ミライは守る
避難ブロック、地下に作られた鉄の箱の中で、大勢の市民が自分を守るためか、互いに距離を取っている。
(さすがに何回も襲われているせいで慣れている。極度の不安があるわけじゃないようだ)
だから、逆になれていない人は浮いていて分かりやすい。
「マリーさん」
困ったように、オロオロとした様子を隠せない人は、すぐに見つかった。
「ミライ……!」
普段のキリッとした顔からは想像できない、安堵した表情で此方に近づいてくる。
「よかった……無事で……」
ああ、この状況が日常で、ずっと続いてくれるものだったらと、真摯に思う。
ただ、この人が私に恋愛感情の一つも抱いていない、親愛的な物で、私を抱きしめていることに目を瞑ればの話ではあるが。
「其方こそ、ちゃんと避難できたんですか?」
「ええ、この方……貴方の部隊の方が助けてくれて……」
そういって、その人に手の先を向ける。
その女性は、こちらに気付くと、丁寧に礼をしこう言った。
「隊長にはメールで送りましたが、ここで避難活動の手伝いをしていました。エネセット・ソルトです」
きっと、鳩が豆鉄砲を食ったような顔を今の私はしている。
目の前の女は、ソルトだったのだから。
気まずい感情はあるが、相手はそれも同じ。
「被害は?」
「特に。外側の建物が壊れたのと、怪我人が少し出たぐらいです」
「そうか」
「では、コレで」
やや、冷たさを感じるのは、昨日までがおかしかっただけだ。
ソルトは、青い髪と共に去っていく。
変わってしまった彼女をみて、動揺した姿をさらけ出せるほど、自己は弱くないみたいで。
「マリーさん、ここじゃ無くて、列車に行きましょう」
「どうしてです?」
「そっちのほうが、安全だからです」
「なら、他の人を乗せれるだけ乗せるというのは……」
「無理です。やりたいなら、金が必要ですよ」
「金って……可哀想じゃないですか、こういう時に助け合うのが人間ですよね」
「そんなわけありません。そもそも列車に乗るには金が必要です。誰一人、例外なく。これはずっと続いてきたことなんですよ」
納得する様子もない、しかし理解はしている、そういう顔だとリンクスキルでわかる。
「貴方は金を払った、だから乗れる。貴方は余所者で、この国の税金で出される非常食を食べる方が迷惑なんです」
手首を掴み、無理矢理連れて行こうとする。
「自分で行きます」
だがしかし、拒絶されて手を振り払われる。
善意だけで世界を回せるなら、社会を回せるなら、誰かの人生を回せるなら、どれだけ楽か。
そのことについての理解度だけで言えば、ミライの方が詳しかった。
アニマドール内部の、中央に設置されたモニタ。
そこから人の声が鳴る。
「魔物は、砂漠の下の地下空間にいます」
恐らくですが、と念押しされ、また言われる。
「本当にそこへ行くというんですか?」
優男、アセラント・ガーニーが不安のこもった瞳で私を見つめる。
列車の発射まであと十分しかないのなら、こっちから打って出るのが一番楽ではないかと、四度目の説明をする。
「予定では何日かここに泊まる予定でしたが、早く決着をつけることができるのなら、迷わずやります」
今ここには、アニマドールが大量に、20機ほどあるのだから、打って出ることは決して不可能ではない。
「迅速に魔物の住処を滅ぼして、列車へ戻る。其方の五機とこちらの十五、それらを合わせれば出来ます」
「……わかりました」
通信を切り、チャンネルを変える。
ミライ隊のオープンチャンネルに接続し、十人の子供、五人の大人にこう告げる。
「これから砂漠に住まう魔物を殲滅し、この列車に戻ってくる。タイムリミットは、発進した列車の速度を考慮すると十五分だ」
元気な返事が、色とりどりに聞こえる。
その中には、ソルトの声もあった。
なあ、どういう気持ちでそこにいる?
