魔物と人の戦い。
オールド管轄の領域、今では人を運ぶ方舟ノアジック号と呼称されし物。
アレからそれなりに日数が経ち、人々は今の生活に適応していた。
それは業務、インフラ系の仕事が滞りなく再開されたことも理由ではある。
そして、安定した生活が再開する前に、これは言われた。
「この船の目的は、魔物の巣を殲滅することである!」
この言葉は、ノアジック内だけでなく、全世界、オールド管轄の支配下たる各国に対しても宣言された。
ことの発端たるものはこうだ、オールド管轄内の最高権力者であるイジョウクラシックは、ノアジック号に乗る避難民を受け入れてくれる国を探していた。
しかし各国は新たな時代の覇者にならんがために奮闘し、こちらの要望を拒否した。
それにとても悲しんだイジョウは、新たなフロンティア、国としての業務を再建させるにふさわしい土地を探していたら、たまたま、魔物の巣を見つけた、なので殲滅する。ということだ。
魔物の巣は、観測される限り底が見えなく、恐らくとしては地球のコアにまで到達するかもしれないと言う。
その巨大な空間の中で魔物は繁殖し何かの目的で地上に出る、そういうプロセスは解明されている。
が、今回発見されたのは、従来の谷型ではなく洞窟のように緩やかな斜面を持つ、階段型だった。
さらにその大きさは、観測されてきた中でも最上位の物でもある。
つまるところ危険性の高い物である、ということがわかればいい。
他にも、目撃された魔物の数の内の殆どがこの巣から出ている、そういった、たまたま、見つけたにしては情報の確度があり、さらに多数の情報の裏付けで、魔物の巣を殲滅することになった。
「つまりイジョウはこの為に、手回しを進めてきたんだ」
なら私という、息子はこの状況に対し何が出来る?
それはすぐ見つかることではなく、これから経験によって導かれることである。
「図書館にでも行くか」
この時代のインフラの一つである図書館、デジタルデータとペーパーに記された知識の宝庫へ向かう。
目的としては、マリーに勉強を教えるためである。
義務教育を受けていないらしい、にわかに信じがたいことではある事実を持つ彼女に対し、読み書き、計算、基礎的な物を教えている最中である。
小学校教師の代わりをするというのは、大分気乗りのしないことではある、のだが、なにぶんマリーの知識の吸収力には驚かされてはいるので、飽きはしない。
この年、というか19歳であるマリーぐらいになると、思考が固まり新たな知識を受け付けるのは難しい、のだが彼女はそれを成す。
その歳でその地頭の良さは、勉強をすることによって生み出される。
(頭を使って生きているということだけど、その割には義務教育の知識を携えてないのだよなあ……)
つくづく、不思議な女性である。
この再生期で貧困というのはないし、ましてや教育を受けることは住所を得るより楽なのだ。
(どこ出身なのだろう)
日本?アメリカ?それとも南のインドやエジプトだろうか。
謎が多い女性、というかこちらがコミュニケーションを取ろうとしてないだけなのだが、この人のことを対して知り得ない。
「マリーさんは、どこから来たんですか?」
だから、休憩をとってある最中に、聞いてみることにした。
「北からですかね。恐らくは」
「恐らく?」
「育ての親に南に行けと言われ、指さされた方に向かえばここに」
「はぁ……」
なんだか西暦のときみたいだ。
しかしここから北といえば、北極ぐらいしかないし、マリーさんはオールド管轄の近地に住む住民なのか。一応集落みたいなものが点在しているし、そこの出身なのだろう。
「しかし何でここに来たんですか?」
一番気になることを聞く。
一応このオールド管轄、今は方舟となっている場所は、世界の独裁国家なのだから、当然それなりの設備はある。
けれどそれは地球の運営と、他国の統治に必要な物で、生活の水準はどこも同じ程度なのが、この再生期なのだ。
だから旅行以外で他国に行くというのは、仕事ぐらいであり、ましてや移住というのは、なかなかない話ではある。
「私が住んでた場所は、本もデジタル端末もない場所なんです。だから勉強したくてもそういうのは出来なくて。それでおじさまに相談したら、南に行けばいいと」
「どこなんです?それ」
この人の話は、聞けば聞くほど再生期の常識を無視してくる。
興味本位で世界地図を図書館の棚からとってきて、広げてみせる。
今はこの女、マリーに対しての好意より興味が優っていた。
「まずここがどこなんですか」
そうだ、地図の見方は教えてなかった。
「今は……元のオールドがここで、移動した分を含めると、ここですかね」
地図の上の方、北の方を指差す。
そういえば、そろそろ海が見えてくるはずなのか。
「えーっと確か、海を超えてきましたから……ここですかね?」
マリーさんが指差すのは、自分が指を刺したところの真上、海を挟んだ向かい側の、北極だった。
この女、冗談で言っているのではなく、いたって真面目な様子だ。
「おじさまってのは、どんな人なんです?」
理解はできる、出来ているのか?
