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究極の生命体へ至るということ

戦場は一変し、究極生命体ミライドールになったミライとフォックスドールが支配していた。


「イジョウさん!あれ一機に半壊させられてます!」


部下からの悲鳴まじりの報告を聞くイジョウは、怒りを向けていたミライに対し、一周回り冷静に分析していた。


(誰も殺す気がない甘っちょろさは真実らしいし、区別なく攻撃してくる暴虐さも真実だ。どうする?勝てっこないのは目に見えて明らかなわけだし)


黄金の装飾を纏ったテールブレードによる無差別攻撃は、まるで神の使者たる天使のように美しかった。


(冗談じゃない。あの女の子供が、天使なわけないだろう!平然と私を捨てたあの女の子供なら、遺伝のようにカスでなければならないんだ!)


蛙の子は蛙、人の子は人。


生物的に言えば正しいのだろうけど、理性で生きる人間として見れば、間違った考えであった。


再び怒りを込め、アニマドール越しにミライを睨む。


ミライのガワたる形を変えたフォックスドールは、相変わらず読めない表情で自分以外を見下ろしていた。


(貴様が憎い!あの女と同じ瞳の人間が、男のくせに女々しい瞳をした人間がいるのに苛立つ!)


人類の統治者である、イジョウ・クラシック。


彼はミライに及ばないけれど、才能に恵まれた人間であったのだろう。


しかしそれで異性や同性は必ず魅かせることが出来るわけでない。


才ある人間なのに、ミライから嫌われている。


それと同じか、似たように、彼女に対し接し方を間違えたのだろう。


ミライがソルトに対し対応を間違えたように、イジョウは彼女に何かしらの間違いを犯したのだ。


それを認められるほど、イジョウは強くなかった。恋愛に関して、失恋に関して、彼は人に比べ一喜一憂の差が激しい人だったはずだ。


彼は、憂さ晴らしがしたいのだ。


自分以外の全て、無機物有機物、生命非生命。


それら全てを破壊できてようやく、彼は満足できるのかもしれない。


なら彼は救われないのか、満足できないのか、過去を払拭することはできないのかと言われれば、全くそんなことはなかった。


そう、だから彼は彼を見つめる。


自分にとって、この世全てと同価値を持つ男、ミライ・クラシックを。










リンクスキルは、敵意を感じ取ってくれる。


だからイジョウがこちらを見つめているのに気づけたわけだし、こちらはイジョウを見下ろすことができる。


そして、彼が何を思うのか、何を求めているかまでを、リンクスキルは伝えてくれた。


「受け皿に、なるしかないのだろうか」


彼の根幹を、根っこを変えるのは不可能で、せいぜい背中を押すことが出来るぐらいだ。


融合により、手足のように動かせるようにぬったフォックスドールは、ゆったりと落下を開始した。


「奴は反逆した!魔物も殺しているが、見境の無い殺戮者であることに違いはない!倒せ!」


人類の統治者たるものが、そう叫ぶ。


イジョウの声がはじまりの合図となり、数多の人を巻き込んだ親子喧嘩が幕を開ける。


この場にいるパイロットは、当然イジョウの指示を遂行しなければならない。


しかし対象が、まるで神が如くゆったりと降りてくるミライドールであるのだから、緊張や冷や汗が襲ってくるのだ。


だから、みんなは固唾を飲んで神の一挙手一投足を見守るしかなかった。


その静寂佇む状況で、ミライドールは加速をかけはじめる。


瞬間に、その落下の速度は、瞬きをしたら視界から見えなくなるぐらいには速くなり、思考が追いついた時には自分が乗り込むアニマドールは壊されていた。


