728話 いかがわしく、にこやかに 04
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「うははは!
愚かなり!
今貴様が噛み千切った首は、我等の中でも最弱!!
何ら痛くも痒くもないわッ!!
ぬはははは!!」
六ツ頭のヒュドラが、身をくねらせて哄笑。
しかし、即座に生えてきた七番目が、ぽつりと一言。
「いや、もう再生したけどな?
あと、テメぇ───これ以降、仲良くできると思うなよ?」
ぶはっ、と大きく笑い声が上がる。
だが、それは天使達のみの話。
リーシェンを筆頭に、蜘蛛のお嬢さんは皆、形ばかりの笑みを作っている。
「さても、さても。
こやつら、なんと協調性が無いことか。
どう思う、弟よ?」
双頭のケルベロスの右頭が、皮肉っぽく首を傾げ。
即座に、もう一つのほうが続ける。
「いや俺ら、どう考えても双子だよな?
おぎゃあ、と生まれてすぐ、母親の乳首を奪い合った腐れ縁だよな!?」
これまた天使達の歓声が響いて、拍手喝采。
うげぇ。
正直に言って、最低も最低。
特大の《お寒いギャグ》だ。
古すぎて化石のような、もはや年寄り連中でも言わないヤツ。
しかも後半は確実に、どこかの誰かがクレームを付けてくる内容。
こいつを新鮮に感じられるのは、天使くらいのもの。
綺麗に咲いた、10の笑顔の裏側。
如何な蜘蛛とて、その胸中ではブリザードが吹き荒れていることだろう。
「・・・・・・」
「───あ」
2列に並べたテーブルの真ん中。
《擬態変更》で宴会芸を披露していた奴が、ようやく俺に気付き。
「やーやー、こんちは!
スンマセン!
ちょっとばかし、遅くなっちまって!」
「・・・・・・」
「まぁでも、いいっしょ?
来た時には丁度良く、纏まるモンが纏まってたみたいだし!
ギリで間に合った、つーコトで!
へへへ!」
擬態を解除して能天気に笑う男。
ぴっちりと撫で付けた、真ん中分けの黒髪。
顔と比較して大き過ぎる、同色の縁の眼鏡。
スーツに身を包んではいるものの、まるで似合っていない。
サイズからして、明らかに適切ではない。
むしろ、その『不格好さ』でウケを狙うような。
紳士の目から見て、ふざけるのも大概にしろよ、と声を荒げたくなる仕草。
───しかもだ。
───『そんなの』で、誤魔化せると思うなよ?
こいつ、天使であって、天使じゃあない。
元は悪魔、地獄の一員。
何の理由でだか、『天界に与するを良し』とした裏切り者。
どういう事情があったにせよ、悪魔から許されると期待するのは間違いで。
目立つ場所に出て来てはいけない立場だろうによ。
それを堂々、チャラけた感じで御登場とあっちゃ、こっちの顔も歪むぜ。
『アヤシイお店ごっこ』より、お前のほうがよっぽど看過出来ねぇな。
「・・・・・・」
「あー、ちょいと。
睨むのは止しましょうよ、代表さん。
こちとら、表も裏もないっす。
マジメな正直モンっすよ!」
「・・・そうか。悪かったな、謝るよ」
つまり、お前は腹に一物含んだ道化師じゃなく。
見た目通りの、ただの馬鹿ってことだな?
その辺を歩いてる時に出会えば、確実に胸倉を掴むだろう相手だが。
幸いにも今の俺は、責任ある職務の真っ最中だ。
事を荒立てぬよう、私情は抑えておいてやる。
しかし絶対に、次回はないからな?
「ほんじゃ、まぁ!
条項はすでに書き出してあるんで、確認してもらって!」
「おう」
「えぇと、この内容で異存は無いですかねー?」
「・・・・・・そうだな」
なんというか、その。
改めてこうやって列挙すれば、凄まじいものがある。
何から何まで、徹底して悪魔側が優位。
破格の条件、無慈悲な取引。
こんなのはまるで、《敗戦国の降伏宣言》に等しいぞ?
