がいた。


「動いたら撃つ」


拳銃を目の前、目と鼻の先、そして額の上に移動させ、引き金に指をかける。


「両手を頭の後ろに!そして立てよ!」


言われるがまま、震えと共にこちらの指示に従う女の首を掴み、そのまま外へ放り捨てる。


「拳銃と、爆弾、テロ罪の役満じゃないか」


危険物を押収し、外へ出ると、三人の反逆者が縄に縛られていた。


仕事が早く助かる。


そのあと、危険物をひとまとめにし、フォックスドールへまとめて入れた。


「指紋認証でしか開けられないから、大丈夫なはず」


フォックスドール内へ入るには、指紋認証などの検査が必要であり、言ってしまえば私という生態を持つ人間でしか使えないのだ。


(記憶まで探知できるのはな……)


その中の、認証の段階の一つに、記憶チェックがある。


それは簡単に言えば、ミライ・クラシックという人間が持つ記憶と、認証される側が持つ記憶が一致するか、という物である。


つまり脳みそ認証と言えばいいのかもしれない。


昔の人間は、プライバシーのない存在だったのだろうか。









雷が近くで降ろうとも、意外と危機感は湧かないものである。


それと同様に、目の前で蜂起されるテロに対し、なんらかの感情が湧くこともない。


「オールド管轄直属の部隊、0821隊として命令する!直ちにテロを止め、投降しろ!」


アニマドールの拡声器により届くミライクラシックの声は、テロリズムの歓声によって上書きされる。


そしてその歓声は、ミサイルの爆発によってまた上書きされた。


「貴っ様らあ!」


フォックスドールの装甲は掠り傷ひとつつかなかったが、民衆の闘志に火がついてしまった。


「隊長。一応聞きますけど、殺しますか?」


「だめだ」


あそこの中には、マリーさんがいるんだぞ。


しかし、戦闘は、戦乱は巻き起こされていた。


こちらとあちらのアニマドールがぶつかり合えば、当然的に街中は火の海へ変わる。


巨大なロボットの攻撃で、街は壊れる。


壊れた電子機器は、スパークを起こし火事を作る。


(また、見たことのある景色!)


上空から俯瞰してみれるからわかる。


これは最初の、この物語の最初、オールド管轄が受けた悲劇と同じ景色が三人の前に映っているのだ。


「止める。いや、制圧するぞ」


フォックスドールは空を下る。


急ぎ、地上に降りて戦火を鎮めるために。


魔物と人ならまだしも、人と人がこんなことやって、何になるというのだうろか。








目の前の男は、やや細い体つきだ。


しかし目の奥は、太い芯に満ち溢れている。


「外の様子が気になりますか」


男は、名をイマバルゥグ、という。


このテロの中心か、果ては外にいるのがこの男なのだ。


辿れば簡単な事で終わる。


手当たり次第にそこらへんのテロリズム人間をひっとらえて、話を聞く。


首謀者の名前が出ればそれについて調べる。


そして、居場所を知る。


正直他人の個人情報をぺちゃくちゃ他人に話すのはどうかと思うが、そのお陰で今がある。


尋ねに普通に応じて、紅茶を差し出されているのが、現状だ。


しかし目の前の礼儀に対し、何らかできるような状況ではない。


絶え間ない爆発の音、誰かの悲鳴、それらに耳を傾けない物などいないだろう。


しかし彼の一番の注目は、目の前の紅茶であり、それに比べれば外のことは対して興味がないのだろう。


「さて、先ほども話した通り、私たちの目的は魔物の無為な殺戮の停止」


「それは理解してます」


「そして、それを拒む者に対しては、武力を使います」


「それは、おかしくないですか。命を尊く語る癖に、人の命を奪う」


矛盾している。


「おかしくないのです。人が他人に対して抱く感情など、何もないのです」


「だから……」


互いに折れる気はないのだから、話は堂々巡りになる。


が、堪忍袋が切れ、怒りに身を任せるものが出れば、進展はある。


「何度も言うがおかしくはない!」


瞳孔が開き、机を叩き、勢いよく立ち上がる。


大きく両手を広げ、彼は語る。


神の存在を説くように、美しい物を見るような目で。


「きやつらは、命を軽視している!自己の生存の為だけに、魔物を殺す!魔物という動物を殺すのは!生態系を壊すこと!流れる再生に叛逆すること!だからきやつらは死んでも良いのだ!その為に我が同志が死のうとも、何も問題はないのだ!悪魔を撃ったのだからな!」