アリなのだろうか、人の手で創りしリアルロボットが、まるでファンタジーのような動きをしているのは、おかしいのではないか。


しかし、現実には光の軌道と、爆音のソニックウェーブを残し乱世を駆ける未来人形は存在している。


何秒経ったかと考えれば、まだ十秒も経っていない気がしてならない。


ともかくとしてわかるのは、ミライドールによる攻撃──本当は移動しただけ──により、数多のアニマドールが破壊されたことだ。


苛立ちや、恐怖の声を叫びながら、当然としてミライドールから魔物やアニマドールは離れていく。


しかし逃げる自己より速く、背後、上、正面に地中から、テールブレードが襲ってくる。


当たったが最後、アニマドールならコンピュータがミライドールに乗っ取られて機能を停止する。


魔物なら、体内に毒を注入され、その場に倒れ込むことになる。


先程まで人と魔物が殺し合っていた戦場は、ミライドールによる殲滅に変わっていく。


しかし、それに歯向かうが如く推進するアニマドールが二つあった。


「戦争を止めたいのに、やるのは無差別攻撃か!」


殺しはしていないのだが、確かに無差別攻撃は理性なき道を行く行為だ。


しかし、先に理性を投げ捨てたのは、この二人なのだ。


「人類の統治者たるアナタが、過去の女一つにこだわって世界をめちゃくちゃにしようとしなければ!」


こんなことにならなかった。


「魔物に人権を与えたいのなら、政治の舞台に立てばよかったものを!」


こんなことはしていない。


「アンタ、イジョウも!イマバルグゥも!そしてこの私も!誰もが間違えた結果こそが今なんだ!そして未来なんだ!だから正す!そのためにこの戦争を私が強制的に終わらせて、そのあとに貴様らの性根を叩き直してやる!」


両側から挟まれ、光線、ミサイル、あらゆる銃火器がミライドールを襲う。


しかし、それが届くことはない!


「吸収!展開!反射!」


緑のバリアがレーザーを吸い込み、爆発を遮る。


さらにそこから、豪雨のような熱光線が全方位に反射された。


「拡散!」


9本のテールブレードがガラスの膜のようなものを作り、そこをビームが通ればさらに拡散される。


豪雨はさらに枝分かれ、点がまるで面の形を持ち、残ったアニマドールと魔物を攻撃した。


「テールブレードでイマバルグゥは相手できる!なら私は!」


「ミライィィイ!」


さっきの攻撃──全方位レーザー──より個性であった四門のキャノンがボロボロになったヴィジュアルが殴りかかる。


当たるわけもない。ボロボロになって繰り出される攻撃が究極生命体に当たるわけが無い。


「あの女以上に、貴様が嫌いなんだ!なぜあの女から貴様のような才能持ちし人間が生まれる!?」


「それは……!どうでもいいだろ!」


「結局貴様は私の思い通りになってくれなかった!お前がもう少し愚かだったら!私の気も晴れたんだけどなぁ!」


「人を道具のように!西暦の人間じゃないんだからさぁ!」


「女の、マリーとかいった女に悩んでいるかと思ったら!すぐ受け止め前に進んでいる!女一つにこだわる私を嘲笑うかのようになあ!」


「まだ、受け止められてるわけじゃない!」


「なおさらぁ!受け止められてないくせに、前に進めるのは!なおさら私が惨めになるじゃないか!」


「惨めだと思うのなら!辛くても生きてくださいよ!理性的な人間として!」


「してどうなる!?」


「未来が変わる!」


「変わってどうなる!?」


「未来が変われば!過去も変わる!」


「綺麗事をぉ!」


「そう思うのなら、それでいいです!私は好きな女を殺したし!息子としてアンタの性根を治してやれなかった!それは事実で変えようがないんだから!せめてそれを戒めとして繰り返さないような生き方をしようと思ってるだけなんだよ!」


