729話 ま" 01
【ま"】
───ヤックモル・ター・ドヴァーン。
───職業:TVキャスター。
『ELH』こと、『エブリデイ・ライク・ヘル放送』第2課制作部に所属であり。
お昼過ぎから夕方までの番組で200年以上、総合司会者を担当。
自分で言うのもなんだが、私には相当な人気がある。
広い世代に跨り、多くのファンがいて。
名前と顔が完全一致するという点では、ヘタな俳優、アイドルさえ凌ぐ。
これまでに発売されたキャラクターグッズの販売実績も、かなりのものだ。
勿論、頂いている給料自体、同期の中でダントツ。
長年に渡りキャスターを務めているのだから、上層部からの評価が高く。
季節毎のイベント番組にだって、常に司会として呼ばれる。
結婚式の進行役としても引っ張りだこで、スケジュール管理に苦労する。
だが、主たる仕事となると、やはり。
『ELH』の《看板》である、情報バラエティー番組だ。
私は《毎日必見!〜すまいる大噴火♪》の生放送に、心血を注いでいる。
文字通り命を懸け、少しでも良くしていこうと、多大な努力を重ねている。
まさに、ライフワークだ。
番組が存続する限り、向上心が途切れることなど、けっして無い。
だからこそ、本日の放送が終了した今も、こうやってデスクに向かっている。
構成作家から上がって来た明日放送分の『あらまし』を、入念にチェック。
それを元にして細かく修正を加えるのは、自分の範疇だ。
喋って笑っているだけでは、とても総合司会者を名乗れない。
私が様々な作業をこなすからこそ、他の職員も働くのであり。
華麗にそれらを片付けて真っ先に帰るからこそ、一同が帰宅出来る。
『そうしていい』雰囲気になる。
ああ、素晴らしいな。
流石は私だ、デキる男だ。
部下だけでなく、外注の関係者にまで気が回る。
それ故に、皆から好かれている。
掃除のおばちゃんはいつも、岩みたいに固い煎餅をくれるし。
照明のバイト君だって、愛称で呼んでくれるんだよ。
親しみを込めて、《ヤクさん》って。
凄い事だよ。
8年前から妻が口を聞いてくれなくなったのが、何かの間違いみたいだよ。
───おっと、いけない。
───クリエイティブな職務中に、ネガティブな思考はアウトだ。
ニヒルな笑みで溜息を誤魔化しつつ、コーヒーを一口飲み。
進行表に赤マーカーで線を引き、一枚捲ったところで。
むむ。
けたたましい、パンプスの靴音が。
「ヤっちぃ、大変ですよ!」
女性アナウンサーのカルミアが、後ろから声を掛けてきた。
「え?
なになに、どうしたんだい?」
「これはもう、大事になってますよ!
すぐに会議室へ来てください!
急いで!」
「???」
何だ、一体何があった?
緊急の会議?
トラブルでも発生したか??
あと、君───新卒の一年目だよな?
《ヤっちぃ》は駄目だろ。
いくら何でも、失礼過ぎるだろ。
謝んなさいよ、ちょっと。
どうして小さな『ぃ』を付けたのか、説明しなさいよ。
逃げるなって。
ああもう、まったく!
今ドキの若い子ときたら!!




