97話 優しさの難題 01
【優しさの難題】
───旅は、良いものだ。
つくづく、そう思う。
安心感こそあれど変わり映えのしない、住み家を離れ。
山を越え、海を渡って、『知らないもの』と触れ合う。
旅先での喜び、戸惑い、苦難さえ、格別であり。
それがまた、次への1歩へ繋がってゆく。
己の認識する世界を、少しずつ広げてゆく。
───やはり、私には旅が似合う。
昔は、家に居ることのほうが少なかった。
自分にとって、『家』とは。
膨れ上がった背負い袋から、最低限の物以外を降ろす場所。
『思い出置き場』。
両親の小言を、適当に流し。
ここぞとばかり、対価の掛からぬ食事を胃袋へ叩き込んで。
”それじゃあ、またね”と、歩き出す。
───そんな私も、結婚してからは変わった。
背負い袋に入らない、大きな『幸福』は。
手にすれば最後、それを置いては行けなくなる。
勿論これは、後悔でも恨み言でもない。
至極当然の、『そうであるべき』結果だが。
───さて。
───これから、どうするべきか。
その『これから』には、幾つかの意味が含まれているけれど。
とりあえずは、『今日の、これから』に限定して考える必要がある。
そう。
しばらく前から薄々、気付いてはいたのだが。
いよいよもって所持金が、心許なくなってきた。
フランスへ戻るには、高速鉄道を使うつもりだ。
その乗車両を引いて計算すれば・・・ああ。
これはまさに、デッドライン間際。
今夜は何処かに宿泊するにしても、明日すぐに帰路へ着くなら、問題は無い。
無いのだが、帰りたくない。
この久しぶりの自由で楽しい時間も、今日を入れてあと3日。
その3日を、ギリギリまで満喫したい。
ちゃんと食事も、摂りながら。
───そうなると、だ。
まず絶対に何とかしなければならないのが、2泊分の宿泊料。
これを出来るだけ、安く。
最低でも、相場の半額で。
欲を言うなら、1/3で。
───無理は承知の上だ。
そして。
スマホで検索した結果も、予想通り・・・。
2件ほど、まあまあなお値段のものが、ありはしたが。
レビューを見ると、著しく評価が低い。
というか、酷い。
自分1人なら、それでも我慢するが。
───私が座っている、公園のベンチ。
少し離れた場所で、娘が走り回っている。
一緒にいるのは、地元の子供達だろう。
まだ幼い娘を、たちの悪い安宿に泊まらせるわけにはいかない。
この子には美しい景色と、楽しい記憶だけを残してやりたいのだ。
なのに。
そんな私の願いが、現実と噛み合わない。
焦っても財布の中身は変わらず、時間だけが過ぎてゆく。
あと2時間もすれば、陽が沈んでしまう。
ああ・・・。
一体、どうすれば良いのか・・・。
深く溜息をつき。
スマホをスリープしようとした指先が。
僅かに滑ったらしい。
「ん?」
ホーム画面が、何やら見慣れないものに。
いや、思い出した。
確か、左右にスワイプすると、画面移動になってしまうんだったな。
なら、ええと。
右にスワイプすれば、元のホーム画面に戻る筈。
「───あれ?何だこれ?」
ふと、『緑の背景に黒い馬車』のアイコンが目に止まる。
「・・・あ!」
そうだ、『旅の友』だ!
出掛ける前、念の為にとインストールしたんだった!
その後、ホーム画面へ移動させなかった為、すっかり忘れていた!
『旅の友』は、同胞達が作成したアプリ。
世界各国、各都市における治安情報。
緊急避難用ゲートまでの道案内。
我々だけが使用できる、『無料宿泊所』のリスト。
───これだ!!
『無料宿泊所』!!
つまり、タダで泊まれる、ってことだろう!?
最後の希望。
ありったけの期待を込めて、アプリを起動させる。
どうか、この近くにありますように!!
なんなら、隣町でもいい!!
今から移動すれば、まだ間に合う!!