「そしたら、あとは最後の仕上げっすね!」
「ああ」
馬鹿みたいにはしゃぐ馬鹿と、俺。
互いが承認して《誓約書》を複製。
それぞれに、陛下から預かった《印》を押印する。
「はいはい!
こっちも上司のやつを───ほい、っと!」
続けて、陛下の印の隣に押されたのは。
《天使長 イスランデル・ブラクト・ファウディ》名義のもの。
「・・・・・・」
天使長ねぇ。
こりゃまた、随分と偉くなったもんだよ、あの野郎。
あーー、お前さっき、上司って言ったか?
つまり、アレか?
お前を代表として寄越しやがったのは。
俺に対する、あいつの嫌がらせってことか??
───いやいや。
───問題は、それだけに留まらない。
おかしいだろ、これ。
《陛下》の印章に並べて《天使長》では、『格』が揃わねぇよ。
だって、《陛下》だぞ?
《魔王陛下》だからな?
こういう場合だと、そっちは普通、《神》の判を。
《神》の。
───猛然とそれを指摘しかけていた俺の口角が。
───自分でもハッキリ自覚できるほど、吊り上がった。
ああ、そうだ。
本会議は、事前に調整されたもの。
完璧に仕込まれていて、アドリブなんてあり得ない。
あったとすれば、それは馬鹿がやった宴会芸だけ。
天使側が押す印章が天使長のものであることも、陛下は御承知の筈。
分かったぞ!
今ようやく、全てがきっちりと繋がったぞ!
大戦後、何千年に渡った『療養期間』。
《蜂騒動》における、御体の『塩化』。
そして見掛けの上では、俺の発言が発端となったが。
どうにも挙動が不審な《四家》に対して、『特例的な権力を大幅に抑制』。
内側の毒たる《評議会》にも、『解体、新生』という大革新。
陛下は。
我等が陛下は秘密裏に、《神》を打ち倒されたのだ!
再起不能なまでに叩きのめし、表舞台に出られないようにした!
更にはこの定例会議、次の《完全停戦調印式》。
そこに横槍を入れるだろう不穏分子を、『正式に』排除しておられたのだ!
───天界の主たる《神》の、著しい弱体化。
”生まれついての『存在悪』だ”などと、理不尽な扱いを受けてきた俺達だが。
ついに!
ようやく!
それを煽り立てて笑ってた奴等に、一発入れてやることができた!
よしッ!
情勢が、一気に変わったぞ!
これからは、悪魔の時代だッ!
知り合いに悪魔がいるなんて言えば、皆から持て囃されたり!
クレジットカードの審査も無条件でパスできるような、新時代の幕開け!
俺の名を冠したテリヤキチキンバーガーが発売されるとか!
スマホの料金が半額になるとか!
よく分からんが、そういうのすら可能かもしれない!
期待に胸が高鳴るぜ!!
「これでオーケー!───だよな?
終わっていいのかな?
もう解散しちゃっていい感じ?」
「そうだな。
わざわざ御足労いただき、感謝する」
パーフェクトだ、俺。
滞り無く、閉会に漕ぎ着けたぞ。
にこやかに笑い、代表同士の握手で締めよう。
勿論、両者の笑顔に偽りなど皆無だ。
少なくともこちらのほうは、心底からの笑みさ。
───おい、リーシェン!
───”よくそんな気持ちの悪い奴の手を”、みたいな目をすんな!
しっかり最後まで、『アイドル』で通しとけ。
この成果がニュースで報道されたら、お前の一族には結構な『箔』が付くぞ。
良かったな!
両親も大喜びだろうよ!
さあ、《祝い》でもするか、階下のレストランで!
奢ってやるぞ?
それとも、むしろ俺のほうが奢ってもらうべきか?
いやいや。
待て待て。
悩みどころだが、ここはやっぱり、紳士として俺が。
──────今月、金が無いんだったな──────
ヤバいな。