「それは、やはりおかしいことだと思います」


生きる為に殺す、それを全部認めるわけにも行かないが、理解はするべきである。


彼は、理解していない。命積み上げてできるこの世界を。何かを殺し、何かを蹴飛ばし、生きる事を根っこから否定して見せるのは、絶対にできない事である。


行き過ぎた再生期の思考は、ただのテロリズムである。


だから、蚊を叩き潰し、豚を殺し、自然を破壊し、地球を蝕む人間を、悪と断じて殺すことは、マリーアンネットには認められない。


「なんだとお……?」


「特定の個人にだけ、そういう怨念をぶつけるのは愚かな行為じゃないですか。貴方は、彼らを決めつけている!」


貴方が敵視するであろうミライは、自分の信じるものの為に動いている。


決して、命を軽視する人じゃないというのに、そういう人もいるというのに。


「そうやって無理解で、考えもせず戦争を起こせば、西暦の繰り返しじゃないですか。人の死に様を想像できないから!人に対し核を打つ!アニマドールをぶつける!」


「言って伝わることかぁ!」


逆上か、正当な怒りか、それは決めつけられないが、彼は怒りで私を蹴飛ばした。


細い体から、その四十代の肉体から繰り出された蹴りは、私を浮き上がらせるのには十分すぎたらしい。


腕を使い、地面を押して飛ぶ。


そこから綺麗に着地して見せれば、それに対し驚きもせず、彼は悲しそうに言う。


「言って伝わるのなら!こんなことをしていない!」


いつのまにか拳銃を手に握り、引き金を引く。


繰り出された弾は、牽制のためか見当違いの方向に飛んでいた。


西暦のアンティークコレクションの銃は、その性能を持って壁の石材を溶かしていた。


(しかしここで怯めば、屈したことになる!)


横に向かって走り出せば、彼は拳銃を撃つ。


拳銃から出た弾は、赤く光り、こちらに向かう。


そのことはわかっているのだから、反対方向に向かってターンをかけそれを躱わす。


「拳銃を避けた!?」


近づき、腹に正拳突きを繰り出す。


それと同時に、鉄と壁がぶつかった音がした。


「おづっ……!」


ミライから教わったそれは、十分すぎる結果で彼を悶絶させる。


そして、拳銃を奪い遠くへ捨てる。


「なるほど……人間ではないのか……尚更理解してくれないのが残念だ……」


小声で呟く彼は、本心で言っている。


自分を信じている、命の可能性をある意味では信じているのだ。


ただ、一つのことを間違えただけで。


「貴方も、優しいのでしょうね」


彼の考えは間違っているのだろう。


しかし、彼の信念を、命を尊み信ずる気持ちを否定すれば、待つのは冷たい時代である。


(私のやりたいことが、やっとわかった気がする)


