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永遠に生きる人

攻撃、防御。


攻撃、被弾。


繰り返し、繰り返し、それが無意味に思えるほど繰り返せば、客観的な状況は説明できる。


「ミライ!いるなら返事して!」


ゼーリドルの攻撃に対し、たいした反応を見せないミライドールは、流れるように回避するだけで終わる。


ミライドールに届くには、そう簡単に行くわけがない。


攻撃、攻撃、繰り返し届くまで続ける。


通用しないなら、より鋭利な攻撃をするまで。


しかしそれだけでは、ミライに届かないのだから、呼びかけ呼び寄せる必要がある。


「でも……何を言えばいいのか」


人間関係が希薄でも、はっきりと自己を保てる彼は、特別大事な人がいるわけではない。


つまり彼には、帰るべき拠り所がない。


父親も、居たであろう本当の両親も、元仮の彼女であった私も、残念ながら彼にとっては他人同然であり拠り所たり得ないのだ。


帰る意味、場所、これからの自己に対する根拠を欠いた現実に、なぜ論理的な人が来るだろうか。


だから作るしかないんだ、アイツが帰る理由と場所を私が作り、彼を私のものにする。


アイツは論理的な善人であるから、そこに漬け込んで嫌でも現世に引き戻してやる。


「アンタが消えたら、私も後を追うように死んでみようかしら!」


私がゼーリドルに慣れ、動きが洗練されていくとともに、ミライドールもまた動きが大きくなる。


(どうだ!無視できるわけないでしょ!)


相手の動きが、だんだんとわかる、予測できる。


距離は縮まり、もう少しで、そう、この手を伸ばせば届きそうな距離ぐらいには……


「なっ……」


なるはずだった。


が、ミライドールは、ミライ・クラシックではない。


ましてや博愛主義でも、善人でもなく、ただただ理性的なだけの生命体だ。


そのミライドールが、ソルトを殺した方がいいと判断したのだから、まとわりつく金魚のフンぐらいには思えてもらえたのだろう。


右手によるパンチは、何倍もの大きさを持つゼーリドルを簡単によろめかせる。


左足により回し蹴りが、黒い鳥を地に落とす。


「終わり」


意味もなく、ただ死にゆく相手に対しつぶやかれた宣告。


同じタイミングで、9本のテールブレードによるビームの一斉射。


「舐めるな!」


全エネルギーを防御に回し、ビームの軌道を捻じ曲げるバリアを貼る。


その結果、コックピット周りは無事に済んだが、それ以外は使い物にならなくなった。


翼と両足は完璧に体と分離し、ゼーリドルは落ちるしかない。


蹴られた衝撃で落ちているのではなく、翼を毟られ、自由を失ったから落ちている。


ゼーリドルはもう飛べない、なら、ソルトももうミライドールに近寄れない。


二人はもう、終わったのだ。







新たな記憶、つまり現実を出来事に分け、覚えていること。


それが見せるのは、ゼーリドルとミライドールの戦闘。


そしてその中で叫ばれる、名前。


「ミライ……?」


ミライには、自己は必要のないものだった。


自己を客観視する必要がないからだ。


才を持つ自己にとって、現状を理性的に判断すれば、自ずと幸福は手に入るとわかっていたからだ。


叫んでいる声も、知っている人のだったのだろうと、ミライは思っている。


しかし、それは所詮他人だ。


もしくは、ちょっとした過ちの一つだ。


恐らく彼女、女性であろう声と、思考している自己がどんな関係性だったのか知らないが、他人も同然なのだ。


私が、はっきりと思い出せるのは、たった一人、現実にはもう存在しないたった一人。









(マリーの後追いとかでも考えているの?そんなことをさせるわけないでしょ!)


ミライドールは、銃剣である、エネルギーソードをこちらに向け、引き金を引く。


走馬灯のように思い出せるのは、ミライのことばかり。


(あなたが、アンタが!私の全てとなりつつあった、そして今なった!)


アナタが私の心を侵食し、変えてしまった!


その存在が、死ぬ、消えるというのは、私からすれば悪なんだ!


(私をこんな気持ちにさせたのはアナタで、それの原因は半分アナタ!)


アンタが私を拒んでいれば、こんなことになっていない!安らかに消えていけた!


(だから、苦しんで死ね!私に関わったことを後悔しながら、私のことだけを心残りにして死ね!優しいミライ・クラシック!)


