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西暦からの歴史

目が覚めた、というのか、気づけばそこにいた。


厚着の格好でベッドに眠らされていた私は、辺りを見渡す。


「すいません、ここ、何処ですか」


見えた老人の背後──おそらくこの家の家主たる人──に話しかけると、木製の家に合わないホバー型の椅子が回転し顔が見える。


「北極の、中央にあるアーティファクトな遺跡だ」


西暦七千年産のハイテクな車椅子に乗る老人は、老人ではなかった。


顔は若く、野心ある、力あるその瞳からは年の衰えを一切感じさせない。


しかし、私の脳はそれとは裏腹に、目の前の男は老人だと認識している。


「リンクスキルを持つ物よ、名前を教えてくれるだろうか」


脳は一つではない。だから今の私には、目に見えたことを反復する脳と、リンクスキルが感じたことを言語化する脳がある。


「ミライ、ミライ・クラシック……」


「ミライか。私の名はアリネット」


違う、老人だ!コイツは!


絡まった脳の思考を強い意識で統一すれば、次の違和感に気づく。


この目の前の老人の体が8割機械でできているのと同じような、人工的ゆえの嫌悪感を自身から感じるようになったのだ。


自分の腕を見つめて、少ししたら右腕でもう片方の腕を触る。


柔らかい、人の腕だ。


しかし脳はそれを否定する。


脳は不定の根拠を出す。


「タブー破りじゃないですか!」


老人の両肩を掴み、じっと見つめる。


「何がかね?ミライくん」


肩から手を離し、老人と距離を取る。


「この腕!」


厚着の服を無理やりまくり、綺麗な腕を見せつける。


「私のままじゃなくて、私の細胞から養殖した腕で、義手のような物じゃないですか!」


リンクスキルは、私の体のどこが人工物たる物なのか教えてくれる。


そして、それがどうやって作られたかも。


「そうやって人を培養する技術はタブーだというのは、常の常識じゃないですか!」


私の体はタブーばかりで汚れているのだ。


「ここは北極で、タブーとは無関係だ」


「タブーを守るのは人の役目でしょ!人口を抑制するため、死にゆく人を死なせるために、そういう医療技術は全部タブーだというのに」


「人じゃなければ、破っても構わないのか?」


話を遮った老人は椅子から立ち、コチラに歩を進める。


あの足は電気を使い能力を発揮する義足で、高く跳躍したり速く走ることができる。


腕だって似たような機能を、人の範囲を超える力を持つ機能を発揮するだろう。


「体の8割が機械の私は、本当に人間かね」


「貴方の脳は純正だから、人としての思考はできるでしょうに!」


なぜ、私はこんなにもイライラしているのだろう。


「なら、私が魔物だと言ったら?」


「は?」


目の前に近づく、老人の目は人の目をしている。


しかし、が、それはシンパシーを感じる目であった。


「マリー、アンネット……」


そうだ、北極から来たあの人と同じ目をしている。


「あの子のことを知っているということは、無事に外へ出れたようだが、その目を見るに死んだようだな」


「魔物、魔物だから、オールド管轄のことは知らないわけ、だった」


過多な情報を受け、体は異常を来す。


ぐらついた精神は全てを壊し、視界をめちゃくちゃにする。


自分の体は機械になっていて、目の前の男と、タブーまみれと同じ肉体に。


そういうことを理解させるのがリンクスキルの役割であるが、私はそれを否定する、してみせるしかなかった。


利己的な私は冷静に物事を見てくれるが、体を突き動かす情熱的な私は感情を根拠に自己を否定してみせる。


記憶ははっきりとしてくれて、それを元に脳は状況を整理してくれている。


「だけれど……死んだというのは」


やはり、信じたくない物であった。


ましてや自分の手で殺したなど。


体に寒さが走る。


人を殺したことを自覚した時、呪われたように感じるという。


それがこれなのなら、嘘だと言いたい。


冷静に、落ち着いていけば、老人から距離を取り、黙って思考だけしてしまう。


マリーさんは、魔物だ。


それはとっくに知っている。それはどうでも良いことだ。


彼女は、私と会話し、他人と信頼関係を築き、人と遜色代わりない。


そして目の前の男も、自己を魔物と名乗る。


だから、私は、こう考えてしまう。


「魔物は、人と変わりないのか………?」


どういうことかと言えば、所詮、人に変身能力がは得た程度のもので、本質である人格や知能の素質たる物は、われわれと何ら変わらない、人間的な生命体なのではないか、ということだ。