理解の世界、許容と安寧の世界を作ってみたいというのが、私の願いなのだ。


「私が、魔物だと言ったらどうしますか?」


「面白いことを……いう人だなと思うよ……」


立ち上がり、逃げ出す彼を、私は逃すしかなかった。


それは当然、彼がまだ銃を持っていたからだ。


おっかければ、人質を取り逃げ、最悪殺して捨てるだろうからだ。








「アニマドールには、爪がある!」


近接用武装、クローを使い敵を切る。


「フェザービット!」


フォックスドールの補助ブースターは、自立型装置となり、自動的に相手を追尾し切り刻む。


各状況に対応出来る武装を標準装備しているのがこのフォックスドールの特徴の一つであり、それは様々な状況が起こりうるテロ軍団との戦闘では大いに役に立つ。


「エネルギーソード!」


その中でも、やはりこれは使いやすい。


銃剣であるこの武装は、相手を殺さない戦いのために一番向いているらしい。


エネルギー調整により発射される弾は、敵機の動きを封じるだけで、街に被害は出ない。


さらに剣で切り裂くのは、尚のこと被害を防げる。


狙い通りにことが進む。


狙い通りにことを進めなければならない。


そもそもの話、こちらは軍隊で相手型はトーシロなのだから、普通に制圧できた。


問題は、町の壊滅具合である。


慣れない手付きで兵器を使えば必ず不意の事象は起こりうるのだし、仕方ないのであるが、やはり人が何人も死んだのだろう。


(減らせたんだろうけど、どうしようもないのだろうけど)


やはり、やるせない気持ちにはなる。


そしてこの結果を起こしたのは誰だ?


誰でもないし、誰でもあると言える。


そもそもテロリズムを見逃していたのは自分たち、暴動に負けアニマドールを奪われたのも自分たち。


機械人形、マンマシーンでこの街を壊してしまったのは市民達、この死を選んだのは市民共。


結局、怒りも悔しみも発散できないのだから、ストレスが溜まるだけである。


(だから、アニマドールの整備ができれば、機械いじりができれば、一人静かに作業に没頭できれば良かったのに)


子供の泣き声と、煙の香りと、荒れ果てた街並みの中にいる。


ミライクラシックは甘い。


この目の前の惨状の責任を全て背負おうとするのだから。


ミライクラシックは要領がいい。


背負う辛さを誰にも見せないのだから。


自然災害に対しタイミングを考えろとは言いたくなるが、言っても無駄なことは誰だってわかっている。


だから魔物が攻めてくることも同様に予測も迅速な対応もできないのは仕方ないのだ。


「魔物部隊が、きまぁす!」


隊列を組み、巨大な黒鳥が空に映る。


太陽を背にしているから黒なのではなく、元の体色が黒なのは、近づいてきたことで分かった。


「乱戦に、なる!」


制圧が終わったタイミングでこちらに来たのは狙い通りなのだろう。


しかしフォックスドールの強さは果たして予測出来ただろうか。


乱射されたビームキャノンは、フォックスドールに傷はつけない、のだが、横を通り過ぎた攻撃は列車の線路へ向かう。


「列車を狙うの!?」


列車狙いの攻撃は、何人かのアニマドールが防いだ。


再生期のインフラを支える列車、それが通る道、つまり線路を狙って魔物は攻撃を開始した。


「各員は線路と魔物の間に割り込んで対処!絶対に線路に被害を出すなよ!」


この状況を見るに、魔物はフォックスドールの強さを理解している。


だから線路を狙い強制的に後手に回させる。


だから遠距離攻撃を出来るキャノンを背中に装備している。


(近接戦闘ならまだなんとかなったのに)