憎しみも、突き抜ければ動力、人の根幹となる。


その人の力を吸い、ゼーリドルは動いてしまった。


フォックスドールの写し鏡、兄弟機であるゼーリドルには、ミライドールとなるポテンシャルがある。


ただ、フォックスはミライと関わってようやく、そのハードルを超えられた。


だからゼーリドルがミライドールとなるには、ミライ並みの才能を持った人間が必要になる。


そんなやつはこの時代にはもういないし、これから先も生まれてこないだろう。


なのに、ゼーリドルは光り輝いている。ミライドールへなろうとしている。


なぜそうなるのかと言えば、ゼーリドルは、兄弟機だから、ミライドールのフォックスドールの部分だけを理解している。


さらにソルトは、ミライドールのミライの部分だけを、それなりに把握している。


そしてそれぐらい、8割ぐらいデータが集まれば、ミライドールとなる条件をゼーリドルは理解できた。


そのゼーリドルはソルトに呼びかけ、当然ソルトは許可を出す。


完璧ではない、究極生命体の出来損ないが、誕生したのだ。


感情や、人間の肉体、優先度の低い不要なものだけを切り捨て、戦闘技能を特に重視した生命体。


それが誕生した理由はミライドールを殺すため。


ゼーリドルはいたって冷静で理性的な判断により、ミライドールを放っておくのはよくないと判断した。


ソルトはミライドールがとことん気に食わないので、殴り飛ばしたいと、感情的な判断を下した。


そうやってここに、究極生命体が二つも誕生してしまった。










理性的な判断で言えば、殴り飛ばす、というよりはミライドールからミライを分離させたい、というのが本音なのだろう。


だから、目の前の綺麗な女性が、そのために今ここにいるのだとわかった。


「アナタは……初めましてですか?」


名前も知らぬ少女は、力はあるが才能のない、そういった感情を持っている。


無言で、私の問いかけに答えることもなく、その人はズケズケと近づいて来て、私を殴ろうとした。


体全体を捻り拳を避け、隙だらけな相手の足を蹴る。


足が地面から離れ、殴りかかりの時に前に移った重心は、少女を倒れさせるために働く。


「悪いけど、なんで恨みを買ったのかを忘れてしまったんだ。申し訳ない」


当人にどれだけ重くても、私にとってはささいなことだったのだろう。


「ミライ・クラシック……!」


怒りと憎悪と嫉妬と愛と優しさを込めた瞳は、確かにミライドールになれるであろう力を持っている。


起き上がり、また拳を振り上げてくる彼女を両手を使い拘束する。


そうして諦めか、それとも動揺を誘うためか、口を開き、煽り口調で話しかけてきた。


「忘れているなら、話してあげるよ」


悲しみと、愛だけが残った瞳は人を引き込む、私に話を聞こうと思わせる。


「私はミライのとこが好きだった。だから生きて欲しいの、その愛情を私に向けて欲しいよ、そのために私は生きて努力するのよ!」


視覚外、死角から重い一撃が頭に入る。


揺らいだ体と力は、ソルトが高速を降り解けるぐらいには弱かった。


「あっ……」


そして、服の襟元を掴まれ、勢いよく投げ飛ばされる。


受け身を取り、彼女の方を向けば、男性の、中性的な出立の人が隣いた。


(私は、ミライ)


目の前の異物二つが入り込み、ミライドールは揺らいでいる。


「戦って勝つことができないから、精神世界に入り込むことに特化する。それだけの力が、擬似ミライドールにはあるわけか」


失われた記憶が行ったり来たり、意思や体調は右往左往。


揺らいでいる、徹底的な自己とミライドールの境界が確立してきている。


それも全部、目の前のソルトのせいだ。


私を望み、私を知る。


自己は他者に依存する。


なら、他者が望めば、ある意味で自己は自己となる。


「私は私となり、生きろというのか」


助けに来てもらって悪いが、私は帰るつもりはないんだ、死にたいんだ。


「帰るのはお前らだ」


合図も拍子もなく走り出し、手始めにソルトの顎を殴る。


次いで、横にいる男の顔面、長い黒髪目掛けて回し蹴りを放つ。


「かった!」


壁を蹴ったみたいに、蹴りは重い音だけを立てる。


男が行動する前に距離を取り、じっと彼を見据える。


「やはり、ゼーリドルか」


二人は完全なミライドールではない、融合も完璧ではない。


むしろ逆に二つの確固たることして独立している、互いが互いを成り立たせ、私の精神世界でも揺らぐことなく生きている。


「が、問題ない!」


ならまさその逆に、私たち、フォックスドールとミライは融合をほとんど完遂している!


先ほどよりも早く走り、重いパンチを男に放つ。


壁のない世界だから、遠くまで吹き飛んで驚いたようにこちらを見据える。


この精神世界で私とフォックスは一心同体、人の身でアニマドールの力を使えるのよ!