「だから私にも生きろと!?疲弊したものに、さらなる努力を命じるのはおかしくないか!?」


「だったら死ね!自殺する気がないのなら前を向けよ!残り五十年ずっと鬱と同じようになるよりはマジだろうが!」


「私に生きて欲しいのなら、貴様は死ねぇ!」


「お前は!」


拳を手のひらで受け止め、そのまま捥いで放り捨てる。


「私の父親なんだ!変えようのない関係なんだ!」


相手の足を狙い、蹴る、蹴る、蹴る。


最後に残った片方の腕を、肩を手刀で切り落とすことで無力化する。


「私という人間は確かに貴方の影響を、背中を見て育った人間なんだ!そして貴方が憎んでいるのは、私のそうやって出来上がった部分だけ!それは自分自身を呪うのと同じなんだ!」


四肢は壊れ、コンピュータも狂い、中の人間も汗を流しながら肩で呼吸をしていた。


「感情は十分叫んだでしょ!喉が痛いぐらい叫んだだろ!それと、今からの痛み悔しさが!貴様を冷静にさせる!」


その、もはや動かない鉄の塊に対して、究極生命体の全力の拳が飛ぶ。


遥か空の彼方から、地上に向かって落ちるのは、イジョウ・クラシック。


彼は最後の力を振り絞り、ただ叫ぶ。


「ミライ……クラシックゥゥゥゥゥゥゥウウウ!!!!!」


意味も理屈もない、ただの全ての感情だけがこもった全身全霊の声が、静かな戦場に響く。


残ったのは、イマバルグゥが乗る、ゼーリドルのみ。



「アンタも、勝てない戦いをするタイプか?」


感情がないようにも、あるようにも聞こえるのは、まだ彼ら二つが、究極生命体になる途中だからだろう。


「そのゼーリドルでも、今の私……たちには勝てる道理がない」


真なる意味で一つとならん彼らは、人を超えてしまう。


ヒューマンシンギュラリティでも、アニマドールシンギュラリティでもない、もっと別の、人工的で奇跡的な、そう。


「神か」


究極の人と、究極の技術の融合。


「それは……ある意味魔物の到達点とも言える……」


魔物は、人があらゆる環境に適応するため、野生の力を取り込んだもの。


目の前の存在は、人の到達点に、野生に科学といった宇宙によって存在が確立するそれら理論理屈全てを混ぜ込んだ芸術品。


彼は、そう、宇宙の全てを支配したと言われる西暦人の技術全てを内包としたフォックスドールシンギュラリティと融合したのだから、宇宙と融合したということなのではないか。


彼の目はもう私を見ていない、宇宙を、銀河を、そういった光年単位先のものを見ているのであった、本の何十メートル離れた私は蟻と同じだ。


まるで再生期の理想を体現している。


自然、すなわち宇宙の全てを気に掛けられるであろう彼は、人の理想そのものだ。


「しかし、だからなんだ?」


理想点に到達した、したといっても、現状が変わるわけではない。


「いや、むしろいらないのではないか?」


彼は人なのか?


魔物は、素体が人間である生命体──まだそれは地上人である我々の常識にはないが──である以上、まだ人間だ。


だが、彼の素体は、素体と呼べるものはないのではないか?


人の臨界点であるミライと、技術の限界点であるフォックスドールが融合し、その融合する部分が互いの長所だけなら……


「ミライの肉体はいらないことになる……」


肉体、つまり現世に確固たる形をとらえるための外殻たるもの。


機械の体か、生命の体。


ミライの意識や思考はそのまま、フォックスドールのコンピュータと一体化し、肉体はもぬけの殻となるのではないか?


「そうだ、それこそが、人が肉体という確固かつ不安定なものを抜け出し、常に安定しマクロで見ても安定した肉体を手に入れるという、一旦の進化なのか」


それは、要らないのではないか?