再生期にとって、人が住むことを禁止されている場所があるというのは考えなくてもわかることだが、それの、特に有名な北極に住んでいるという。
調査員が現地で子供を産むのは禁止なはず、そもそも北極でまぐわる意味もわからんが。
「その、捨て子だった私を育ててくれた、大事な人です」
北極に、捨て子。
ファンタジーとはこういうのだろうか。
しかし、この再生期に捨て子か、同じく拾い子である私も言えるが、この時代でそれは滅多にないことである。
だが実際には私とこの女は、捨て子なのだ。
(しかし拾われた先は違う)
そもそも私は被災で両親を失ったのだから、前提も違う。
しかし、なにか、シンパシーのような、ノスタルジーのような、近い物を感じる。
この人も、過去に囚われた人なのだろうと。
だから自惚れるのだろう、自分とマリーが付き合えると、自惚れる。
それの行き着く先は、私とソルトの関係と同じだというのは、わかってしまっていた。
わかっていたのなら、回避できるとさらに自惚れたのだろう。
世界を支配する人には、当然計算と予測ぐらいは出来る。
その男が、そこに魔物がいると言えば、そうなのだろう。
相手の情報の確度や背景を考えずとも、その男が言うことには確かさがある。
実際、数体の魔物が近くの洞窟から出てきているのだから。
「ミライ、フォックスドール。出ます!」
発射カタパルトから射出され、鉄人形は空を駆ける。
「海だ……」
高い空から、真っ直ぐ前を見つめると、地平の果てまで海は続く。
「今見ると、綺麗ですね」
なぜか横にいるマリーが、そう呟く。
勉強途中でアナウンスが入り、自分が緊急発進することを強いられたまでは、普通のことなのだ。
だがマリーはそれについてきて、コックピットに乗った。
それを拒否しなかった、いや、厳密にはしたのだが、強く否定しなかったのは、何故だろう。
多分、浮かれていたのだろう、好きな女と、このコックピットの閉鎖空間にいることが、想像できたから、否定しなかった。
助平だ、私は。
「前方に十体、後方からはどんどん増えてます!」
他の機体、亀を模した重装甲の奴と、兎を模した軽量で高軌道型の奴、虎の奴、犬の奴とか、結構な数のアニマドールが、自分を囲むように飛んでいる。
そりゃあ、実戦経験があるのはわかるが、だからといって隊長に任命するのは違うのではないか。
子供なのに、私。
まあモラトリアムなんて人によってまばらなのだから、現実に起こっているのだから、受け入れて前に進むべきだ。
「取り敢えず、私が突っ込んで注目を集めるから、慌ててるやつを叩いてくれればいい」
出発前にも言ったことを再度復唱する。
「はい!」
元気のいい返事だ。
優秀であろう人間を配置してくれたのには感謝するが、やはり荷が重い。
巨大な質量が、重量で加速して地面に落ちる。
「エネルギーソード!」
光が刃を形成し、それを用いた二刀流で敵陣に突っ込む。
今回の目的は、敵の兵量を減らすこと。
だから両手の武器で斬って切って斬りまくる。
赤色の皮膚を持った狼の心臓を突き刺す。
凶暴なペンギンの頭から下までを断ち、二つに分ける。
斬って、斬って、斬って!殺して、殺して、殺す!
我ながら、嫌な才能を持ってしまった。
リンクスキルが運んでくる、魔物達が感じる痛みは我慢できるし、適時変化する戦場を見極め、具体的な指示を出せる。
出来るから、やるしかないのだ。
能力がないなら、適当に言い訳して逃げられたのに。
横にいるマリーは、どんな顔をしているのだろう。
私を見て、命を殺す私を見て、何を思うか。
「隊長!敵の数が多すぎます!」
増えてくる、増えていく。
様々な見た目を持った魔物共が、この平原へ散らばっていく。
「アリの巣も、蜂の巣も、目ではないぐらいだ」
気持ち悪く、得体の知れないモノがドンドン湧き出てくる。
そしてそれを殺す、殺す、殺す。
魔物を殺せば、自分にダメージが跳ね返ってくる。
実際に切っているわけでもないのに、リンクスキルは、魔物の皮膚を切り裂く感覚と、皮膚を切り裂かれる痛みをフィードバックしてくる。
呼吸は過酷、気分は最悪。
しかし、リンクスキルは周りの行動を客観的に見せてくれるから、私のフォックスドールは傷一つ負っちゃいない。
周りから見たら、人殺しが得意な奴だよな、私って。
撤退命令が出たのはいつだろう。
少なくとも、大地の殆どが死骸で埋まるぐらいにはやったつもりなのだが。
「これが最初なのか」
着艦して、今や遠くに見える戦場を観測する。
あそこはまだ緑色だ。
後続の部隊がだす、ビームガンや、エネルギーキャノンの光が点滅している。
命の花火を、見ている。
横にいる、横にいたマリーが、未来の首筋に優しく触る。