「だから、帰れ!私はもう死ぬ!死ねるんだ!なので放っておいてくれ!」


生きる未練もないのだから、安らかに死ねるこのチャンスは、またとない機会なのだ。


「ソルト、私のことが好きなのなら、私を見捨てろ。君なら、殆どの男性、女性と結婚できるはずだし、私に固執する理屈はないんだよ」


「無理……!」


「仮に現世に帰っても、私が君を好きになることはない。帰ったって、君は何も変わらない、変えられない」


「そう……かしらね?」


グラつき、よろめき、震えた足で立ち上がる彼女は、赤い顎が目立つ顔を俯かせている。


だから、下向きの顔は私からは見えないのだが、どうせ自信満々な顔をしているのだろう。


「ミライって名前のくせに……未来の可能性を否定するのね……」


「可能性はないよ。私が好きな人は、たった一人、マリーアンネットだげだろうし」


「アナタの、人間であるアンタが、無限の未来を決めつけられるかしら」


「できるよ、私は貴様より優れている、貴様はマリーさんより魅力がない、興味を引き立てない、私を惹きつけないのだから」


「アナタが、私を変えた。なら逆だって」


「私は変わらない。変わる必要も理屈もない」


「でも、変わってしまう可能性だってある」


「あと何十年の人生では、些細な変化だ。恋心のように大きな変化はない」


「なんとなく、私はアナタが欲しいの」


「理由はないが、私は死にたいんだ」


肯定と否定、要望と拒絶。


戦争によって変わった二人は、もはや交わることはない。


優れた人間であること理解したミライは、なおさら生きる理由が強く抱けない。


それでも、生きてしまえるのは才能があるからだ。


誰もが羨むだろう、この才能は。


走れば感嘆が、話せば拍手が、歌えば感動が。


行動の帰結は簡単に予測できる、自分の未来もわかってしまう。


だから、全力を出さずとも、生きてしまえる。


他人が一年かけて描いた絵は、彼になら半年で超えられる。


他人の努力が、羨ましく感じる。


目の前のことに全力を抱けるのは、さぞ楽しいだろう。


私はいつも、別のことを考えられる。それほどの余裕がある。


だから、なんとなく生きられる。


努力も労力もたいして必要もなく、宝くじを当てた西暦の人間のように、遊んで暮らすこともできる。


それも、たのしくないんだけど。


なんとなく生きられてしまえることは、なんと虚しいのだろう。


多分私に生まれた理由があるのなら、それは歯車や機械と同じように、道具として必要だからなのだろう。


壊れかけた再生期を守るための道具。


その役目は終わった、だから死んだっていいんだ。


自殺はどう足掻こうが否定できるものではないのだから、私の勝手なんだ。


今死ねば、ミライドールになり私の自己が死ねば、あの世までリンクスキルは伸びてマリーさんと会えるんだ。


口が詰まり、弱い目つきで私を見つめるようになった彼女は、今にも泣き出しそうだった。


ごめんなさい。


「ごめんな。散々、振り回しすぎたと思う。色々、酷いことをしたと思う。もっと、お前に優しくできたはずなんだ」


頬に手を当てる。頬の暖かさは、愛情によるものなのだろう。


私はこれを無視していたのは、必要がないとわかっていたからだ。


「死んでほしくない……生きていて欲しいのが……なんで否定されなきゃいけないの!?」


溢れ出た涙の雫は、罪悪感を増長させるほどきれいなものだった。


「死ぬっていうなら……せめて私に殺されてよ!」


「できない。君は優しいから、いつか後悔する」


「アナタのことを忘れるよりはいいの」


「忘れたほうがいい。夢だと思えばいい」


「じゃあ私を殺してよ!せめて一緒に死なせてよ!」


「いやだよ。君がいうことは本当に、申し訳ないほど正しくて、間違っているのは私なんだ。それでも、正しさで自死を否定することはできないんだ」


私が変わることはないんだ。


だから、今から話す言葉も、どうか受け止めてほしい。


「あのとき、私が死んだ時に助けてくれてありがとう」


感謝という、遺言。


あまりに鋭利に突き刺さるそれは、ソルトを黙らせるのには十分だった。








人が変わるのには、何が必要なのだろう。


ミライの場合は、自分を肯定しながら自死するという論理の矛盾を実行している最中なのだから、それを元に考える必要がある。


自殺を、否定できる人はいない。


それは人間が自死をできる能力持った生物であるから、法は自死を否定できないから、それとも、自死の決断は世の全ての肯定だからだろうか。


自分を肯定、自己を受け止め生きていくという決断をしたミライは、死にたいと考えている。


死にたいと考えるのは、他者から課された自己を否定するのと同じだ。


しかし彼は、自己を肯定している。


なんて矛盾なのだろう。


しかし成り立っているのは、彼が肯定する自己こそが、死んで完成するからだと思っているからなのだ。