それは分かりようがない。
リンクスキルも万能な物でもない。
今できるのは、やれること、やることをやるだけ。
「各自カタパルトから、先ほど送った座標へ向かうぞ!」
今日二度目の、カタパルトからの発射。
確たる意思を持ち飛ぶ狐の人形は、確かに輝き空を舞う。
違う方向から、メデューサを模したアニマドールが合流してくる。
アレは、4世代のもので、架空の生物を模したものらしく、嘘みたいな兵器が搭載されている。
「アセラント・ガーニー、ただいま合流しました」
無線ではなく、アニマドールが触れ合って行う接触回線による通信からそれは聞こえる。
他にも、ウサギ、蛇がモチーフのアニマドールが計四機合流してくれた。
背面にあるブースターを使い、飛行を続けると、目的地である、その穴が見えてくる。
砂が竜巻の様に回転し、その竜巻の中央にはブラックホールの様に黒い穴がある。
「核戦争によって作られた、巨大な空間」
放射線だけでなく、破壊力もあるのが核であるし、それが何発も打たれれば地形の変化は大小問わず起こる物である。
それが治るのに、何億年かかるだろうか。
魔物があそこにいる、生命の巣を、奇襲する。
何体も死ぬだろう、何人か死ぬかもしれない。
しかし逃げることは、少年にはできやしない。
フォックスドールが先陣を切り、穴へと、真下へと降りていく。
魔物の姿が、はっきりと自分の目に映り、相手の目もこちらを捉えた。
暗闇へ入ると、中は柱が何本もある洞窟だということがわかる。
ロボットたるアニマドールが不自由なく歩けるから、この空間の高さは十メートル以上はあるのだろう。
しかし横のスペースには、先ほど見た魔物達が、自分を、自分の部隊を囲う様に結集しているのだから、余裕はない。
モニタの時計を見れば、列車はあと七分で出発することがわかった。
「ぐるうぅぅつギャァぁぁ!!!!」
獣の、しかも野蛮な雄叫びだ。
それが合図となり、アニマドールと魔物の乱戦が始まる。
目的は殲滅と、生存。
だからミライは一歩引いた位置で、指示と援護を続けることになる。
(あの人はよくやってくれているが、流石に多勢に無勢か?)
アセラントは、やはり優秀な人材であると強く再認識する。
それは目の前で、メデュバイソン──アセラントが駆るアニマドールの名称である──が、群雄割拠の勢いで、突き進んでいるからだ。
メデューサの一般的なイメージ同様、そのアニマドールの髪の毛に該当する部分は無数の蛇の集合体であり、それは武器となる。
毒を持つ蛇をまるで手足の様に動かして、次々と魔物を痙攣させているのには関心する。
その一際目立つ強さから、徐々に、徐々にと、メデュバイソンの周りに敵が寄ってこなくなっていた。
「あとは五分!」
そしてメデュバイソンと同じく、強さを発露させるアニマドールがいた。
エネセット・ソルトが駆るクワガタンであった。
クワガタン自体に然程の性能はないにしろ、基礎を押さえた、流れる動き。
あの若さ、数回のシミュレーションだけであの動きをするのは、並大抵のことではない。
徐々に、徐々にと、クワガタンの周りには死体が増えていく。
(あの動きは、私の動きだろうか)
何回か、戦闘に関する基礎動作プログラムを作ったことがある。
(見ただけで覚えたか、無意識で覚えているか)
おそらく後者だ。
そう考えるのは、長く付き合ってきたからで、大小問わず互いに影響は受けている。
付き合った結果、兵器の扱い方がだけ上手くなったのはいやなのだが。
無論この二人以外にも、隊員はいる。
「距離を意識しろ!」
「すみません!」
ピンチな隊員がいるのなら、エネルギーソードのビームが火を吹く!
常に周りを意識させる!
(自分に隊長の仕事ができているかなんてわからないけど!)
