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持っていた電子タバコを一口吸い、晴れ渡った空に向けて吐き出す。
こちとらいつまでたっても心は雨模様だってのに、随分な快晴だ。
──転職してから半年、一念発起したは良かったが、まさか前の職場より酷いなんてな・・・
俺こと堀入謙志は、半年前までベンチャーの広告代理店で働いていた。社長が元大手広告代理店で働いていたらしく、かなりの成果を出していたらしい。そんな優秀な社長だったが、優秀であるが故に社員にも同じ基準で成果を求めていた。正直、設立2年目のどベンチャーで社長のコネで入った優秀な人材は経営に回っていることもあり、プレイヤーまで優秀な人間を集められなかったのだろう。自分でいうのもなんだが、新卒で入った俺は中々成果を出せないポンコツ社員だった。
怒鳴られることはないが、成果を出せない理由を理詰めで数時間詰められ、成果を出すために休み返上、残業上等、と働いていたらある日急に糸が切れたように布団から出られなくなった。
もちろん会社にも行けず、携帯にたまる不在着信の数々、布団で横になっているのにさえる目、吐き気やめまいというデバフが、通常運転になっていたころ漸く弁護士に退職代行を依頼して会社を辞めることが出来た。
もちろん退職金はないし、残業はしていたが成果は出せていなかったという理由から、残業代は支払われていなかった。かすかな貯金はすぐに底をつき、生きる為に転職を決意した。
幸い、退職代行を依頼した弁護士がかなり良心的で、自己都合退職から会社都合退職に交渉してくれたおかげで、しばらくは退職手当をもらえることが出来たので心身ともに回復するまで転職活動は控えていた。
そんな俺を救ってくれたのが、趣味のキャンプだった。
煌々と揺らめく焚火の炎、全身で浴びる涼やかな風、視界いっぱいに広がる緑は、罪悪感や怒りで押しつぶされそうな俺の心を癒してくれた。
ある時は、山で木々のさざめく音を聞いたり、ある時は海辺で波の音を聞いたりし、自然に思う存分没頭することで、他の何も考えずに済んだ。
退職してから数か月、キャンプのおかげでようやく心身ともに回復した俺はいよいよ転職活動を決意したのだが、そこで改めて社会の厳しさを知ることになる。
それまでは知る由もなかったが、メンタル的な理由で退職した人間は中々採用してくれないのだった。俺は、退職してからしばらくは病院に通い、薬も処方されていたがそれがまずかったらしい。
一度既往歴が付くと、もう一度再発することを危ぶまれてどこの企業も採用をしてくれなかったのだ。もちろん隠して転職活動をすることはできたが、嘘をつくうしろめたさから面接で中々上手く自己PR出来ず、悪循環にはまる始末だった。
そんな俺でも、なんとか内定をもらった企業に入社したのだが、それがまずかった。入社してみると、罵声や暴言はもちろん、証拠が残らないように抜き打ちで荷物検査があったり、長い残業後にある飲み会ではアルハラが蔓延していた。
キャンプで癒えたはずの俺は、あっという間にボロボロになり死んだ目を周囲にさらしながら、かといって転職してすぐにやめるわけにもいかず、こうして30連勤を終えたやっとの休日の朝を、1K6畳のぼろアポートのベランダで、電子タバコ咥え迎えているのだった。
あれほど、好きだった陽の光が今では憎らしく思えてくる心持だったが、そんな自分に気付くと改めて自己嫌悪に陥ってしまう。
「どーすっかなぁ・・・」
煙と一緒に吐き出した言葉は、久しぶりの休みに何をするか迷っていたのか、それとも自分の今後についてこのままではまずいという焦燥感からか、自分でもどちらか分からないまま何かをしなくてはという気分にさせられる。
ふと、視界の隅にキャンプ用品を入れた収納ボックスが写る。そういえば、もう半年も触ってやっていないなと思ったとたん無性にキャンプがしたくなった。一度湧いてて出た衝動は、あっという間に心を埋め尽くし、久しぶりに心が弾んだような気がした。手に持っていたスマホからシェアカーを予約し、収納ボックスからギアを取り出すと、抱えたまま部屋に戻りこれまた随分使っていないバックパックに詰込み、身支度もほどほどに家を出た。
先ほどは、憎らしく思えた空が今度は清々しく感じる自分の現金さに苦笑を漏らし、予約しているシェアカーの駐車場まで歩き出す。謙志は、家から歩いて1分もせず、一度車を家までもってきて荷物を積む手間が省けるこのシェアカーを愛用していた。おまけに、最寄りのスーパーでは、北海道フェアをやっていたはずだ。運よく、今日はお気に入りのハイブリットカーが空いており、さらに機嫌が良くなった所為か、周囲への注意力が散漫になっていた。
──道産のホタテ、食べたかったなぁ。
けたたましく鳴るクラクションと、周囲の悲鳴が聞こえる。
大きな衝撃に薄れゆく意識の中、間の抜けたことを考えながら、堀入謙志はその生涯に幕を閉じた。
「…面白い子がいるね」
休日の朝早くに起きたので時間つぶしに書きます。
作者は、キャンプは好きですがめんどくさい時はレンタル品で全部済ませるタイプです。
古代文明なんて全然知りません。
本作を書くにあたって、設定がごちゃごちゃになってしまう部分あるかとは思いますが、どうか暖かい目で見てください。
また、いただいた感想はすべて感謝しながら、拝読しております。
ただ、たまに傷ついたりするので、ご指摘などは子猫を撫でるくらい優しくお願いします。
拙い文章でお目汚ししてしまうことがあったかと思いますが、本作を読んでいただき誠にありがとうございます。