表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
726/739

724話 Eroi ossan


【Eroi ossan】



木漏れ日の中、胸一杯に空気を吸い込んで。


私はすぐに、これが《夢》であると認識した。



───森の香りがする。


───鳥の(さえず)りが聴こえる。



だが、これは《夢》だ。

どれだけ『感覚があるように』思えても、《夢》は《夢》。

けっして、現実の出来事ではない。


そりゃあ日課として夕食後、ロックで2杯ほど飲んだが。

しかし、ベッドに入った記憶はあるのだ。


ならば、夢遊病というやつか?



───いやいや、それもおかしいだろう。


確かに自分は今、寝間着一枚でぽかん、と立ち尽くしているが。

11月も中旬という季節、少しも寒くないのは不自然だ。


やはり、特定の部分だけが都合良くなっている。


そういう《夢》に違いないのだ、これは。




んん・・・・・・ん??


ふと気付けば、誰かが数歩先からこちらを見つめていた。



端麗な顔立ちで、民族的な衣装を(まと)った姿。

痩身で背が高く。

耳が細く(とが)っている様は、まるでお伽話の中の『妖精』を思わせる。



───ああ、やっぱり《夢》だな。


精神(こころ)の充足を求め、様々な文化や思想に手を出した自分。

ちょっとばかり世間で言うところの、『あれ』だ。

スピリチュアルな方向に傾いてしまったわけで。


そういう人間が見る《夢》としては、非常に相応(ふさわ)しい。

とてもハッピー。


これが悪夢ではないのは、もう確定だろう。



「やあ、ごきげんよう」



掛けられた声は、優しげで落ち着いた男性のもの。

つられるように私も、笑みを浮かべて挨拶を返す。



「ごきげんよう。気持ちの良い天気ですな!」


「外からいらっしゃった(かた)でしょうか?

この森を訪れるのは初めて、とお見受けしますが?」


「ええ。

良くは分からんが、きっとそうなんでしょうな」


「精霊達が盛んに呼ぶので、探しに来てみれば。

ああ、何と幸運な事でしょうか」



男は、世の女性を何万人規模で()き込むような、魅惑の微笑みを浮かべ。

やや大袈裟な素振りで両腕を広げた。



「この出会いに感謝を!

貴方(あなた)のような楽人(がくじん)の来訪とあっては、皆も喜びましょう」


「《楽人(がくじん)》??」


「知っておりますよ。

確かそれは、『ギター』なる楽器ですね?」


「!?」



まるで、魔法の(ごと)く。

つい先程までは無かった筈の、古いフェンダーのウッドモデル。


それが、さも”当然”とばかりにストラップで肩から(さが)っていた。



「是非、演奏して頂けないかと」


「───ああ、いや。

これは、『エレキギター』というものでしてな」



期待に満ち溢れた視線に、(いささ)か心が痛むが。

かといって、誤解をそのままにもしておけない。


《夢》とはいえど。

幻想的(ファンタジー)な《夢》であるからこそ、現実的な問題があるのだ。



「ええと、その───勝手な推測は失礼かもしれんが。

おそらく、この(あた)りには電気の供給というものがないと思われる。


残念ながら『エレキギター』は、単独では使えない。

ジャックから電気を流し、『アンプ』や『スピーカー』に繋ぎ。

そういう準備をしなければ、殆ど音が出ない楽器なのだ。


ほれ、このとおり───」



ストラップのスリットに()してあったピックで、しゃらん、と鳴らしたが。

それだけのつもりだった、が。



「おお!

しっかりと響いておりますね!」


「・・・・・・」



何故だ??



「───し、しかし!

音だけ大きくとも、細かな音色(おんしょく)(ひず)みを調整出来なければ、演奏など、」



しゃらん。

しゃららん。



「ほほう!

これは何とも、魂を解放するような!

『暖かで官能的な広がり』がっ!」



何故っ!?

どうして《意識した通りの音》が鳴った!?


エフェクターもペダルも無しでっ!?



「いやいや、(たま)りませんねぇ!

やはり貴方(あなた)は、素晴らしい腕前の楽人(がくじん)かと!」



こちらこそ、驚いた。

コードを2つ3つ押さえただけで拍手されるとは、出来過ぎもいいところ。



───しかも、今。


───『官能的』と表現したか?



常々(つねづね)、世界中のファンやそれ以外から言われる、あの言葉。


ギターを弾き続けて60余年。

もはやとっくに老齢の粋まで達した、この私が。


現在も尚、”エロいオッサン”と評されているのを知ってのことか?


それとも、知らないでのことかっ!?



「さあさあ!

こちらへどうぞ、楽人(がくじん)殿!

これは大変だ、早く皆に紹介しなければ!」


「あ、ハイ」



そして。


数分ほど森の中を進み、連れて来られた場所。

そこに集まる『妖精達』を見て、ようやく合点がいった。



───そうか。


───これは、宴席なのだ。



《夢》の最中(さなか)

文化の違いに理解が及ばなくとも、それだけは自然に分かる。


間違い無く、婚礼の直後。

《結婚式》を終えた若人(わこうど)を祝う、喜ばしい(つど)い。


それ故に、演奏者が求められていたのか!



ふむ。

おそらくは、真ん中に位置する2名が新郎新婦。


幸せ一杯の女性に比べ、男のほうはやや表情が固い。

それに、何故か彼の耳が(とが)っていないのも気になるが。



まあ、いいさ。

私がギターを()き鳴らせば即、嫌でも《気分が持ち上がる》。


頬を赤く染め、熱く深い吐息を繰り返し。

さぞや、《今宵の共同作業》を心待ちにすることだろう。



おまけで、ここにいる全員にもプレゼントしよう!



ハッピー・セクシー・ウェーーーブ!!



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
結婚、おめでとう!!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