万事うまく行くわけはないけど。
結果は、出ている様に見えてきた。
「アセラント!横!」
しかし現実はうまく行くわけもなく、メデュバイソンの横には、この群れのボスである蠍型の魔物がいた。
無論対処できないほどアセラントは馬鹿ではない。
すぐさま蛇の髪が蠍めがけて突き進む。
「素早い蠍か!」
アセラントがそう叫んだ時には、蛇の髪の毛は空を切り、蠍は真反対の方向に、残像を残して移動していた。
意趣返しか、蠍のトゲの部分は、巨大な蛇の頭になっており、それは質量とともにメデュバイソンに襲いかかる。
砂の上を跳ね、女の体を模したアニマドールは吹き飛ぶ。
「コイツの相手はぁ!」
追撃をかける為、ジグザグと砂の上を駆ける蠍に対し、体当たりをかます。
「私がする!」
そのまま組み伏せ、上に向かって、この洞窟の入り口へ向かって、投げ上げる。
それを追い、フォックスドールは空を飛ぶ。
「あと二分!洞窟内の魔物の数は少ないからみんなで対処出来るはずだし……」
コイツを倒せばゲームセット、ということである。
空に浮かぶ、蠍めがけてエネルギーソードの引き金を引けば、ビームが蠍の外殻にひびを入れる。
「蛇が伸びる!?」
尻尾の蛇が、互いの距離──二十五メートル程──を詰め、巨大な口を開いた。
その鋭利な牙は、フォックスドールを掠め、空気を食べた。
リンクスキルによる先読みで、すんでのところで回避できたのだから、この機体はやはりハイスペックである。
ミライは、フォックスドールは蛇の首筋を握り、振り回す。
そのまま地面に向かい投げれば、巨大な蠍は砂埃を巻き上げ痙攣することになる。
「硬い装甲を貫くためには!」
先ほど入れたヒビに対し、エネルギーソードの刃を精製して投げる。
甲羅を破り内部へ突き刺さったエネルギーソードへ向かい、フォックスドールはキックを繰り出す。
極地的な加速性能による、質量を乗せたキックは、エネルギーソードをより深く押し込み、蠍を悶絶させる。
緑の血を吹き出し、力なく倒れて行くのは、生命の散り際だ。
そしてその苦しみは、リンクスキルが脳へフィードバックさせる。
だからミライクラシックは争いが嫌いだ。
争いの果ては、痛みだけだと、ミライは考える。
さらにその痛みを全部自分に背負わされるのだから、当たり前のことではある。
「撤収!」
近くで戦争があろうとも、独裁国が滅び世論が変化しようとも、列車は動く。
電気を使い、弾かれたレールの上を、決まった時間で。
それを2000年続けてきたから、再生期は成り立っているのだ。
「動いているから、気をつけて!」
既に発進し、徐々に加速をかける列車が引きつれる、巨大なコンテナは真横が開いてこちらを出迎える。
慎重に、しかし素早くアニマドールをコンテナ内に収納し、これでザーフスタンとはお別れである。
「……アセラントを、よろしくおねがいします」
大人の声だ。
今回限りの助っ人、ザーフスタンの防衛隊の一人が、私に通信をよこしてきたのだ。
「ええ。ちゃんと、守りますよ」
「あのミライ殿の言葉、安心させてもらいます。ではまた!」
フォックスドールのコックピットから、その人たちを見送る。
子供を、アセラントを戦場に出すのを躊躇っている顔でもあるし、アセラントが望んだのなら、背中を押してやりたい気持ちもある、そういう声だった。
「アセラント」
「はい」
その当人に対し、通信を掛ける。
「これから、よろしくな」
「こちらこそ」
一言の挨拶を聞くと、私は通信を閉じた。
そして、深い呼吸と共に、グッタリと力を抜く。
未来には不安がつきものだし、私はそれがたまらなく嫌いだ。
他の人も、同じだと思う。
アセラントだって、環境の変化に対し思うことだってあるだろう。
「できることを、やるだけ」
ずっと、続けてきた信念を口にする。
そして、誰かを助けた過去を思い出す。
道に迷った老人、目の前で財布を落とした人、親とはぐれた子供、アニマドールで守った人々。
随分と、多くの人を守った物だと思う。
「誰かの為にやれることがあるのなら、生きてみたっていいじゃないか」
あの嫌いな大統領も、仕事で国を豊かにしているのは確かなのだから、生きていいはずだ。
これからも、悩み、迷うこともあるだろう。
しかし、自分の過去を信じられるのなら、自分の成果を誇れるのなら。
「悩みと共に、生きることができる」
前へと進める。
それができる道理と、権利はあるのだから。