ミライを決められるから、ミライドール
雪が降っているというのに、人は目の前の敵に集中する。
綺麗な景色を地で染める。
そう言う愚かな行為を止めるために、愚か者ミライクラシックは雲の中から這い出てきた。
「やっぱりミライ・クラシックですよ!」
戦場全体に指示を出すオペレーターがそんなことを叫べば、人と魔物はその対処に目を向ける。
死んだはずの──実際に死んだのだけれど──人間が這い出てくるのは、ゾンビみたいだ。
実際には地ではなく、空からなのだけれど。
倒せ!倒せ!倒せ!そう、魔物は意気込む。
目の前の九尾は、まさにご馳走!
エネルギーの塊たるアレを、喰らって見せたい!この戦場の超天を示したい!
肥大化した、戦闘意欲は、理論では、言葉ではもう抑えることができない。
牙を、爪や砲台を、あらゆる凶器がミライとフォックスに襲いかかる!しかし、それらは届くことはない!
「リフレクター、展開!」
光が球状に広がり、ビームの軌道を逸らし、魔物の動きを停止させた。
この中では自由に動けないのだと、一目見てわかることであった。
ミライは止んだ攻撃の前に、リフレクターを解除した。
戦闘員と死者の数が増えている、怨念と怨嗟が積もり満ちている。
人が、魔物が、最後に残した遺言、それらがミライの脳に一斉にフィードバックされた。
悔しさ、虚無、悲しさ憎しみ。
人生に必要な感情であれど、一気に浴びれば心の凶器になる。
(だけど、それでも)
ミライは、前を向く。
ビームを避け、戦場を見渡せば、目的のものはすぐ見つかる。
「気づかれたか!」
またも、うんざりするほど自分を掠めた熱光線。
それに対しリフレクターを貼れば、守られているフォックスドール以外のものが吹き飛んでいく。
ゼーリドルと、イマバルグゥは、確かにコチラを見ていたのだった。
見ていてなお、人を殺す。
「何日振りかな……」
そのゼーリドルがいる戦場の中心に向かえば向かうほど、音は激しさを増し、命が散る。
「ミライ!生きていたのか!?」
通信が入れば、親の声が聞こえてくる。
いやほど聞いた、嫌いな声。
今にして思えば、この人は間違いなく自分の親だったのだと思い知らされる。
フォックスドールは、背後の九つの機械。
「テールブレード!」
刃を持つ自立型の機械は、辺りのアニマドールの両腕を奪い、魔物は遠くに吹き飛ばす。
九つの巨大な刃が戦場を舞えば、それは巨大な注目を集めることになる。
オープンの回線、拡声器、使えるものは全て使い、私は叫ぶ。
「聞け!私の名前はミライ・クラシック!私の目的は、この戦争の集結!双方の和解である!」
爆音も、悲鳴も止み、全員がただ一点を見つめている。
その対象は、自分の考えを叫び続けた。
「西暦同様の、人殺しの過ちを繰り返させないために!」
リンクスキルと、フォックスドールの共鳴反応。
それが、この場の全員に直感的な理解を与えることになった。
魔物が人であること、そして、争う利点、理由に理屈がないことを。
「今、魔物の王様は地上に来ている!戦争を止めるために!だから言う!人類の統治者イジョウ・クラシック!この戦場を支配しているイマバルグゥ!貴殿ら二人が戦争を止めれば、必然のこの戦争も終わる!」
「だぁからどうした!」
ただ、理解を拒むものもいる。
「イジョウ!クラシック!」
自分の父親の乗った機体が、フォックスドールを攻撃してきた。
両腕に装備された砲門を使った物理攻撃。
2本の金属の塊であるそれを、両手を使い受け止める。
機体の接触は直接回線、直接回線は声と声のつながり、繋がりはリンクスキルを媒体とし互いの理解を深める。
イジョウにリンクスキルはある。リンクスキルは頭の良さの一部であるのだから、統治者には必然的にある。
(なんでそう!魔物を恨むように殺せる!?)