「それを、判断したいのか」


「はい」


「迷いのある目をしているくせに、やたらとはっきりとしている」


「それが私……ですので」


「なら実際に見てみるしか、ないわけだが」


寒いぞ、そう言われて投げ渡された物は、無理やりまくった羽織もの。


彼から投げ渡された、私が脱いだ上着は、未だ熱を灯っている。


マリーさんは、魔物と人が分かり合えると信じていたのだから、私もそう信じてみるのもいいのかもしれないと、熱は伝える。








やたらと晴れていた空を見ても、私の心は変わりはしない。


「魔物が人の姿をとれる、というのは事実だ」


「なんで、そんな変化を」


氷の大地を踏み締めるたび、ここは北の極みだと理解することができる。


「それは大体、たしか四千年は前のことだから、はっきりと覚えているわけではないが……」


(何千歳なんだ、この人は)


古い細胞を、培養した若い細胞と交換して永遠と呼べる命を保つ技術。


禁忌たるもの、タブーの中のタブーが目の前にある。


人の平均寿命は200歳になり、病気にかかることは減り、さらに老化を遅くさせる技術たるものが発展すれば、人の平均寿命はさらに伸びる。


目の前のものはレアケースでもなんでもなく、その時代の等身大の人間なのだ。


(だから再生期は、たとえ医療であろうとも闇雲に発展させるのをタブーにさせたんだ)


「進化論、人類進化論という、人を生物として進化させるべき、というのが流行りになった」


「四千年前だから、大体西暦五千五百年ぐらいですか」


「技術をよりよく使うため、人のポテンシャルを高める、という動きだな。そのために他の動物の特徴を、すなわち優れた運動能力や視野を持つということで、遺伝子レベルの人類の改造というのが行われた」


理解はせずともわかりはすることだ。


技術ばかり進化しようと、それを使う人間が変わらなければ、道具はより良い使い方はされない。


そういう論理は、西暦二千年ぐらいからあったことで、それが今更三千年後に言われたのは馬鹿極まりないだろうが。


更に言えば、教育でもなく人間の身体能力を上げようというのはアホ極まりないのだが。


「失敗はしたんでしょ、結局知恵は伸びないから、増えすぎた人口を賄うために地球を痩せ細らせることにした」


歴史の一部となった今では、ただの馬鹿話に過ぎない。


道具の使い方を作るのは論理的な言葉の羅列であり、人の身体能力は対した相関を生むわけないのはわかるはずなのに。


人工知能しかり、兵器然り、使う側に知能が求められるのが道具であるからにして、伸ばすのは教育なのだ。


投資が流行る時代なら、教育でそれのリスクなどは教えるべきである。


差別が問題なのなら、子供にそれを教え、知ってもらう必要がある。


自己学習機能を持った人工知能とインターネットを合わせて人の尊厳を侵害することが問題なのなら、子供に論理を教える。


「そうだ。決定的に間違った方向だから失敗した。そしてそれが差別偏見を受け、やがて社会に受け入れられるようになれば、人種の一種として参政権を持つようになる」


「そうか、その先にある核戦争を受け、乗り越えるための力、放射線に対し適応できるポテンシャルを身につけていたのが、魔物なのか」


そう理解すれば、本当に単純な話であった。


今の再生期を作る生態系は、もっぱら核戦争を生き延び子孫を残してきたものの種だけだ。


「だから魔物は、人と獣の二面性を持ち、あらゆる環境に適応できる、人が変化した形と規定できるものなんだ。核戦争で他の人種が滅んで、かつその頃にはもうそれなりの数が存在した。だから魔物だけの徒党を組める、知能を持ち作戦を作り私たちを襲うことができた」