それはもう人ではないのだ。


肉体も、精神的な思考も、はっきりと人間由来のものではないのだとわかってしまったのなら、目の前のモノは、人を超えた、人ならざるモノなのだ。


「そういうやつが、世を総べ未来を作っても、それは人や魔物の未来ではない!」


その、支配されるということに対しての怒りに呼応し、ゼーリドルは攻撃を仕掛ける。


ミライドールは、それに対して何もせず、ただ棒立ちでその攻撃を受けた。


が、しかし、傷は二つもなく、弱い風に吹かれただけのように、ほとんど何事もなかったかのように、ビームや斬撃にミサイルの嵐を受けきって見せた。


(流石に、恐れに近い感情がわいてくるな……)


恐怖、理解不能の感情を向ける対象は、こちらに、手のひらを向けてくる。


理解不能なのだから、その手のひらに何を思おうが無駄だ。


神のなすことのように、人とアニマドールであるゼーリドル達は、原因不明の機能停止に陥った。


「動けよ!異常がないのなら!」


羽はもがれていないのに、翼を失った鳥のように地上へ落ちていく。


ウイルスは検知されるはずだし、ジャック……されたという感触もない。


脳波を読み取り動いてくれるゼーリドルは、同じくゼーリドルの思考もこちらに入ってくる。


だからゼーリドルが感じることは私にわかるはずなんだ。


その私が、ジャック、精神を逆撫でされ不自由を強制されるような感触は今のところない。


ならば、なんだというのか。


わからぬまま、二方は血に落ち、空高く佇む、ミライドールを眺める。


「人一人が、神様になろうとも、人は社会的である以上、たいした意味を持ち得ない」


自己が、他者によって存在する、つまりはっきりとそれ単体で独立する自己はない。


それはどの存在にもそうで、石だから、石の性質を持つ。逆に、石の性質を持ち合わせれば、石と言える。


両親がセックスし、遺伝子同士が交わって子ができる。


その子供は、親の遺伝子によって顔や病気のかかりやすさが決まり、さらに大体生まれる頃には名前が決められているはずなのだから、生まれる前から他者に依存し、自己、名前がもつ社会的な地位を持っている。


そうして、自意識が芽生え、芽生えた頃には、もはや確定で、他者に依らず、はっきりと内側に佇む、魂や生まれつき、才能、神から与えられた、そういったものから作られる自己とはなくなっている。


その自己は、親の子供の名前で、誰かの友達で、誰かの兄弟姉妹で、地面の上に立っていて、空気を吸っている。


肉体が他の物体に及ぼす行為の中でしか、自己は確立しない。


まとめれば、どう足掻こうが、自己とは客観視しかできず、それははっきりと絶対的にちゃんとした形を見ることかなわず、ということだ。


その、他者に課され自己を確立するしかできないのは、人を超えたミライでさえも例外たり得ない。


素体であるミライ、フォックスドール。


その二つも親や作った人間。


それもまたその親。


それが、見えない形でつながりあって、アレができた。


過去だけはあり得ない。未来だけもあり得ない。


裏だけのコインがないように、人は過去と今と未来によって、その存在が不確定に樹立される。


「そうか、彼は、ミライがしているのは自己の否定だ!過ち重ねた自己を捨て、新たな自己を、かくありたいと願う事故へ変化する、賭けなのか!」


自己を変える。それは、拠り所を変えるということでもある。


他者に課され、自己はできる。


新たな自己を作るには、過去の、今の自己が新たな自己を課して出来上がる。


選ぶことができない親、環境。それによって出来上がった不安定で納得し得ない自己。


その自己が望む、新たな自己。


それは選ぶことができる拠り所によって決められる。本、新たな他者、宗教や所属する社会。それはなんでもよい。


ミライは、溢れ出る自分の過去の情報を処理し、客観的な自己を手に入れた。


その客観的から生み出される新たな自己、そう、それこそが、新なる意味でのヒューマンシンギュラリティ!


リンクスキルによる真実のみを、真理のみを拠り所にした、揺らぐことのない善性の人間!


