715話 Artificial Purgatory
【Artificial Purgatory】
───嫌な天気だ。
───強い風と、それに煽られた雨粒が、窓を叩き続けている。
寒い。
100人が100人、こんな夜にわざわざ出歩きはしないだろうが。
ならば屋内にいれば幸せか、と問われると、そうでもない。
事実、部屋の中にいてさえ私は、雨風に晒されている気分だ。
いや。
本当に外へ出たほうが、まだましか。
こんな空気の澱んだ場所で溜息をつくより、よっぽど清々しいだろう。
ああ。
大袈裟に言わずとも、我が人生の半分くらいは『雨模様』である。
仕事中、食事中。
ベッドで横になっていようが、突然に雨は降り始める。
おそらく誰しもが、そうであろうし。
そうであっても誰一人、冷たい雨で体を濡らしたいとは望んでいない。
私とて、《傘》くらいは持ち合わせているのだ。
使おうと思えば使える。
今すぐに、この場でバサリ、と広げたっていい。
外は。
そして、この部屋も。
本当に強い雨だ。
土砂降りだ。
しかし。
《傘》を差せば、濡れないが。
それでは、誰の嘆きも聞こえなくなる。
雨音が激しければ激しいほど。
それ以外が、耳にも心にも届かなくなってしまう。
───今夜、私は。
───《傘》を手にしてはならない。
腕時計から、ピピッ、とアラーム音。
さあ、時間だ。
皆が揃いも揃って、明瞭な意識で。
寸分も狂わず同時に、起き出したはず。
そういう不可思議な調整を、『してもらっている』。
後はもう、こちらの仕事だ。
俗世の雨に打たれて項垂れもしない、最悪な《私達》の仕事なのだ。
───意を決して、目の前のボタンスイッチをカチリと押し。
───すぐ横のレベルバーを中程度まで引き上げた。
「・・・御機嫌よう、諸君。
どこも痛まず、何も失っておらず。
ちゃんと全員がいて。
けれど、照明は全て壊れており、手持ちのライトだけが頼りで。
そんな状況に、多少の不安や焦りを感じているかもしれないが。
まあ、さほどの時間が残されていない故。
手短に話すとしよう。
そこに教卓があるのが、分かるかね?
大きな黒板と、私の声が聴こえるスピーカーから、何を想像するかね?
・・・そう。
ここは、とても古い学校だ。
携帯にもGPSにも電波が入らない、特殊な場所の、特殊な教育施設だ。
見ての通り、壁や床には《それらしい痕跡》が残っている。
敢えて、残したままにしている。
諸君らには今夜、一度限りの授業を受けてもらおう。
どうしてこんな事になったかは。
理解出来ても、出来なくても構わない。
だが。
よもや、”この世に神が存在する”などとは、信じていないだろう?
ああ、私も全くの同意見だ。
然るに、祈りの言葉は無く。
ただ粛々と、別れを告げるのみとしよう。
さようならだ、諸君。
いずれ、そう遠くはない内に。
本物の地獄で見えよう」
ガタン。
言い終わると同時。
堪え切れなくなった《獣》が私を押し退けて、マイクを奪った。
「そッ、総員、残弾確認ッ!!
急いでッ!!
チーム編成!!
哨戒、偵察!!
誰ッ、誰が前線に出て、いの一番に死ぬか話し合えッ!!」
零れる程に剥いた眼球を、真っ赤に血走らせ。
ぼたぼたと涎を垂らしながら、《彼女》は叫ぶ。
「早くッ!!
早くッ!!早くッ!!早くッ!!
モタモタしてんじゃねぇぞ、皮被り野郎!!
もうイクッ!!
もう待てないッ!!
イクよッ!!
今すぐ、そっちにイクからッ!!
イッちゃうからねえええぇッ!!
ひいい〜〜ひひひひィ!!!」
いやはや、酷く冷え込む晩だ。
雨が染みて、キリキリと胸が痛む。
───もはや、何人たりとも止められはしない。
───全てが終わった後で彼女はまた、『あれ』を愉しむのだろう。
何かで読んだ記憶があるのだが。
『その行為』は、”クールー病に罹患する確率が高い”らしい。
特に、脳などに含まれるプリオンが原因で。