歴史の偉人のように、歴史を動かした人間のように、自分をとらえている。


これが正しいのは、彼もよくわかっている。


再生期を救うためのヒーロー、悲劇の英雄。


その役目を受け入れ、無自覚に違う形──少なくとも自分が歴史に名を刻む人間だということの理解──として受け入れ、今まで生きてきた。


役目が終わり、ここでミライが死ねば、命を冒してまで戦争を止めた英雄として終われるのだ。


この方法が、一番彼の役目を達成できる。


未来へ生きるのは、自己を受け入れてこそできる。


しかし彼に肯定する先はない、死ぬしか考えていない。


だから、幸せが彼に必要なんだ。


また体験したいと思わせる行為、結果。


彼の幸せは、死人であるマリーアンネットただ一人。


おお、なんということか、未来の希望も死の先にしかない。


彼が変わるのに必要なものは、全部過去か死にある。


だから、ソルトに彼は変えられない、この世の誰にも、生あるものにミライ・クラシックは変えられない。








女を見捨て、ミライは死へと歩みを進める。


その彼に、内側から声がする。


「ソルトなら、大丈夫ですよ。私が死ねば、ちゃんと人間に戻ってくれるはずです」


人間を一時的に超えた、いわば過集中のようなものなのだから、時期に戻る。


「それに、ゼーリドルが一緒にいますしね」


そう言い、振り返り暗い髪をたなびかせる男を見る。


精神世界に存在するため人間の形を取ったそれは、無愛想な表情のまま頷いた。


なんて優しいアニマドールなのだろう。あれを人が作ったというのが信じられない。


歩みを再開し、また歩く。


後ろが怖くなり、今度は走る。


目の前の景色は何もない。進んでいるのかさえわからない。


そうしてやがて、一瞬で世界は暗闇に包まれ、我が手先さえ、いや自分の内側さえ見えなくなる。


いつどうやって眠りについたのかがわからないように、私は死んだのだろう。


ここはあの世のようなもので、リンクスキルによって本来はあり得ない、極小にしか感じられない死者の思考を感じ取ることができる。


そこに一つの光が、発光体がヒトの形をしているものが目の前にやってくる。


その光に照らされ、辺りは色をつける、私は私になる。


「マリーさん……」


焦がれた顔が目の前にやってくる。


私が望むものが、目の前にある。


「えっ」


その方へ、理想へ向かい手を伸ばせば、体はなぜか後ろに引かれる。


望めば遠く、悲しめばさらに早く、距離は開かれる。


最後に、さっきまで聞こえていた声が、私を現実へ引き戻した。









「なんで……」


驚くほど小さい声は、私の本音なのだろう。


空は綺麗で、青の濃淡が見るものをひきつれる。


耳に聞こえるのは、私が空気を引き裂く音、風のような音。


「なんで……」


再び言う。


風よりも大きく、ガシャ、ガシャン、機械が躍動する音がする。


ゼーリドルが、フォックスドールを食べている。


だから、私は現実に投げ捨てられた。


私を引き戻した手は、フォックスと、ゼーリドルと、ソルトの手が重なったものだったのだと、今理解する。


いやだ、いやだよ。


ここは現実だ、違う!


ここはあの世のじゃなくちゃいけないんだ!


嫌なんだ!空気の音も人の声も思念も何もかも!目に映り、耳に聞こえ、肌で感じられることの全ては現実に由来したもので、つまり私も現実にいる!


「なんで、死なせてくれなかったんだ!ソルト!なんで私の手を取ってくれなかったんですか!マリーさん!」


ゼーリドルとソルトは、超えたんだ、ミライドールを。


二人の全てを犠牲にし、さらにその全てを戦闘に注げば、完璧であるミライドールも倒せて、今こうやって、現実……として、私とフォックスドールとして分離された。


「でもそれじゃ、ソルトは死ぬじゃないか!」


命を投げ捨ててようやく、辿り着ける境地だというのに。


リンクスキルは邪魔をする、リンクスキルはここが現実、リアルだと常に叫ぶ。


そうして、なぜ自分が生きているのかを理解する。


「生きる信念は、私にないのに……」


地面に落ちて、反動で体がめちゃくちゃになればいいんだ。痛いのは我慢できるから。


しかし、全身に針を刺され、エネルギーを吸収されていたフォックスドールは、それを許さない。


「お前も!死にたかったんじゃないのか!だから私を乗せたんじゃないのか!」


彼女のコックピットへ続く道は、勝手に開き、無人のチェアが存在を放つ。


身動きの取れない空で、拘束を振り切りこちらへ来た彼女は、私を乗せる。


その後にようやく、地面に落ちた。


グッタリとフォックスドールは倒れ、エネルギーがキレかけながら、中のシステムを点灯させる。


最強の兵器は、確かに私を守り、傷一つ私にはついてくれなかった。


「両親も、イジョウも、ソルトも、マリーさんも!なんで私を殺してくれない!」


産んだなら、一緒に生きてくれれば良かったのに!