「ただ、それは精神世界で手に入れるもので、彼の意識が現実にこなければ意味がない!」


精神を、現実に引き戻すために必要なのはやはり他者だ。


変化するミライ、これまでのミライ。その二つに対し、同じ立ち位置を持つものが、変わらぬ道標となり、現実の座標となる。


「それは私でも、イジョウでもない。しかしそれは、いるはずなのだから、それを探すのが私の役目か!ゼーリドル!」








「戦争は終わった」


圧倒的な力を持った私によって、戦闘を続行できるものはいなくなった。


このあと、地下からシーパルさん──魔王様──が来るはずで、冷静さを、過去を見つめ直したイジョウなら、彼と和平を結び、何年もかけて魔物と人の共存がなされる。


それでこの戦争は歴史になる。


だから、私のこの場面での役割は終わってしまった。


「生きる理屈もなくなってしまった」


私が、この世に生まれた理由はない。


しかし、出来上がってしまった私には、人類の最高点として道標、目標、規範、基本を示す、そういう役割がある。


ミライの役割は、終わってしまったのだ。


父が望んだ、ミライに対する憎しみは消え。


人類の、魔物と現人類との行末を表すという、イマバルグゥやシーパルの望みの手助けをした。


「やっぱり、帰ったところで、帰る必要性が生まれるわけでもない」


リンクスキルが見せてくれた未来は、まだ続く人間の積み重ね。


まだ、人類は生きて積み重なる。


その長い長い流れの中で、ここで私が帰る帰らないは些細な波なのだ。


フォックスドールも、やはり意味を失っている。


動き戦う、その理由が消え去れば、根っこが戦争兵器であるフォックスドールは否定される道具だ。


「そうだよなあ、アレが生きている間は、私たちも生きているということだし、特段悪い話でもないよなあ」


フォックスドールは、意思を持つ。


論理的思考、成長する脳、人間よりも高度な知能を持ったフォックスドールでさえ、帰る理由が見つけられない。


「私たちの帰りを望む人は、誰もいないんだ」


この、脳内の空間、つまり記憶が浮遊する空間の中で、今最新の記憶。


それはミライドールが見ている景色、私たち二人が融合しできた一つの個体。


アレは、美しい。


ここで私たちが現実へ帰れば、アレは失われる。


それを失ってまで帰る理由は、やはりない。


「歩いてみるか」









「フォックスドールは動かない……戦うものがいなくなったからか?」


イマバルグゥは、ゼーリドルのコックピットの中で考える。


考えながら、手を動かす。


ある人物を探すため、その人物の思い出せる限りのデータをゼーリドルに入力し、ゼーリドルがそれと一致する人間を探す。


「正直ミライのことは嫌いだが、ミライドールの方が嫌いだな!」







「リアルな走馬灯だ」


自分の人生の追体験は、ミライドールになる前に一度済ませた。


しかしそれは事実の、知識としてと追体験であり、今行なっているのは、記憶や思い出としての追体験、つまり走馬灯だ。


これが終われば、新なる意味で私とフォックスドールの意識はミライドールとして取り込まれ、永遠の生命体として生きる。


「人類の最高点と言っても、完璧な人間ではなかったなあ」


失敗だってあった、嫌なこともあった、望まぬ現状にだってなっている。


もっと、なだらかな人生を送りたいものであった。例えば、誰もいない場所で、好きな人と一緒に暮らせれば。


いや、場所はどうでもよくて、好きな人といたかった。


そこで、絵でも描いて、小説でも描いて、論文でも描いて、料理運動、やりたいことをすきなだけやりたかった。


何も考えず、他者から課される自己について考えず、怠惰に生きたかった。


「帰る理屈はないけど、帰りたいと望む気持ちはある」


できないことを考えても、意味がないのだが。


歩き続け、記憶を眺める。


途中、幾つかの揺れが起きた。


この世界が揺れる、それは脳が揺れたということであり、さらにそれは、体が揺れた、ミライドールが揺れたということだ。


しかし確認しようがないことなのだから、やはりどうでもよい。










「ソルト!とかいう名前のやつだよなあ!」


カラスが、少女の前に舞い降りる。