あそこに見えるホッキョクグマだって、再生期のホッキョクグマだって、最低二匹は各戦争で生き残った奴らの子孫なんだ。


今はもう必要ないから対放射線の機能は失ってあるから、殆ど西暦のホッキョクグマと変わりはないのだろうけどね。


「そこまで予測としてわかってくれるのなら、裏付けをとって事実として知ってもらうだけだが」


住居の、増えすぎた人口の侵食の後である場所の先には、エレベーターがあった。


もっともそれは、地下へと続く、失われた時間の扉でもある。







増えすぎた人口は、地上の大半を、いや全てを飲み込んだ。


だから科学の力を持って人は地下に巨大な都市をつくり、海に家を作り、空に浮かぶ大地も積み上げた。


だから、西暦六千年になれば、人がいない場所なんて、地下にも地上にも空にもありはしなくなったのだ。


逆を言えば、人は垣根を越え、無意識的に近隣同士で社会を作り始めることができた。


島国は船や飛行機を使わずとも他国に行けるようになり、輸出入は増加した。


そうやって経済が回るようになれば、その裏にある自然破壊など誰も気に留めなくなる。


(だから再生期では、経済だけでなく、教育というものを、伸ばすことにしたんだ)


科学が進み、高齢者は一人で生きられるようになった。


だから老人ホームだの年金問題などはテレビで発信されなくなり、老人は生きる希望だけを持つ。


子供の遺伝子を改造できるようになれば、たとえそれが違法だとしても行う人がいる。


だから子を産むブームが起き、少子化はなくなったりもした。


しかしその裏には、自分の奴隷として子供を産む親がいる。


産むというより、注文なのだろうけど。


論理がないから、他の人を軽視し行動できる。


それに気づいたのは誰だったのか、再生期の教育を作ったのは誰だったのか。


物事には始まりが必ずあり、始まりには必ず論理的な理由がある。


だから、ミライが綴る物語にも、必ず意味があるはずなのだ。






街の残骸、風化して殺風景なものだけが見えるガラスの箱は、落下をやめ、目の前の扉を開く。


暗闇の底、つまり地下に来てみれば、そこは地上と何も変わりはしなかった。


空には人口の光を放つガラスの天井がある。


見渡す先には緑が大半だ。


本当に人は、木材の中を食らう蟻のように、地球を痩せ細らせていたんだ。


現代の再生期に生きる人間としては、この環境破壊の後には怒りを感じられずにはいられないのだ。


たとえ、ここの自然全てが何千年単位で作られてきたものだとしても。


畑を──恐らくは西暦に使われていたものがそのまま使われているもの──眺め、ただ歩く。


目の前の男は、自分と同じように、靴の素材と土が擦れる音を時々に発しながら、道を進んでいく。


何をすることもなく、畑を眺めながら、歩を進める。


アレはキャベツだ、手前にあるのはジャガイモだ。


人口的に作られたこの空間だから、食物を育てるのに適したようになっているのだろう、収穫されていない状態でもそれがよくわかる。


だからと言って、人が何の手も加えないのかと言えばそうではないので、人影を見ることができた。


「アレも、魔物なんですか?」


「そうだ」


人の外見をしていて、何千年も前の農家の格好をしている。


アレが、人を噛み砕ける獣に成り下がれるのか?


凝視していた対象は、こちらに気づき手を大きく振る。恐らくは、私の前を歩く老人に対してだが。


「なんで、今にもなって、最近になって、魔物は地上に現れるんですか」


「時代が変わったのだから、人も変わるわけだろ」


「経済が発達してきて、このような、畑まがいのものを作れるようになれば、というのは理解できますけどね」


「なら不自然ではないだろう」


「管理者は、王様は、いるでしょう普通は。そういう人は考えますよね。これは帝国主義的で、やっていることは植民地を作る過去の繰り返しだと」


「前提を元にやるのだから、反芻的だと決めつけられはしないだろ」


「それでも、この上で、天井の先が戦争によって崩れない保証なんかないし。安全面ぐらい考えられないんですか?」


「戦争は、反対か?」


「当たり前でしょ!」


そう、強く言えば、脳はトラウマを呼び起こす。


「人が魔物に殺される、魔物を人が殺すというのは、生態系を回転させるための自浄作用という味方もできましたけど、今こうなるのでは、戦争たるものに近づけば、やはり愚行なるものですよ!」