利用するなら、最後に殺してくれればいいのに!


私のことが好きなら、見捨ててくれれば良かったのに!


私に生きて欲しいと願うなら、アナタも一緒がよかったのに!


「どいつもこいつも無責任だ!お前も、誰も彼も!自分のことばかりで、誰も私のことを考えていない!生きたくない!死ねればよかった!生きて幸せになれるわけないのに、してくれるわけでもないのに!何が生きろだよ!」


自分の腕で、もう片方の腕を取り、思いっきりへし折って見る。


激痛、痛みが全身を駆け巡る。


それだけだ、それで、曲がった腕は、勝手に元の形に戻ってしまった。


「人間じゃ、なくなっちゃったのに!ミライドールの力を一部手に入れた、化け物になってまで!生きてと偉そうに軽そうに願うのに話しやがって!」


うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!!!!!!!


私の目ははっきりと綺麗に物事を写す!遠くまでよく見える!


耳はよく聞こえる!体調はすこぶるいい!リンクスキルは常に情報を流し込む!


休みたい静かになりたい帰りたい何もしたくない死にたい生きたくない。


終わるはずだった戦争は、戦闘生命体になつたゼーリドルとソルトがいるから、終わらない。これから、絶対に見境もなく人と魔物を殺すとリンクスキルはつげている。


それに対処できるのは私、生きた私。


「嫌だ」


生あるものが、ゼーリドルを倒せる。


つまり、生きる決断が最も最重要の前提だ。


「いま、この場だけ生きる決断をして、それが終われば自殺する道理は許されない……」


戦争を終わらせたミライドールとして、人から距離を置けるのとは訳が違う。


戦争を終わらせた私、自己は人間なんだ。


人の論理だけで言えば、さらに先の責任を取らなければならなくなる。


世界を変えた人間として、生きなくちゃいけない。


死んでしまえば、私が行わなければならない行為が誰かに背負われる。


それは、悪なんだ。


「行きたくない」


しかし、今更死ぬことは許さない、私が許せない。


かといって生きる決断はしたくない。


過去の自己は死んだ、今の、これからの自己を課す他者は信用ならない。


生きる拠り所が見つからない、生きる拠り所を見つけなくちゃいけない。


ナヨナヨしている私を誰も嘲笑わない。


誰も私を責めない。


目の前にいる、魂のような、思考体だけの、つまり光とそこから聞こえる声だけの存在、マリーさんも私を否定してくれない。


「ごめんなさい。私のせいで……」


「謝るなよ!マリーさんは私に殺されたことを一生根に持ってればよかったんだ!なんで私の前に出てきた時笑っていたんだ!恨めよ!恨んでくれれば、死を否定できたんだぞ!なんで笑って……なんで笑いながら!私に生きて欲しいなんて言えたんだよ……!」


