06話 燃えるNY(その6)
「ぐっ・・・おおぉ!!痛ぇな!!
俺はバーベキューの肉じゃねぇんだぞ!!」
組み合っていた天使の1体を黒翼で切り裂き、落下させ。
ヴァレストは、苦悶の表情で脇腹に突き刺さった剣を引き抜いた。
「ガストム、後ろだ!!バネロスのフォローに行けっ!!」
指示を出しつつ。
すでに負傷した左肩を潰す覚悟で、手近の天使に体当たりをかける。
「うらああああっ!!どけっ、マギル!!」
そのまま2体を引きずり、秘書の背後を狙っていた天使ごと吹き飛ばした。
「おいっ!単品で行くな、ってんだろーが!?
前へ出すぎだ!!」
「この私が、弱いとでも言いたいんですか?
降格して、もはや強くないボス」
「うるせーな、俺もお前も弱くはねぇよ!
だが、お前の能力はこの天位には効かねぇ!
奴等には、これっぽっちも『理想』なんて無いんだ!
お前より『現実』の聖母を」
「だ か ら!!
力づくでやってるんでしょうに!
私を口説いてる暇があったら、飛び回って的になってください!!」
「口説いてねぇよ、この『ヒステリー秘書』!!」
11対36で始まった戦闘は。
天使側の2度の増援を押し戻し、完全な膠着戦となっていた。
ボロボロに傷付いているとは言え、悪魔側に未だ『消滅者』がいないのは、実戦経験の差であるが。
時間の経過と共に、その優位性も急速に失われつつあった。
そして────
「おおっと!出前の追加が到着したようですね!」
飛来する天使の集団に目を細め。
古参の『夜馬乗り』が、陽気に笑う。
「よし!これはやはり、騎士として先陣を!」
「・・・クライバル、先陣は俺がやる」
ヴァレストは黒騎士の槍を制し、。
「こうなりゃ、とっておきを出そうじゃねぇか!
俺の勇姿を末代まで伝えろよ!!」
全身から血を吹き出しつつ、ヴァレストの肉体が変質する。
翼はより大きく、禍々しく。
その本体には鈍色の鱗が生え。
周囲の魔素を取り込み、文字通り変形してゆく。
「しかし────それは────!!」
「いや、駄目だ!!新手全員、『対龍装備』を持ってやがる!!」
「ヤバい!!退がってください、ボス!!」
「うるせえっ!!ドラゴンキラー、上等だ!!
まとめて噛み潰してやらああっ!!!」
激昂するヴァレスト。
本来の姿へと戻ってゆく、悪魔的神秘。
────その速度が、がくりと落ちた。
「マギル、てめぇ」
「・・・地上における『現界』は、休戦条約に抵触します」
「それがどうした!」
「ボスも一応はまだ、『位階持ち』です。
『悲嘆の牢獄』に永久封印になるかと」
「おいっ!
邪魔すんな!!どけろっ!!」
「それが命令であるなら、拒否します」
指を拡げた手が、ヴァレストの体にかざされる。
顔の無い秘書の左半身は。
塩化し────さらさらと零れだしていた。
「マギル・・・それは・・・」
悲痛に歪む、邪龍の表情。
秘書は尚もその変質を食い止めながら、『3頭魔獣』の名を呼んだ。
「ボルコー、どこ?」
「へい」
「────おまえ、死んでこい」
「了解」
「ガストム」
「あいよ」
「おまえ、次行け」
「了解」
「馬鹿野郎っ!!何言ってやがんだ!?
待てっ!!戻れ、ボルコーーーっ!!!」
一直線に飛び込んで行った『3頭魔獣』は。
それぞれの顎で3体の天使を噛み砕かんとし。
血を吹き出しながらもつれ合い、地上へ落ちていった。
邪龍のねじくれた角が、消える。
翼が闇の輝きを失う。
鱗が、皮膚の奥へと戻ってゆく。
「マギルっ!!頼む、やめてくれっ!!」
ヴァレストは涙を流し、叫んだ。
「俺が行く!!全部、俺が喰らってやる!!」
「・・・・・」
「マギル!!もうやめろ!!
俺がぶちのめす!!それで終わるっ!!」
「・・・・・」
「マ、ギ────」
もはや物言わなくなった秘書に、ヴァレストの叫びが途絶える。
そして。
その代わりに、声が響いた。
“────ああ、そう? 全部ぶちのめしゃ、いいんだね?”
天使と悪魔の『休戦条約』には、様々な項目があります。
その中でも、かなり厳しい罰を科せられるのが、
人間世界において悪魔が、本来の形態をとること。
高位の悪魔であるほど、違反した際のペナルティが凄いことに。