「貴方は、戦争が嫌いなんですね」
それは、そうであろう。
戦争が好きな人間がいるはずもないのだが、平和は、人に思い込みをさせる。
つまり長い時を得て、映画やアニメが描く戦争が娯楽として楽しまれてしまったら、戦争が、人殺しができるという思い込みを作らせる。
だから、確認した。
マリーは、戦争をするミライを間近で見て、戦争を忌み嫌うミライ・クラシックを見た。
だから、孤独を紛らわせようとする。
きっと彼は自責の念に囚われているだろうから。
しかしリンクスキルにより、憐れみを向けられていることを知ったミライは、大して嬉しく無かった。
どんな人に対してもドライだから、ドライになってしまう理性を持っているから、人の愛情を受け入れられないのは、悪い癖だ。
想定外の数の多さ──イジョウクラシックからしたら想定内──に押され、魔物対アニマドールの戦場は広がりを見せている。
激化が予測されるこの戦場、その様子を全世界、特に各国のお偉いさんに対して放送する。
「いまこの再生期における、人類最大のピンチがコレです!奴らは徒党を組み、戦略を立て、オールド管轄に被害を負わせた!奴ら悪魔の手先は、地底から這い出て我らの尊い大地を蝕むために人を殺す!」
戦場の中継が途切れ、イジョウの演説が映し出されれば、その息子のミライは顔を歪める。
「どこまで用意してたんだか」
横にいる、ちょこんとソファーに座るマリーにも聞こえる様に言う。
だから、マリーはミライとイジョウの仲を察する。
「そういう野蛮な者共を許すわけにはいかない!だから各国が不法に保持しているアニマドールを使い、援護して欲しい!」
そしてまた、戦場が中継され始める。
それと同時に、ミライはテレビを消す。
「さ、マリーさん、勉強の続きをしましょうか」
不思議なモノで、戦争はすぐ側にあるのに人は生活を営める。
私がマリーとの同棲を許されたように、対して緊迫感があるわけでもない。
生活インフラを止めるわけにはいかないし、そのためには人手が必要で、その人を助けるために人は家事育児をする。
社会という基盤は、戦争でも止めることはできないからだ。
そしてこの後、つまりイジョウの演説の後、各国が無償で、タダでアニマドールを送ることを決めた。
端的に言えば、人類が一丸となっている。
リンクスキル的に言えば、サクラに流された国が沢山。
そうして、着実に進む戦争を横目に、若い子供は寝る。
ミライは自室のベットで、マリーは客間に布団を引いて、横になっている。
マリーは、虚な夢を見ていた。
それは、懐かしい記憶である。
人は望んで生まれては来れない。
マリーもその一人であるのだろう。
一番古い記憶が、暗く寒い穴の中で、しかし柔らかい暖かさを感じながら、目の前の男を見つめている時のことだった。
彼は、「赤ん坊だけか、生きているのは」そう言い、自分を持ち上げる。
それが初めての出会いであり、マリーガーネットの誕生である。
彼の、父の元で育ち、それ相応の知識を与えられると、一つの疑問が浮かんだ。
「ねえお父さん、この本に書いてある文字って、今は使われてないんでしょ?」
そういうと、若い──らしい──顔をした父は、編み物をしている手を止め、答える。
「ああ」
「私、もっと多くのこと、今の知識を学びたい」
古い本ではなく、最新の考えに触れたいのが、マリーの望みであった。
「そうか……なら……」
そうして、彼に言われるがままに南を目指し、海を越え、オールド管轄にたどり着いた。
が、その日、オールド管轄の街に入った日に、魔物が街を襲撃した。
自分の身を守るため、色々行なっていると、ミライに出会い、火事場泥棒と難癖をつけられ、こうなった。
「私はダメな人らしいよ……父さん……」
何がダメなのか、前に進むことに恥じることなどあるのか。
それをわかっているほど、マリーは年老いていないのだ。
目が覚めると、ミライは身体を伸ばして、シーツを体からどかす。
朝日が目に入ると、1日の始まりを感じさせる。
しかし、体にへばりつく汗のせいで、爽快な気分には程遠い。
沢山命を、人と同じ価値を殺した。
アニマドールという鎧があれば、死体は見ずに終わりだったのに、リンクスキルはリアルを伝える。
アニマドール間の殺人は、人殺しでない。
その嘘すら思い込めないのだから、心は逃げもせず疲弊する。
けれどミライは笑える。
苦しいだけ、辛いだけ、死ぬわけじゃない。
心は隠せる、私がいくら疲弊しようとも、隠せば周りは心配せずに日常を過ごせる。
リビングに移動して、朝食の準備を始めれば、ソファーで眠るマリーが目に入る。
汗をかいて、うなされていたらしいと、リンクスキルが伝えてくる。
「私に、乗らない選択肢はないんだ」
少なくとも、今は。