714話 僕の事を 07
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体のあちこちが、変だ。
痛みは当然あるんだが、それよりも発熱やら倦怠感。
ふわふわと宙を漂うような酩酊感。
こんなのは初めてだ。
魔法による《修復》という結果に、現実が追従しようとしてるのか。
自分でも、神経からの指令と筋肉の動きに差があると分かる。
話そうとした事が発語されるまで、コンマ何秒かの遅れを感じる。
「───まだ動くんじゃないぞ、マーカス」
薄緑色のキラキラした《何か》を、手の平から出現させ。
それを僕の周囲に展開しながら、バルストが言う。
「実のところ、俺は見た目通りの紳士であり。
即ち、『肉体労働派』だ。
間違っても、こういう細かい作業が得意なほうじゃあない。
大丈夫か?
おかしな事になりそうな気配がしたら、すぐに声を上げろよ?
そん時は、俺よりはマシな奴を呼ぶからな?」
「・・・手術が終わった後で、医学生の執刀だったと知らされた気分だ」
「よし、今のところは《正常》らしいな!」
「・・・・・・」
「しかし、つくづく思うぜ。
こういう場合は魔法でチマチマ治すよりも、吸血鬼の再生能力が羨ましいよ」
「え?『吸血鬼』??」
「ああ。
何せ、持って生まれた本来の能力だからなぁ。
安心安全、強力な上に確実だ。
ちょっとやそっとじゃ、倒されやしない。
フルオートで銃弾ブチ込まれながら、優雅にワインを飲んでられるくらいさ。
もしくは、あれだな。
最初から怪我なんてしない、死せる賢者とか。
奴等はそもそも不死族だから、痛覚自体が無いしな」
おいおい、何だよそれ。
さらりと凄い事、聞いてしまったぞ。
吸血鬼?
リッチだって?
そんなものが、本気でこの世に存在してるのか?
まるっきり、『マンガ』じゃん。
任務でそういうのに出くわしたら、どう対処したらいいんだ?
メッチャ怖いよ。
そんな『超生物』、むしろ僕の代わりに特務をこなしてほしいよ。
うっかり間違って、カトリックに入信してくれないかな?
わきわき、と機械の動作確認をするように、両手の指を曲げては伸ばし。
ついでに凝り固まった首を、右へ左へと回してみて。
──────。
「・・・あのさぁ、バルスト」
「どうした、相棒」
「僕の目が、ちょっと変なんだが」
「何!?
やっぱり、こんな付け焼き刃じゃあ駄目だったか!?」
「・・・二重に見える、というか。
その。
ついさっきから。
お前が二人いるような、気がするんだが」
「!!」
僕が指さした方向。
開け放った入り口のドアからこちらを覗く、黒スーツの男。
それに気付いて、バルストが大声を上げた。
「ちょっ!
お前、何やってんだ!?
勝手に俺の姿を使うなよ!
これだから、『複製の影』ってのは!」
「??」
「いいから、偽装を解いてこっちへ来い!
挨拶くらいは、ちゃんと自前でしろ!」
ぐにゃり。
柔らかい粘土みたいに、バルスト?の輪郭が溶け崩れ。
『それ』が、ちょっと嫌そうな表情で室内へ入ってきた。
「ほれ!前に行け、前に!」
もじもじと、バルストの後ろに隠れようとする姿が。
強引に僕の眼前へと押し出され、ぽつりと。
「───マーカスぅ───怪我、平気なのかい?」
「・・・は??」
ちょっと待て。
この声。
というか、この特徴的な泣き声は。
「・・・もしかして、クライマンか!?」
「───うん───無事で良かったよぉ」
「無事だったのに、そのあとで無事じゃあなくなったけどな。
こうして一応、無事に戻ったよ。
あ。
お前がバルストに連絡してくれたのか?
有り難うな。
爆弾防いでくれた上に、そこまでしてくれて。
助かったよ、クライマン」
「───うん」
この男。
確かにクライマンだ。
それは、声で分かるんだけども。
───いや、見た目がおかしい。
───今すぐ両眼を取り外し、高濃度の塩水で洗いたいくらい、おかしいぞ。
何だよ、アンタ!
カッコ良すぎだろ!
美中年!?
『イケおじ』ってやつか!?
ちくしょうめ!
上下ともに白の、ジャケット&パンツ。
その胸元を彩る、黒と銀色のマーブル模様なシャツ。
くしゃくしゃだが清潔感を失わないセットの黒髪。
短く整えた顎髭。
いったい、どこのIT会社・代表だ?
”シリコンバレー?スタートアップ?”
”ははは、違うね”
”イマドキは、台湾のベンチャーと合同し、サンフランシスコで起業さ”
なんて事を言い出しそうだぞ、クライマン!
世界が違いすぎて、殴ろうにも手が届かないよ!
卑怯だよ!
ぱっと見、カンペキな『勝ち組』の雰囲気じゃん!
めそめそした、その喋り方以外は。
「───もう無茶したらさぁ、駄目だからねえぇ───」
「すまない、心配掛けた」
「──────」
「・・・・・・」
おっと。
会話が続かない。
そして、視線も全く合わない。
こっちから見て、クライマンは綺麗に90度、横向きだ。
体ごとズレてる。
蜃気楼と話してんのか、ってくらいに方角がズレてる。
いや、僕とピアーゾの組み合わせだって、もっとマシだぞ?
長らく、そしてつい一時間前まで、胸元のロザリオに入ってた奴だ。
今更、僕の顔が怖いとかじゃないと思うんだが。
軽くショックなんだが。
「あんまり気にしないでやってくれ、マーカス」
バルストが苦笑する。
「コイツは、誰に対しても平等に『こう』だからな。
人間だとか悪魔だとか、関係無い。
ごく普通に、極度の《恥ずかしがり屋》なだけさ」
「・・・そ、そうか」
「さて、と。
腰の重い政府軍もいい加減、ここへ突入してきそうだ。
その前に俺は、最後の片付けをしてくるぜ」
「??」
「後で迎えに来る。
それまでにお前らは、今後の事を色々と話し合っておけよな」
すっ、とバルストが手を向けた途端。
床に黒い穴が開き、絶賛気絶中のテロリストが吸い込まれていった。
「片付けって・・・連中をどうする気なんだ?」
「いや、どうもしないさ。
俺達『悪魔』が関わるのは、これで終いだ。
最終的な事は人間に任せて、煙のように撤退するだけだ」
両手をスラックスのポケットに突っ込み。
頼り甲斐バツグンの悪魔が、やや疲れた笑みを浮かべた。
「よく働いて───いや、別に無理矢理働かなくてもいいんだが。
メシ食って、コーヒー飲んで。
ゆっくり一服しとけば、大概が上手くゆく。
なべて《世界》は、なるようになるんだろうよ」