ボロボロになっても、その赤い瞳であろうものは、綺麗な宝石のままだ。


「イマバルグゥ……!」


指名手配された男が目の前に立って、コックピットから身を乗り出している。


彼は確かに私を見ている、彼は確かに私に手を差し出している。


私が今いるのは、オールド管轄で、つまり人間の住処で、指名手配班である彼は、何人もの人やアニマドールに囲まれている。


「乗ったら、どうなりますか」


恐る恐る、聞いてみる。


「ミライ・クラシックが、帰って来れる!」


そう聞けば、私は迷わずその手を取った。


「動くなぁ!」


誰かの命令も聞かず、私の足で、私の意思で、黒い鳥の中へ入って行った。


優しさが、暖かさがコックピットに溢れている。


これは人の温かさで、何故だが知っている人のような気がした。


「これは貴様にやる。だから、あのミライをどうにかして連れて帰ってきてくれ。出ないと泣くぞ」


そういうと彼は、コックピットから飛び降り、両手をあげ歩いていく。


「……あ!ありがとうございます!」


背後から聞こえた大声に、彼はびくりとする。


声が届いたことを確認したら、私と、このアニマドールは空に向かい羽ばたく。


黒い羽だというのに、白い天使の羽のような美しさをもつ翼は、きっと彼の元まで私を届けてくれる。


ミライを我が手に引き寄せられるはずだ、と確信させてくれる。







「あら、まだ続くのか」


それは、私の記憶ではなく、フォックスドールの記憶、だから保存されたデータなのだろう。


美術館を歩くように、誰もいない、静かな道をゆく。


途中の展示品、記憶をじっと眺めて見れば、それはまるでその場にいるかのように、音や皮膚の感覚が蘇る。


人類の最高点技術、フォックスドールシンギュラリティ。


彼は生まれ、戦争を終結させた。


その絶対的な力は、人も核も、自然現象でさえも支配下に置き、まさしく兵器の頂点に立った。


そして、眠りにつく。


眠ったのは、人類が滅びかけ、こんな兵器一つに構う人はいなくなったからだ。


世界を滅ぼせる兵器でさえ、見向きもされなくなり、そこから千年単位で放置され、されれぼ災害に遭い土の下に埋まる。


その中でも、フォックスドールは動いていた。


動き探していた。そして出会った、この私、人類の頂点、ミライと。


運命のように、私の元に来た彼──彼女?──は、あの日、一緒に父と母を殺した共犯者になってくれた。


そして今の日まで、私に付き添ってくれた。


「ああ、お礼を言ってなかったな。フォックスドール……さん?今までありがとうございました。ここまで来れたのも、悔いのない人生を送れたのも、あなたのお陰です」


人間的な実体を持たないフォックスドールからは、声だけが聞こえる。しかもそれは、空気の揺れではなく、電気信号的な、脳の考えが直接伝わってくるだけだ。


フォックスドールが作られたのが、大体三千年前ぐらいであり、その大変長い時間の旅も終わりを迎え、視界の先にはただ灰色の景色が広がるだけになった。


「だというのに、私たちは意識を保っている」


記憶の旅が終われば、私たちの生も終わる。


なら終わらないのは、記憶の旅が続いているからで。


「外で何かが起きている……」


新たな記憶が、出来事が起きていて、それをミライドールが認識し、ついでに私たちの記憶ともなる。


しかし記憶となるには、それなりの出来事でなければならず、それこそ戦闘でもない限り、あり得ない話である。


そして記憶となった、なりつつある、記憶。


現実で起きている映像を見てみれば、そこには私たち、ミライドールと、ゼーリドルがぶつかり合いをしていた。


ゼーリドルに誰が乗っているのか、わかりようがない。


「というより、思い出せないのか」


本当は終わっていた、ミライドールが私たちを取り込むという、行為をしていれば。


しかしその行為は遮られ、今、ゆっくりと私は取り込まれ始めた。


記憶も、知識も、個人の境界も。


ゆっくり溶け、眠たくなりつつある意識は、目の前に映る映像に対し、何かを思えるほど鮮明ではない。


「私は、誰だったっけ?」

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