魔物を殺すのは簡単だが、線路に被害を出さないのは難しい。


カラス空を飛びながら、キャノンを撃つ。


それの対処に回り続けていると、足元から声がする。


これは好きな声なのだから、マリーさんだとすぐに分かった。


「私を乗せなさい!」


この戦場に立つには華奢な体を広げ、大々的にアピールをする彼女を、フォックスドールが優しく包む。


そのまま、彼女の言葉を信じコックピットへの道を開けると、綺麗な顔がこの目に映った。


「私を信じてくださいね」


「えっ、えっ!?」


私の首元に両手を回し、抱きついたではないか。


「リンクスキルとかがあるのなら、私の思考を読み取ってご覧なさい!」


「あっ、ええ?」


興奮よりも困惑が勝ち、困惑よりも知性が勝つ。


つまりリンクスキルで読み取ったその思考を、理解したのだ。


「わかりました……やってみますよ!」










カラスと鉄人形が見つめ合い、少し経った後、その停滞は崩れ去った。


「隊長が!飛んだあ!?」


フォックスドールが急上昇。


カラス達は、危機を察知し背中の砲台を大将に向ける。


しかし、フォックスドールはそれを無視し、黒鳥の合間をすり抜けていった。


どこまでも高く、何よりも早く。


青空を背に、太陽を背にし、黒く染まった身体はこの場の全員の目を釘付けにした。


そして、彼は急降下してくる。


カラス達は直感的に理解する、こいつは打開するために今行動を開始したのだと。


列車の線路を背後に移し、何匹かのカラス達が待ち構える。


そして、背中のキャノンが火を吹き対象に向かい攻撃を開始する。


反撃をしてみろ!できないのだろうがなあ!そういいたげな態度は、彼らに余裕を生む。


線路を背景に戦いをしている以上、有利はこちらにある。


やつらは線路を傷つけられない、やつらは線路を壊す可能性のある行為を嫌う。


それは、正しい直感だった。


この線路の上を走る列車は何台もある。


この戦場にも、あと一二分で列車が来る。


それが通り過ぎれば、次は三十分後に来る。


さらにそれが通り過ぎれば、また三十分後に来る。


そういうことを、2000年やってきた。


2000年間、一度も停止せずやってきた。


それは生活を、人間の社会を根源的に支えているのはオールドトレインであり、それを止めることはあってはならないと、この時代の人間は皆理解しているからだ。


だからどんな狂った知能があり得ようが、列車に危害は加えない。


だからフォックスドールは撃ってこれない。


射撃武装を使うことは、あり得ない。


「あの動き方は、隊長ではないぞ!?」


その声が聞こえるまでは、誰もがそう思っていた。


「当てなければいいだけでしょう!」


フォックスドールはエネルギーソードを使う。


銃剣からでたエネルギー弾は、カラスの横を掠め、線路をも掠めた。


「ちょっと!何しているですか!?」


隊員の一人が、通信で語りかけると。


「黙って線路を守っててください!」


「女の声!?ミライの側にいる女の声だ!これは!」


マリーアンネットが操作しているのが、フォックスドール。


その事実は、この場の全員に驚愕を呼ぶ。


「隊長はなんでそんな女に……」


「信頼してるの!」


ミライクラシックは、目の前のモニターを必死に操作する。


左右に動く眼に映るのは、プログラム。動作確認の為の、基礎プログラム。


神業と呼べる早さでモニタのキーボードを叩く。


その間は、マリーがフォックスドールでカラスを攻撃する。


カラスは攻撃を避ける。


隊員達は線路に飛んでくる味方の攻撃を必死に弾く。


「出来た!」


ミライがそう叫び、エンターキーを強く押す。


その途端、フォックスドールの背中から飛行機のようなものが飛び出した。


脱出用の、フォックスドールのコックピットにもなっている、コアフォックスルーツが空を飛ぶ。


「この戦闘機はフォックスドールより弱いけど……」


自分を信じろ、マリーを信じろ。


そう呼びかける己自身の言葉を信じ、目の前を見る。


本来コアを、操縦者を失ったフォックスドールは空から落下するはずなのだが、今も空を走り攻撃をしていた。


いや、むしろ先ほどまでのマリーの素人レベルの操作に比べると、はっきりとした意思が見える動きになっている。


「捕まってくださいよ、マリーさん!」


リンクスキルには、未来を予測する機能がある。


だからそれを使えば、後出しジャンケンのように、プログラムだけの固定された行動でも理論上は勝てる。


(そして、それを後押しするのがこのコアフォックスルーツ!)


ただ、一対多数の状況からルーツとドールの二対多数に持ち込めれば、多少の確率で勝てる。


「全員、上空に向かって発砲!」


「はい!」


さらに、この場の隊員も含めれば、確実に勝てる!


