717話 学習帳 3ページ目 02
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「───さて。
《同志ベリーリ》から、さほど難しくはない職務を与えられてきた我等だが。
此の度、ついに。
一段と本格的な、そして『非常に重要な案件』を担当する次第となった」
映画のナレーションを思わせる、厳かで低い声。
やや抑揚を効かせた調子で、瞼を閉じた男がゆっくりと語り始める。
「───やるべき事、それ自体は単純だ。
20世紀初頭に締結された《協定内容》に関する、『違反行為』への抗議。
”これ以降は遵守される”という、『確約』の取り付け。
ただし。
その相手は、《一種指定》にさえ入れられず。
ヴァチカン秘匿部隊による壊滅も鎮圧も不可能、と判断された危険団体。
公式、非公式を問わず、いっさいの文書において『D教団』と記されるもの。
すでに先行した前任者は、消息不明となっている。
その次に赴いた者も連絡さえ無く、同様に。
なればこその、我等だ。
カトリックの《人ならざる特務員》にしか対処出来ぬ、特別な任務であろうよ」
”・・・・・・”
「ラッチー。
私は───長く生きているというだけで、どこか自惚れていたのだろうな。
知っているからと、理解したつもりになり。
知っていてさえも、根拠無くその可能性を排除し。
まったく、『知識の集積者』を気取る『愚か者』さ。
情け無い。
考えが及びもしなかったのだよ。
アニー・メリクセンは、《書いた事を現実にしてしまう》詩人だが。
まさか。
《意図せず真実を書いてしまう》作家などが、この世に存在するとはな」
”・・・自分の目で見た瞬間に、分かった。
分からされてしまった”
「そうさ。
現地に到着して、どんよりした空を見上げ。
波止場のすえた匂いを嗅ぎ。
最初に出会った住民と会話を試みた時。
それはもうハッキリと、正確な題名が脳裏に浮かんだよ。
ああ。
『これ』は───《あれ》なのか、と」
”本当に、あの《有名な名称》通りの、『特徴的な顔』をしていたな”
「膨れ上がった額。
著しく後退した、まばらな頭髪。
異様に小さく丸い目が、やたらと遠くに離れて付いており。
年長者ほど首の横には、うっすらと《エラに似た裂け目》が見てとれて。
───とまぁ、そうするとだ、ラッチー。
もはや物語としてのエンディングは、2つに1つだろうな」
”町から逃げ出せずに、命を落とすか。
一旦は帰れたが、自分の意思でまた戻ってきてしまうか”
「───おっと、《魚人》の話ですかい?」
手持ち無沙汰な幽霊船員が、ここぞと喰い付いてくる。
「船長は、『外』からのお人だから、知らねぇでしょうけど。
アイツら、ほんっと厄介ですからね!
心臓辺りを撃ち抜いたって、海に浸かりゃ生き返っちまう!」
「彼等は、不死身なのかね」
「いやぁ、殺せるは殺せますよ?
炭になるまで念入りに焼いとけば、安心です!
そりゃあ、奴等も必死で海に飛び込もうとしますがね!」
「───やはり、《あれ》は現実の出来事だったか」
”・・・一部地域においては、古くから知られている《常識》のようだな”
眉根を寄せて考え込む、一人と一匹。
それに対して『半透明な影』は。
何が嬉しいのやら、とにかく上機嫌で満面の笑顔だった。




