72話 情けない背中 02
・・・一年前。
私は。
『交換留学生』として、アンデルト・レンバー第3初等学校の7年次に編入された。
物凄く、嫌だった。
出発の当日、母様にしがみついて、わんわん泣いた。
留学生は、成績で選定されるのじゃなく、ランダム。
つまり私は、運が悪かったから、選ばれてしまったのだ。
『悪魔』のことは別に、嫌いじゃない。
『大戦』の際に共に戦った、と歴史の講義で学んでいる。
戦後生まれの私でも、他の種族より親近感を持っているほどだ。
───でも、それにしたって。
───いきなり家族と別れて、見知らぬ場所で寮生活なんて!!
魔族の言語は、それなりに理解していた。
少なくとも、そのつもりだった。
しかし、蓋を開けてみれば、とやらで。
速い。
とにかく、会話のスピードが速すぎる!
聴き取る。
それを頭の中のノートに、文字で書き取る。
その意味を理解する。
・・・なんていう手順でやっていたら、間に合わない。
場合によっては、1段階目でもう失敗している。
どれだけ頑張っても、先生の言ってることが分からない。
みんなの言ってることが分からない。
留学生の珍しさで、クラスメイトは色々と話し掛けてくれたけど。
それが殆ど理解出来なくて、会話が成り立たない。
《あーー、彼女は話せないんだな》。
そういう目で見られて。
やがて、私の側から離れていった。
たっぷり3ヶ月は、全く授業についていけず。
寮へ戻っては泣くばかりの生活だった。
今なら分かるけど、私のやりかたは根本的に間違っていた。
ああ、本当に、理論と現実は異なる。
ネイティブと同じように会話することを目指すなら、2番目は要らない。
『頭の中のノートに、文字で書き取る』、これが駄目。
無駄どころか、絶対にやってはいけないのだ。
不安だから、1語1語、意味を確認したくなる。
でも、それを頭の中で文字にして並べてはいけない。
それをやっている限り、いつまで経ってもスピードが上がらない。
『聴いて、理解する』。
まあ、簡単ではないし。
結局は慣れるしかないんだけど。
───もう、帰りたい!
───帰って、母様のスープが飲みたい!
この『最悪の時期』に、諦めず私に話し掛けてくれるクラスメイトがいた。
オーレン・スタウド。
個性的で社交的な、火竜。
彼は、とにかく私の席へやってきては、色々と話した。
何もかもが嫌になって「もう放っておいて!」という気持ちなのに、お構い無し。
それは結局のところ、言語習得の為にとても役立ったし。
すごく感謝している。
───ただ、ね。
一年と少しが経過して、やっと不自由無く会話出来るレベルになった今。
どうしてそんなに彼が、私に構ってくれたのか。
私に何を言ってくれていたのか。
それが分かってしまって、ショックを受けた。
彼は。
私を、口説いていたのだ。
「自分の背中に乗らないか?」、と。
猛烈に口説いていたのだ・・・。