魔物人間──魔物になれる人間──の集団目的がわからない以上、断定はできない。


できはしないが、この時代に戦争なんて無意味なだけではないか?というのがミライの考えである。


「そもそも今回の戦争なんて、西暦以下じゃないですか!何か一つ外交しようとしなかった魔物たちに、殺された人は何を思いますか!」


西暦の戦争とは、経済的、国策的、つまり何かの利潤たるもののためであるのだが、今回はただの殺し合いたるもので、戦争以下だ。


「外交出来ない、理由があるとすればどうする?」


「大義もなく人を殺すなら、より愚かしいでしょ!もしそうなのならば、僕はフォックスドールで魔物を全部殺しますよ!」


「人間が、魔物を受け入れなかったら?」


「魔物という人種を受け入れられないのなら、その人は再生期における愚かさを持つ奴で、結局排除するしかないでしょう!」


「傲慢だな」


「それで結構!究極のアニマドール、つまり道具と、力を、歴代の人類で一番優秀な遺伝子を持ちもすれば、傲慢で独裁的な考えも浮かびますよ!」


こうやって、自己の考えを大っぴらに言えば、理性は鮮明かしてそれを捉える。


「私は才能があり、実績がある!この力は、私の行動は人類のためになると決めつけるのには充分だ!」


「そしてそのためには?」


「現状のデータを知り、俯瞰して結論を出すことですよ!だから魔物達の総理との繋がりがある貴方に、こうやって道案内をしてもらっている!データがあれば私は間違わないと、理解しているから!」


言い切って、洗いざらい吐き出せば、肩で大きく息を吸うことになる。


体は前のめりに、視点は下に、思考はあやふやに。


激情的になることはなかったはずなのに、劣って劣って、下劣に成り下がっている気がしてならない。


目の前の、赤の他人に対しても、なぜか胸を張って目を合わせられない。


「目を見なくても、」


私を見つめているであろう、かの老人は大変聡明なお方なのだから、いやでもわかる。


「わかりますよ。こうやって、今ここにいること、こうなった経緯そのものが、私とフォックスドールが完璧出ないことなんて、理論上は負けることだって……でもね、私の目の前で死んで、マリー、アンネットが死んで、動揺しないわけにはいかないんですよ!一緒に暮らした、家族のような人がしん……家族のような人を殺して、兵器でいろというのは無理な話でしょ!?」


「理論をずらすな、言い訳をするな!」


言い終わるや否や飛んできた、人の何倍も生きた老人の右ストレートを体を動かし避けてしまう。


機械により高度なパフォーマンスを発動できる腕の力は、人の骨を曲げられるはずなのだから、直感的に避けてしまった。


それどころか、組み伏せて、地面に顔を、つけさせてしまっている。


「そうやって、感性だけで、天才的な直感だけで生きてきたから、私を叩き伏せているし、マリーという予想外を、殺すことになったんだろうが!」


「な……!」


それは、真実であった。


マリーを人間として扱ったから、女として、後方に置いていたからハラワタを曝け出して話し合うことができなかった。


一緒に、アニマドールでも乗ってあげればよかったんだ。


魔物として、扱えてあげたのなら。


「そして、」


老人は私を、機械の腕で今度こそ殴りつける。


速度、何より質量があるそれは、私を乱す。


不安定な呼吸は、乱れて醜い呼吸に下がり、私は上を見上げることになる。


「殺してしまったから、動揺した!そんなのは当たり前だ!貴様はそれを、言い訳に使っている!自分がマリーの死を受け入れられない言い訳に!」


これは、男のパンチだ。


マリーの父親の怒りがこもった、私怨のパンチだ。


そしてそれに、自分の父親を思い出させる効果がついているのは、何故だろうか。


「人殺しということを受け入れ、乗り越えるか、かかえてみせろ!私に見せろ!このままなら、マリーの仇として貴様を殺してやるよ!」


最初の印象から、真逆の顔をしているのが、目の前の老人だ。


「この道を行けば、あそこに見える建物につく。それでいいだろ。あとは一人で行け!」


肩を震わせ、涙を見せないために背中を向ける。


しかし、リンクスキルはそれを伝える。


だから、この男は、本気で私を殴り、私に怒りの言葉をぶつけてくれたのだとわかる。


(受け止めなければ、ならないわけだ)


それは、時間がかかるかもしれない。


一生かかるかもしれないし、それ以上もあるだろう。


しかし、殺してきた命を、たった一回の人生で帳消しにできるというのは無理な話なのだから、それでいいのだ。


少年は、挫折した。


今居るのは地の底。


なら、這い上がるのみ、それが出来るはずなのは、ミライ自身がわかっている。


自分が進むべき道と反対方向に進む老人の言葉を受け止め、さらにマリーの死を受け止めるために、地面から両手を使い立ち上がる。


行こう、前に、ミライの未来に。


立ち上がれたのなら、這い上がれるはずなのだから。

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