(魔物がぁ!私の女を寝とったからだ!)
(それで!?理解はするけど社会の頂点に立つお方のやることではないでしょ!)
(理解できるかぁ!?魔物に半殺しにされた私は、襲われる彼女を見つめているだけだったんだぞ!?)
(辛いということは理解できるよ!でも、それでもアンタが魔物相手に戦争を起こす道理になりはしない!やりたいなら一人でやっていればよかったんだ!)
(あの女は!魔物によって膨らんだ腹を撫でながら!私に向かって「この子を産む」と言ったんだ!彼氏であって!婚約したこの私に!しかも翌日には姿を眩ませて!)
「その話は!聞いたことがある!?」
驚いた声は、戦場に響く。
また、誰もがミライとイジョウを見つめる。
「そうだ!貴様はそうやって生まれたんだよ!あの日、あの場所で!フォックスドールを操っていた貴様のそばにあった女の死体が!私の元カノなのさ!」
「私の母が!貴様の元カノ!?」
脳裏に浮かぶのが、忘れかけの母の顔だった。
「だからなんだぁ!」
だからどうしたというのか、ミライはイジョウのアニマドールを思いっきり蹴り上げ、拒絶してみせた。
しかし、執念と呼べる力と動きで、イジョウはミライにしがみつく。
「だから私は、魔物を、いや生命たるもの全て妬ましい!人も、魔物も滅んで仕舞えばいいのさ!そのためにこのアニマドールは!『ヴィジュアル』は作られたのさ!」
肩に二門、両腕に一門ずつの、計4本のキャノンを持ったアニマドール、ヴィジュアルは、最先端の、禁忌の、人を魅惑する言葉で沢山使い表せるものであった。
4門のキャノンから放ったビームは、巨大な一つの束になり、ミライを襲う。
(タブーを破ってやることが、怨念返し!?)
呆れを超え、怒りも過ぎ、リンクスキルが伝える情報を淡々と処理できるようになり、目の前の男に対して諦めが出てきた。
テールブレードを盾にしてビームを受け止め、周りへの被害をへらす。
そのままブレードはヴィジュアルに襲いかかるが、それを対処できるだけの性能がヴィジュアルにはあった。
「一本じゃ無理か!」
計9本のブレードは、周りへの被害を減らすための盾、ヴィジュアルを攻撃する剣、ゼーリドルに対処するためにわけなければならない。
(配分的に対処し切れるか怪しい!ならヴィジュアルかゼーリドルを撃破し使えるブレードを増やすしかない!)
それか、ゼーリドルとヴィジュアルを同時に相手すれば、二つの兵器が他者に向くことはない。のだがそれはリスクが高すぎると判断し、やめにした。
「ゼーリドルの方が、まだバックアップがついている!」
フォックスドールは6本のブレードを従え、カラス色の機械に向かっていく。
バックアップ、この状況でバックアップなどは期待できないのだが、ミライは孤立しているゼーリドルのほうが御しやすいと考えていた。
(ヴィジュアルを、イジョウを攻撃すればイジョウとそれを守るためのアニマドールが襲いかかってくる。しかしゼーリドルとイマバルグゥには、それがない!)
それはイマバルグゥは魔物と共に戦っているが、魔物はイマバルグゥと戦っているとは思っていないからだ。
確かに同盟や条約のような共戦同盟はあるのだろうが、魔物からしてみれば敵であるはずの純人間が特に見返りもなく味方につくというのは、裏を感じることなのだ。
だからイマバルグゥは孤立している、誰にも理解されない考えと行動によって、彼は孤立している!