「……ミライが、私に執着しているのが、嫌で嫌いなの。私は、ミライのことを愛せない、家族のように思えても、恋人にはなれない、一緒にいてあげられるつもりもない」


「それだけ言ってくれれば良かったのを……生きて欲しいなんぞ……!」


「だから、ミライに私を忘れて欲しいの」


リンクスキルは次の言葉を予測する、だから、マリーが口を開く前にミライは反応できた。


つまり、次に言われることが、彼を動かすのだ。


「わたしは、この後生まれ変わります。その根拠も理屈もないけれど、もしかしたら、生まれ変われるかもしれない。だから、今の私を忘れて、次の私を見つけてください」


「それ……は」


「愛せない、一緒に居られない。拾って、寝床まで用意してもらった私がこんなことを言うのは、失礼でしょう」


「……」


「ですが、生きる理由を与えることができます。それは無常で、論理でもないですが」


「……はい」


「生まれ変わった私を見つけてください」


「はい……」


与えられてしまった、生きる理屈。


善悪もない、罪も罰もない。


しかし私は、応えてしまった、はいと、肯定してしまった。


それはその瞬間に、私に取っての善となり、生きる理屈の一つとなる。


なかったものが出来上がり、私の頬に熱いものが伝わる。


残酷だ、卑怯だ、これでアナタは消えられる。あり得ない生まれ変わりを理由に消えられる。


私は、生きる理由を与えられてしまったから生きなくちゃいけない。


消えていく魂は、確かに消え去った。


その最後に、光は私の初恋の形となり、抱きしめてくれた。


熱を持ったそれは、熱かった。


熱くて、泣いてしまった。


みっともなく、子供みたいに、親を見失った子供みたいに。


辛くって、辛くって、苦しいよ。













戦闘生命体ゼーリドルは、前のゼーリドルをより巨大化させ、鋭利さを増したような外見をしていた。


鳥、いや生命体が持つようなどこかほのかな優しさは消え去り、殺すことだけを考える目つきだけが存在感を放つ。


これが動き出した時が、生命の滅亡の始まりであり、それが今だ。


黒い丸、過去のオーバーテクノロジーによって作られた、擬似ブラックホール。


それは吸引の強さ、対象を設定できる、ブラックホールの上位互換であった。


黒の点が、全てを受け入れる。


雲がまず飲み込まれ、次に、地上の命が。


「ゼーリドルは、私が止めます!」


黒い穴へ突撃するのは、泣き止んだミライとフォックスドールだった。


ミライドールではないし、フォックスドールはさっきボロボロにされ、大した機能を発揮できる訳がなかった。


「それでも、やるしかない!」


根拠なく、なんとなくで生きることを選択したミライは、もう躊躇わない。


フォックスドールは、ホワイトホール──この場合は、擬似ブラックホールの反対の性能を持つ──を黒い世界の中心で出した。


全てを受け入れる黒と、全てを弾き出す白は互いに打ち消しあい、消えてなくなる。


「はあぁあっ!来る!」


気合いを入れて、次の攻撃を迎え撃つ。


「穿つ!」


オーバーフローし、持てる全てを叩き出したフォックスドールからは、光を感じる。


九尾だ。


誰もがそう感じた。


緑色の炎、クリーンファイアシステムによって出されるそれは、肥大化し、空を超え、ほんの一瞬、地球を包んだ。


緑は色を変え、赤青に黄色、次いで揺らいで七色の輝きを放つ、九つの尾へとなる。


奇跡の輝きだ。


常ではない命が出す色こそが、何者でもあり何色でもない、虹色なんだ。


ゼーリドルは、理性的な判断を下し、全力かつ一撃で彼ら二人を破壊すべきだと理解した。


そのための、全武装開放。


どれもが殺意の塊、全てが当たれば即死の攻撃が、四方八方ミライ達を囲む。


しかしそれでも、フォックスドールは突き進む。


「エネルギーソード!」


銃剣を、ゼーリドル目掛けて投げつける。


虹の軌跡を描くそれは、数多の兵器を消し去った。


残った虹の上を、フォックスドールは駆ける。


残存兵器は、シールドと装甲で無理やり受ける。


外殻が割れ、中のパイプなどが露出しても、フォックスドールは進む。


「行けよ!フォックスドール!これで終わりだ!」


さらなる加速で包囲を突破し、目前へ迫るゼーリドルは、人形へ変形しわたしたちを迎え撃つ。


そいつに勢いよく、拳を突き出す。


その瞬間、まるで世の全てが私の見方をしてくれる気がして、今までが肯定されたと思えた。


中にいるソルトを、感じ取り、死にかけの彼女を助けたいと思えば、生きたいと思うのと同じだと気づいたからだ。


私のその選択に、何故だか、誇ってくれそうな人がいると、信じられたからだ。


だから、加速が乗っただけのそれは、何故かゼーリドルを破壊してみせた。


ミライドールでもヒューマンシンギュラリティでもない、未だ誰でもない、仮称ミライだからこそ、無限の未来を持つのだから、銭湯しか取り柄のない今のゼーリドルに、打ち勝ったのだ。


