713話 僕の事を 06
「───マーカス!」
「・・・ううっ・・・」
「マーカス、聴こえるか!?
おいっ!しっかりしろ!」
何かが。
下顎を支え、僕の左側頭部に手を当てている感触。
きっとそれは、声の主と同じなのだろう。
「ぐ・・・バルスト、か」
「そうだ、俺だ!
目はどうだ───見えるか?」
「ん・・・ああ、たった今、見えるようになった」
火花が散るような視覚効果と共に、視界が蘇って。
ただ、その代償のように、諸々(もろもろ)の痛覚も復活だ。
「ゆっくり掛けないと、逆に回復魔法で細胞組織を壊してしまうからな。
ちょっと痛みが続くぞ?」
「それくらい、我慢するさ。
治して貰えるだけで、十分に有り難いよ」
有り難いんだが
なんか、アレだ。
至近距離にバルストの顔があって、その。
見つめ合うのも気恥ずかしいんで、自然に視線を落とす。
撃たれた脚は、ほぼ痛みを感じない。
ズボンに空いてたはずの穴や血痕が、見当たらないし。
当然、傷のほうだって治ってるんだろうな、これ。
そっちよりも殴られまくったアタマのほうが重症だった、ってことか。
明らかに、生き残っても後遺症が残る感じだったもんな。
「───マーカス。
助けに来るのが遅くなって、すまん」
「いや、いいよ」
「空港だけじゃなく、各所で爆発騒ぎが起きちまって。
死者も重傷者も多数だ。
うちの連中が手分けして対処に向かったが───酷い有様だ」
「・・・・・・」
「すぐには救急隊員も駆け付けられない状況で。
とりあえず、子供らや女性から優先させてもらったぜ」
「そりゃそうだろ。
僕の代わりに誰かが命を落としたなんて、あの世で恨むよ。
ま、根本的に悪いのは、こいつらなんだけどな」
すぐそこでピクリとも動かず伸びてるテロ野郎を、精一杯睨み付ける。
手脚の拘束はもう、バルストが解いてくれたようだが。
なんか『魔法的な治療』が終わるまでは座ってたほうが良さそうだ。
「けどな。
俺のほうから一つ、言っておきたい事があるぞ」
「・・・やめてほしいんだが」
「そうはいくか、馬鹿!
黙って済ませられないから言うんだよ!!」
あー。
説教だな、絶対。
説教は嫌だな。
「お前な!
『一度だけ即死を回避出来る』からって、爆弾に突っ込むのは違うだろう!?
そんな非常識な特典、あっても無くても《逃げる》のが普通だ!
人間として、当たり前の行動だ!
いいか!!
生きるも死ぬも、ゲームじゃないんだぞ!?
アイテム頼りで命を賭けるなんざ、ふざけるにも程があんだよ!!
このド阿呆がッ!!」
「・・・・・・」
「どうせ人間なんざ、放っておいたって寿命で死ぬんだ!
こちとら、そういうのを『込み』で付き合ってる!
それでもな!
何千年経っても、慣れやしねぇんだ!
笑って忘れられるようなモンじゃねぇんだよ!
───”自分の命を賭して、誰かを助ける”!?
おう!
そりゃあ立派だ、マーカス!
お前は勇敢で、正しいさ!
尊敬に値する生き方だよ!
だが、何千、何万人がそれを讃えても!
俺は絶対、お前の死体に拍手をしない!
俺だけじゃなく、他にもそういう奴がいるのに!
そこんトコロを何にも考えてねぇ馬鹿さ加減に、腹が立つんだよ!!
それくらい、想像しやがれよ!!」
俯くしかない僕の頭上から、怒声が降り注ぐ。
───痛い、な。
───体と、それ以外も、ズキリと痛いな。
「・・・・・・バルスト」
「ああ!?」
「・・・僕が、『見えてる』か?」
「互いに見えてるから、会話が成り立ってんだろうが!
空気相手に吠えるほど暇じゃあねぇぞ、こっちは!」
「・・・悪かった、バルスト」
そうだよな。
『見えてる』は、『気にしてる』だ。
ああ。
シンだけじゃないんだ。
バルスト。
ブレイク&エイク。
陳さんも、まっちゃんも。
ピアーゾも。
任務で訪れる度、各地で助力してくれる《騎士団》の団員達も。
僕の事が、『見えてる』んだ。
僕にも同様に、『見えてる』んだ。
そうなんだよな。
頭の中がどうにも、じくじくと痛むせいで。
今頃になって、涙が溢れて。
ポロポロと零れ落ちた。
「本気で説教してくれて、有り難う。
二度と、今回みたいなのはしない。
約束するよ。
心配させて、ごめんな」
「──────」
呆れるくらいに長い溜息が聞こえ。
僕の側頭部から、手が離された。
「まあ───分かったんなら、いい。
《相棒》にはこれからも、言いたいだけ言わせてもらうが。
お前もお前で、《相棒》としての責任を果たせよ?
頼むから───悪魔を悲しくさせるな、ってんだ」
膝先に。
僕のではない水滴が落ちて、染みを広げて。
抑え切れない感情を、喉の奥から振り絞った。




