719話 学習帳 3ページ目 04
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「それで───船長。
一つ伺いたいんですが、この船、何処に向かってんでしょうかね?」
「うむ。
船に関わる者として、非常に良い質問だな」
すっかり船長気取りの男が、鷹揚に頷き。
芝居がかった仕草で腕を上げて、前方を指さした。
「何となく、あちらのほう。
《魚人》共の巣窟、『D教団本部』がある島に向かい、全速前進中だよ」
”『何となく』では駄目だろう”
「いや、方角は合っているぞ、多分。
それよりも、速度が問題だ」
「あんまり進んでるようにゃ感じませんね、これ」
「そうだな。
ひゅう、とも風が吹かぬ上、それを受けるべき帆も破れ、意味を為していない。
よって。
一時的に私の魔力を動力にし、この船を進ませようとしているのだが。
《何者か》の《不可解な力》により、著しく妨害されている状態だ」
”ご主・・・船長の魔力を、妨害だと??”
白ネズミが目を見開き、外套のポケットから甲板へ飛び降りた。
”一応、ネズミの端くれとして、非常に嫌な予感しかしないんだが。
これは。
・・・その・・・本当に進んでいるのか?
具体的には現在、何ノットだ?”
「ふうむ。
ノットで表わすとすれば、出された数値が現実的でなくなるな。
まあ、大体のところ、両膝が若干痛む高齢者が《手押し車》無しで歩く速度。
信号が赤になる前、滑り込みで横断歩道を渡り切れる。
『それくらい』だと思ってくれ、ラッチー」
「分かりやした、船長!」
”ラッチーは、私の名前だぞ”
「すんません、副船長!」
”・・・・・・”
「───あちゃぁ───怒らせちまいましたかね?」
無言で背を向けたネズミを見て、幽霊船員が肩をすくめた。
「海賊とはいえ、あっしも海の男なもんで。
思った事は思った瞬間、ズバッと言っちまう癖が」
「なぁに、心配は要らん。
私も似たようなものだ。
日頃は真っ直ぐに前だけを向いて、余計な事など一切考えず。
副船長が『やいのやいの』と心配し始めてからやっと、重い腰を上げる。
そして、たちまち結果を出す。
バランスとしても、戦略としても、そのお蔭で物事が上手くゆくのだよ」
「船長ってのは、滅多なことで狼狽えちゃあいけませんからねぇ」
「つまり、これが彼の宿命ということだろう」
”・・・全部、聞こえているぞ”
「悪口ではないのだから、聞こえるように言うさ、副船長」
”そうかね。
そちらがそのつもりなら、こっちも普段通りに振る舞おう”
「普段通りとは、何かね」
”ここぞ、という時の、『やいのやいの』だよ”
「おや、早速か」
”2時方向、500メートル。
先程の話に出てきた《イカタコ》が接近中だ”
「ほほう。よく見えたな、副船長」
”どんなに霧が濃くとも、相手が《化け物》であれば気配で分かるさ”
「あー、大丈夫、大丈夫!
《イカタコ》は、どれも無害ですよ。
そりゃあ、過去は色々ありやしたけどね。
ウチらが幽霊に成り果ててからはもう、お互い干渉しない感じなんで」
「それは、船に『我等』が乗っていてもかね」
「・・・え??」
”まずいぞ。
とてもじゃないが、挨拶してすれ違おうという雰囲気ではなさそうだ”
「ええっ!?何で急に!?」
「となると───海戦、か。
くくくっ、心踊る展開だな!」
「おお!すげぇや、船長!
なんかこう、カッコ良く目が光ってますぜ、真っ赤に!」
”私の経験上、そういうのは『ロクな事にならない予兆』だぞ”
振り上げられたネズミの尻尾が、かなりの勢いで甲板に叩きつけられたが。
当の船長は、少しもそれを気にする様子がなかった。