コックピットが剥き出しになり、中がはっきりと見れる。


「ソルト!」


そのあとを追うように、コアフォックスルーツに乗ったミライがソルトを見つけた。


コックピットにいる、眠ったままの少女。


私は、自分から、手を伸ばして彼女を掴んだ。


引き伸ばした手を戻せば、私の胸に、眠ったままの美少女が落ちてくる。


しかし、安心はできなかった。


空に浮かぶ、筒の形をしたあれは、核弾頭。


最後の執念で出されたそれは、ミライではなく、この場全ての生命を殺すため。


「全部、私たちが持っていく……?」


天から声がするのは、フォックスドールが上にいるからだ。


「こんなことしかできないのは、勘弁して欲しい……?」


体から、力のようなもの、体の軽さが消えていく。


目障りな他人の声、見えてしまう未来、そういったものが、感じられなくなっていた。


天からの声も何も聞こえない。


その瞬間、爆発が、起きたのだろう。


ただ、それは九つの尾が包んだことによって、誰の目にも入らない。


不思議な尻尾に近いミライは、コレが過去の私の全てなのだと知り得た。


爆発が終わった後の、ただの空に見えるのは、二つのロボット。


まるで神様みたいに、光り輝く二つのうち一つは、ゼーリドルは、元の形に戻り浮かんでいた。


もう一つは、形だけは、ミライドールになり、私をしばらく見つめてくれたあと、空へ飛んでいった。


「コレ!ルーツ忘れないでよ!」


私が呼び戻すと、忘れていた、と言った様子でこちらに戻り、脱出用の機会を再度取り込む。


私は、ソルトを抱えたまま、コックピットハッチを開き、そこから飛び出す。


空に落ちているから、声は聞こえるのか怪しく、そのため、大きな声で私は叫んだ。


「ありがとう!私は、生きてみるよ!」


さよならは言わない、きっといつか会えるから。


フォックスドールは、今度こそ、旅に出た。


ゼーリドルと共に、青い、底が見えないあの空に。


宇宙へ行き、どこへ行くのだろう。それはあの二人にしかわかりようがない。


これで、本当に終わってしまったのだ。


ミライも、マリーも、ソルトも、フォックスドールにゼーリドルも。


この世に生を受けた魔物、人間全てが、今日終わった。


そしてまた始まる、今までを抱えた新たな自己として。


それは決して幸福なことではない。


しかし、ミライは、不幸も抱え生きてみようと決意したのだ。


なんとなく、自分を受け止め、その自分を作った他人も受け止め、生きてみようと。


それは善ではない、正義でもない。


ただ、尊重はされる、善となるかもしれない。


少なくとも、ビジュアルに乗った、イジョウは、私を認めてくれるらしく、両手で私たちを捕まえた。









破片の山を滑り降りれば、景色は何も見えなくなる。


それは人より大きなアニマドールが、何体も地に横たわっているから、視界はそれと空しか捉えられない。


「ソルト」


呼びかければ、少女はゆったり目を見開いてくれる。


「ミライ……ミライ!?」


飛びつき、泣きつき、私に抱きつく彼女は笑ってくれていた。


死への欲望がなくなったわけでもないが、生の欲望が出来上がっていく。


自分が、他者を喜ばせられるのなら、もうそれでいいのだろう。


自分をはっきりさせずとも、なんとなく生きて良いのだろう。


だから、私は、何も考えずに両手を彼女の背中に回した。


「ごめんなさい。今まで、本当に、悲しませるようなことばっかりしてきた」


「私だって、ミライと話せばよかったって思ってる。あんなことを抱えていたのなら、話ぐらい聞いてあげればよかったって、思ったよ」


今はきっと、イジョウと魔王様が話をしているのだろう、イマバルグゥは犯罪者として審判にかけられているのだろう。


誰もここにはいない、誰もここには来やしない。


皆思いも思い、その場に立ち止まっているのだから。


だから、ずっと抱き合うことができる。











地球の再生を促すのが人類の役目だ。


だから地上に転がった、ボロボロのアニマドールを放置することはできない。


まして、それを作った本人なら尚更だ。


瓦礫の山を、手押しの一輪車に乗せ運んでいく。


今日の朝から、戦争が終わった翌日からこんなことをやる人間というのは、意外といた。


「大きいな」


魔物達が、アニマドールを運んでいる。


マリーさんも、いたら皆と同じようにしていたのだろう。


昨日から、リンクスキルは使えなくなってしまった。


特別な、人を超えたヒューマンシンギュラリティとしての力は、全てフォックスドールが持って行った。


だから、こうしてちまちま瓦礫を運ぶことしかできない。


土を踏み締め、焦げた土を避け、瓦礫を一箇所に集めていく。


精密機器の塊である、アニマドールの破片は、昔みたいに輝いて見える。


「私は、終わったんだろうな」


ミライというのは、過去の人間と成り下がっていた。


他者がどう思おうと、私の中では事実なことだ。