優位を誇ったカラス達は、フォックスドールのエネルギーソードに貫かれ、コアフォックスルーツの機関銃に撃ち抜かれ、地上のアニマドールの標準的なビームライフルによって翼をもがれた。


立場が逆転したのだから、殲滅されるのは時間の問題だった。


しかし、知性があるからか、執念があるからか、相打ち覚悟でこちらに向かうカラスが飛んでくる。


「マリーさん!」


マリーが、飛行機から飛び出す。


その、美女の体が発光すれば、空に獣が映される。


2門のキャノンを装備した大きなキツネ、あの夜に倒した魔物と同じ姿が、そこにいた。


腕でカラスを叩き落とし、キャノンで貫く。


神風は、不発に終わった。





「三名が怪我、半分のアニマドールが損傷……」


夕日沈むエジプトを見れば、それだけで済んだのは吉報だとわかる。


いま瓦礫の街には、怪我人の手当てと死人の処理が行われている。


正義を歌い、知識あるはずの人間が理想を振り回し、その結果がこれか。


結局正義や平等を真に語る人間は、碌でもないのだ。


それが成功でも、今の失敗でも、どちらにせよクソなのだ。


だから考えて生きる。


大衆の意思でなく、自分が導き出した信念と考えで、前へと進む。


「よく私を信じてくれましたね」


「信じたかったんですよ」


「へえ」


「きっと、どんなことがあっても、貴方は美しいって、信じたいんです」


「そうですか」


こんなにも、赤い夕日は久しぶりに見た。


この景色を見ていたい、ずっと、いつまでも。


この人の側にいたい、ずっと、どこまでも。


その綺麗な横顔が、高いリップをつけた唇が、好きにできたらと思う。


だから、ミライは生きる。


自分の守りたいものを必死に守り、自分の叶えたいことを実現しようとして。


だが、結局彼は他人のことを優先してしまうのだけれども。


「魔物……なんですね」


いまだ、受け止めたくないことを口に出す。


「そうみたいですね。私には、私が人類の敵という実感はありませんけど」


「そういう意味じゃなくて、その、わかっていると思いますけど、私はあなたを蹴飛ばしたんですよ。恨んでくれてもいいじゃないですか」


恨んでくれれば、ちゃんと顔を見て話せるのに。


「私は、自分が魔物に変身出来ることは、年てことないことだと思っていました」


その私の気も知らず、淡々と話してくれるのは、今この瞬間はありがたい。


「あなたがいろいろ教えてくれたから、私が魔物だと、人間ではないのだと、理解できたのです」


「お陰……」


「私が今日、アナタを信頼したのも、魔物を殺したのも、この私を受け止めた隊の皆様方も、全部アナタがいたから手にしたものだと、わかるでしょう?」


事実として、彼女が魔物であるということをわかった上で、みんなは再度受け入れた。


でもそれは、アナタが人を惹きつける、お姫様のような人だからですよ、なんて言えなかった。


「戦わなくて、いいんですからね。マリーさんは自分が幸せになることだけを考えてればいいんですよ」


「あら、私はもう幸せですよ。生きているこの瞬間が、ミライと話すこの瞬間は、楽しいですよ」


嬉しかった。自分が、肯定されたのは、素直に嬉しかった。


けれど同時に、やはりこの人は私のことを恋愛対象として見ていないこのに辟易とした。







このような、魔物退治を続けているのにも、終わりが来る。


何日が経ったか、と言われれば一ヵ月ぐらいだ。


列車に揺られ、国へ赴き、魔物を殺し、また列車に揺られる。


そのようなことを幾度か繰り返し、大陸を一通りまわれば、一周してオールド管轄へ戻ることになる。


だから、あとは戦争の蹴りをつけるだけ。


集めたアニマドールと人間で、戦力差を作るだけなのだ。


しかしフォックスドールを駆る以上、それで終わるわけではなかったのだが。


今から始まるのが、シンギュラリティ。


その果て、結末の先の少年は、果たして何を見て、どう生きるか。

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