「だからと言って楽に勝てる相手ではないけれどね」
変形し、その場その場に適応するゼーリドルは、腕を剣にして襲いかかってくる。
ゼーリドルは巨大なのだから、当然出来上がった剣も大きく迫力あるものだった。
ブレードを使い、鍔迫り合いを発生させ、そのまま懐に潜り込む。
しかし、ゼーリドルの腕は何本も生やせる、だから斬撃も沢山飛んできた。
「ブレードだけじゃ対処しきれない!」
仕方なく2本のソードガン、エネルギーソードを使い対処する。
「「ミライクラシック!!」」
リンクスキルが背後からビームが飛んでくる未来を見せ、それを避けるために上へ飛ぶ。
先程までいた場所に轟音撒き散らす巨大なビームが通り過ぎれば、多少の冷や汗は出てきた。
ゼーリドルの視界を覆うブレード、ビジュアルの死角から飛んでくる圧縮ビーム。
どちらかを一瞬で殺しでもしない限り、もう片方の攻撃が自分に襲いかかる。
(どうする!?助けてほしいよ、マリーさん!)
女に助けを求めるほどには焦るミライは、しかしそれでも二機の猛攻を掻い潜り体制を立て直す。
殺す?やろうと思えればできるはずだ、やってしまえばできるはずだ。
殺すつもりで戦えば勝てると、リンクスキルは伝えてくれる。
(しかし怨念や殺意、いわゆる負の感情に向かう姿勢がそれでいいのか?)
殺し合いを止めて見せなければならないのに、人を殺すしか未来を見出せないのであれば、ミライという希望ある名前に相応しくない人間になってしまう。
(兵器を超えたシンギュラリティなら!それ以上へ行けるはずなんだ!)
誰かの声が聞こえる、優しい女の声が。
誰もいない、不確定な自己しかいないこのコックピットに誰かの声がする。
「行ける……出来る?あなたは誰ですか?目の前にいる?目の前の、貴方のそばに?」
私のそばにいるお方は、シンギュラリティだ。
その声が聞こえるのか?何故今になって?
「リンクスキルか」
成長を続けるミライのリンクスキルは、無機物の声が聞こえるという一つの段階を超えた。
AIが考えたモノは、リンクスキルを通し作戦としてミライの脳に伝えられるだけだったが、より奥深く、AIの脳に直接リンクしたミライは、フォックスドールの声が聴こえてきたのだった。
「貴方と私なら行ける?」
優しさの温もりを感じる。
焦りは引いた。
「そう、かもね。ありがとう」
そうだ、温もりが、好きだから、これを壊す戦争を止めたいのだ。
さらに深く、さらに鮮明に声は形になっていく。
やがて世界は揺らいでいく、丸い太陽はボヤけて伸びて、私を包む。
身を包む服の重さや肌触りも感じなくなり、なにか、私の魂のようなものだけが、私を見つめている。
形はなくなり、色もなくなり、世のすべてにリンクしたミライの意識は、世のすべてを超えた先へ向かっていった。
それは地獄?天国?あの世?違う、自分だ。そう認識すれば、光だけの世界ははっきりと輪郭を保ち、そこに存在した。
始まりが見える。
僻地の村の、端っこの家で、様々な機械に繋がれた女性とその隣にいる赤ん坊が見える。
母親が、私を抱えて笑っている。
父親は、どこにもいない。
彼女は一人で、木造の家の中で、私を見つめてくれている。
ハイテクな機械に囲まれた中で、始まったのだ。
コレは、今私が見ているのは変遷だ。
リンクスキルは、発達した脳のオマケのようなもので、それほど大したものでもない。
なら、発達した脳が見せてくれるのは何かといえば、自分だ。
知能が見せてくれるのは、自分という人間が出来上がるまで、言わば今は、自己理解のための旅の途中なのだ。
人類の到達点たるミライだけが見えた景色、新なる意味で自己を客観視することによって、自己はさらなるステージへ歩みを進める。
だから、この瞬間にミライは高みへ登った、深みへ進んだ。
人を超えた存在、ヒューマンシンギュラリティへと、変貌したのだ。
私は何年か経ち、成長した。
そうだ、見たんだ、真夜中の中で父親を。
封印しなければならなかった記憶も、リンクスキルによって作られた世界はみせてくれてしまう。