「ミライ、一緒に行ってもいい?」


横に来た、少女の問いかけに頷き答える。


ソルトが望んだ人間は、もういないのかもしれない。


「……ねえ、ソルト」


「なに?」


「私は、変わったんだと思う。この一カ月で、いろいろなことがあって、辛いことばっかりだった気がするんだ」


望まぬ行為を望み、魔物を、人の形と理性を持った者を大勢殺した。


「自殺はできなかったけど、君が知る、ミライという人間は、死んだんだ」


「そう……かもね」


弱さ、自殺願望は懇願するほど強くなった。


強さ、生きる目的は恐ろしく重くてあやふやな物を手に入れた。


「それなのに、本当に私と一緒にいるの?」


「いるよ」


その即答は、強く、私の心に響いた。


「外見は、恋焦がれたままだし。それに、アナタが不変の存在だから、一緒にいたいわけめもないし」


常あるものはないのに、常ある物を望む訳がなかった。


「今のアナタは、私の恋焦がれた人のままだよ。ずっと、内面が変わろうと、外見が変わろうと、私の横を歩く人が、私は好きなの」


「そっか」


なんだか、救われた気がした。


「正直、自殺願望を曝け出した時点で、見捨てられるかもと思った」


だいぶ本性を曝け出しすぎたアレは、本当にやりすぎだったと思う。


「えっ、そんなくだらないことを……フッフ……考えてたの?」


笑い混じりの声は、私に羞恥心を加速させた。


「笑うなよ」


「笑うでしょ、そんな、ちっぽけなことで悩んでたなんて。今まで完璧であろうとしていたことの方が恥ずかしいと思わなかったの?」


「なっ、だってしなきゃいけないだろ。才能の役割をさ」


「その割に自殺願望はあるんでしょ」


「そっちだって、泣きながら逃げたことあるくせに」


「関係ないし!それにアナタが悪いでしょ、アレは!」


「好きなんてはっきりと言ってないから、恋心なんてないと思ってました!」


「好きに決まってたじゃん!」


「言われなきゃ確証が持てないよ!」


「好きだよ!会った時から、見た時から、ずっと!アナタだって、自分の不満を抱えて誰にも言わなかったじゃないか!はっきりと言えばよかった物を全然言わなかったじゃん!マリーさんに告白でもした?父親に面と向かって嫌いなところを言ったりした?私に、やめて欲しいとも、望んでいるとも、言わなかったくせに!」


「言ってしまったら、終わるんだ!私は……」


言葉に詰まり、そこから先が言えなくなる。


考えた言葉は、どれも口に出すのが怖かった。


「私のこと、好きじゃなかったんでしょ?」


それは、そうなんだけど。


それを言えば、また傷つけるのではないかなと、思ってしまえば、怖くなる。


「いいよ別に……わかってたことだし」


「そう、なんだ」


「今の私は好き?昔の私より好き」


「……多分。ハッキリとは言えないけど、一カ月以上前なら、こんな素直に感情を伝えられなかった。信頼してないから」


「それでいいのよ。一カ月でこんなに変わるなら、来年はもっと変わる」


「そうだね」


「だから、未来がどうなるかなんてわからないけど、一緒に居たいの。ダメ?」


「こちらこそ、一緒に居てくれると嬉しいよ。一人じゃ寂しいし」


「これから、よろしくね!ミライ!」


「よろしくお願いします、ソルト」













生まれたことに意味はない、生まれることは望めない。


人は自分を殺せる、死に善悪はない。


自分は他人から課される、他人に頼らない自己はありえない。


だから人は悩む。


生まれ、名を課され、自分では課せない事故に苛まれ、死を選べるから、生きるか死ぬかと考える。


ついに、生まれたことや、他人を否定し殺す。


殺さなくても、否定して仕舞えば、自己はさらになくなっていく。


生まれたことに意味があるのなら、どんなに楽だろう。


自殺できない生命体だったら、どんなに割り切れただろう。


死ぬことが悪だったら、自分で自分を決めれたら。


生まれることを選べたら、今どんなに楽だろうか。


考えれば、理解すれば、尚更生きる理由というのはわからない。


だが、考えている自己は生きている。


なら、考えてみて欲しい、思い出して欲しい。


過去でもいい、未来で今でもいい。


幸せだったことを、眠る前に明日のことを考えたことを、なんとなくでも生きてきたことを。


それで、何か変わるわけではないだろうが、上記のことを、頭の片隅に入れればいい。


それで死にたいと願うなら、誰かが、尊重まで達せずとも、理解はしてくれるはずだ。


これで生きたいと願うのなら、それもいいだろう。


生まれることは望めない、しかし、生きることは望める。


ミライは、自分の未来へ歩き出した。


ミライは、自己を課した。


幸も不幸も何もかも、過去の課された自己を受け止め、そのクラシックがミライに未来を課す。


今日から、ミライ・クラシックは始まったのだ。

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