725話 いかがわしく、にこやかに 01
【いかがわしく、にこやかに】
───《強さ》とは、何か。
一応、先に言っておくが。
この命題に対し、どれだけ真剣に挑んでも、自分が強くなれるわけではない。
そんな保証は、どこにも無い。
ただ。
”ああ、世の中にはこんなにも《上》があるんだなぁ”、と。
それをハッキリと認識出来るようになるだけの話だ。
別の意味での『苦行』。
むしろ、ひたすら『己の無力を知ること』に他ならない。
───まあ、俺も長く生きてきた身ではある。
───自分より強い者が存在するのは、十分に理解しているさ。
敵わないのは、誰か。
まずは、姉貴だろ?
そんで、レンダリア様だろ?
ファリアも、その・・・恐いからな。
いや、好きなんだけどな?
好意を感じている上での、ちょっとした苦手意識みたいなもんだけどな??
あと、師匠には勿論、修業中の紳士として頭が上がらない。
《未成年お断りの作家》からは、延々と脅されていて身動きがとれない。
秘書であるマギルだって、本気で怒らせたら大変な事になるぞ。
ウチの細かい部分、全部任せているからな。
小遣いを貰ってる分、強気には出れない立場だよな。
戦うのは面倒、って意味だと・・・ユーニスか。
《逃し屋》と絡むくらいなら、こちらが逃げたほうがよっぽどマシ。
ふむ。
こうして改めて考え、列挙してみれば結構いるもんだ。
”疎遠になりたくない”とか”悲しませたくない”も含めたら、もっと増える。
最終的にほぼ全ての女性が含まれてしまうのも、仕方無いことだろう。
だって、敵わないもんな!
我ながら、素晴らしき生き様。
誇らしい限りである。
───そうは言っても、だ。
───俺とて悪魔である以上、やはりアレだ。
一名だけに限定して《強者》を挙げるとすれば。
それは間違い無く、《魔王陛下》であろう。
そもそも、血統がどうだのと《四家》を持ち出すまでもない。
辿り辿れば、陛下こそが俺達全員の祖であり、源流だ。
『破壊の権化』と呼ばれる姉貴と比較したって、圧倒的に強いんだし。
おまけに、如何なる御下命にも須らく、深い叡智と慈悲が含まれていて。
やること為すこと、完璧であられる。
究極だ。
並ぶ者なき地獄の支配者、至高の存在なのだ。
───故に。
───俺は陛下の御言葉を、微塵たりとも疑いはしないぞ。
『定例交渉会』。
またしても、その《代表》として選ばれてしまった俺だが。
前回とは違い、選出したのは評議会ではなく、陛下御自身。
開催場所も上海じゃなく、ロンドンであり。
更にはこれ、近々正式に行われる《完全停戦調印式》の前段階であるらしい。
いやいや。
”何でそんな局面で、この俺が!?”、とは思うけどな。
それでも、陛下を信じるさ。
”───心配するな、アルヴァレスト”
”此の度の会議は細心の注意を払い、入念に調整しているのだ”
”万が一、という不測の事態は、決して、絶対に起こらぬよ”
”お前は『取り纏め役』として、最後に署名するだけで良い”
”───ああ、あとは私の《印》を渡しておくから、押すのを忘れぬよう”
うおおお!!
ドえらいモン、預かっちまったけど!!
俺は、陛下を信じるよ!!
陛下を信じる俺を、全力で信じるよ!!
ロンドン中心部にそびえ建つ、超有名な某ホテル。
バクバクする鼓動に急かされつつ、豪勢なロビーを抜けて。
最上階を目指し、乗り込んだエレベーターのボタンを押したはいいが。
それは、幾らも上昇しないうちに停止した。
3階。
レストランから引き揚げる客か?
「・・・あ。
ばれすと、見つけた!」
「───ヴァレストだ」
「おじさん!」
「はじめまして!」
「ドラゴンのおじさん!」
「───いや、お兄さんだ」
ばたばた、と10名の少女達ならぬ、『10匹の蜘蛛達』に取り囲まれ。
即座に俺は、《達した》。
自動的に悟りが開かれ、無の境地へと至ってしまった。
体から抜け出た魂がエレベーターの天井を突き抜け、”お先に失礼!”だとさ。
大惨事の予感。
会議が始まらぬ内に、早くも精神力のカウンターはゼロ表示。
俺は今。
限りなく《死にかけのドラゴン》である。
ちなみに。
まだ若いのだが。