父親と、母親が、抱き合っている。
見たこともない男の顔を見て、それが父だと認識できたのはやはりリンクスキルだろうか。
夜中に口付けをかわした二人を見て、愛の元に産まれたのが私だと理解できた。
しかし、その後の人生は憎しみが私に付きまとうことになった。
魔物である父が地上にいたのは、当然地上を調査して地下からの侵攻を考えていたからなのだろう。
母はそういうことを知っていたから、私には父親のことは大まかに話して、出来るだけ家族と離れて暮らすように進めてくれた。
ある日、父が村を襲撃した。
それはデータが集まった以上仕方のないことであったし、別に恨んでもいない。
ただ、幼子である私は、偶然、たまたま見つけたアニマドール、フォックスドールシンギュラリティに乗り込み、立ち向かってしまった。そのたまたまは、乗り手を求めたフォックスドールが、私の元へ来たという必然だったのだが。
私は人間の時の父の顔を知っていた、父は村に子供と妻がいるのを知っていた、母は父が村を滅ぼすのを知っていた。
しかし、私は魔物の時の父の顔を知らなかった、父は私の顔を見れるわけがなかった、母はそれを私に伝えることが出来るわけないのだった。
だから私は持ちし才能で父を殺した、父は私を全力で殺そうとしていた、母はそれを止めるため、叫びながら父と私の間で殺された。
そうだ、その瞬間に、リンクスキルたるものが私に芽生えたんだ。
さらに、理解できた親殺しを、そっと記憶の奥底に閉じ込めたのだ。
そうやって、母の行方を尋ねたイジョウは、滅んだ村と、私を見つけた。
死にゆく父と母を火葬するため、死んでしまった私以外の全てを見送るために燃やした村の中にいた私を見て、イジョウは何を思ったのだろう。
フォックスドールの優位性を認識して、機体をオールド管轄に持って行こうとしたのだろう。ただ一人の生き残りである私を調べて、元カノの子供だと知ったのだろう。
運命は、奇跡的に回っていたのだ。
回り始めた歯車は、確かに、綺麗な周期で動いていたのに。
マリーさん、マリーアンネットは、私が担当していた歯車を壊してしまった。
あの日は、貴方の裸を見て始まった一カ月だけの生活は暑く厚く熱くて私を惑わし突き動かす。
なんで、出会ってしまったのだろう。出会わなければ、私は今こんなに悩むことはなかったのに。
(ただ、それでも)
今悩んでいるのと同じように、今希望抱き前に進もうと思えたのは、貴方のおかげなんだ。
壊れた歯車は、連動していた歯車を揺れさせる。
私がマリーさんに一目惚れをしていなければ、イジョウはもう少し冷静にことを進めてくれたのだろう。
ソルトは、私の彼女は、傷つかずにいたのだろう。
この戦争は、私が起こしたんだ。
あの日父親だけを殺せた私なら、イジョウと共に魔物を滅ぼせたんだろう。
両親のため、人を殺せたのならイマバルグゥと共に人を殲滅していたんだろう。
だから、だから、私はこの戦争を止めなければならない。
自己の決断に責を負わなければならない。
視界は変わっていく。現実に戻っていく。
ヒューマンシンギュラリティになつてから、一秒も経っていない。
以前私は殺されそうになっており、目の前の、一メートル先にミサイルは爆発によって私の視界を塞いだ。
爆発が爆発を呼び、煙が辺りを……包まなかった。
それ以上の光が、煙の茶色をかき消して、辺りを照らす。
「なんなんだこれは!?」
ゼーリドルを操るイマバルグゥは、恐れと不安を込めて叫んだ。
光の中央にあるフォックスドールは、形を変えて、まるで何事もなかったかのように佇んでいる。
フォックスドールとミライ・クラシックの精神は融合を果たし、変化を起こした。
人類の叡智の集合知たるフォックスドール、人類の到達点ミライが融合を果たし。さらなる高みへと彼らは登ったのだ。
9本のテールブレードは金の装飾を豪華に纏い、フォックスドールは狐が法衣を纏ったかのような外観に変化していた。
ああ、シンギュラリティのシンギュラリティ。
彼らの、アレの名は、ミライドール!