709話 僕の事を 02
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ガツ、と頬骨に衝撃を感じた時。
すぐに大体の状況を飲み込めたのは、特務員として受けた訓練の賜物だろう。
「───おい、目が醒めたか?」
掛けられた声は横柄で、尊大で。
こういう起こし方をするのは、間違っても救急隊員じゃあない。
瞼を開けたら飛び込んで来た光景も、それを否定している。
目の前に居るのが警察官より怖い奴なのは、起き抜けでも分かることだった。
「・・・まだ眠いな」
ガツッ!
「目が醒めたか?」
「・・・オーケー、十分に醒めたよ」
くそっ。
最悪なシチュエーションだ。
両手は後ろに回して縛られ、腹部と脚も座らされた椅子に固定されている。
これから先、ロクな扱いを受けないのはもう確定か?
トイレに行きたくなったら、どうしてくれんだよ?
盛大に撒き散らすぞ、こんちくしょう。
───まあ、一応は時間稼ぎをしておくかね?
───それが出来るのも、今の内だけだしな。
「僕は空港ロビーの爆発騒ぎに巻き込まれ、意識を失って倒れた。
現在はテロリストに捕まり、人質にされてる。
そういう認識で、合ってるか?」
「結構違うな」
グリーンを基調とした迷彩服、鼻から下をフェイスガードで隠した男が笑う。
「人質なのかは、ともかく。
爆弾とテロリズムを安易に結び付けんのは、感心しないぜ?」
「だったら反政府組織とか、そういうのか?
FPECか、FAAZ。
・・・いや、FAAZは違うな。
RADとか」
「どうしてFAAZを除外した?」
「連中は今、政府と非公式に交渉中だ。
その結果が出るまでは、余計な行動を起こさないだろ」
「───ははは!
良く知ってるな、アメリカ人!大したもんだよ!」
「・・・・・・」
「随分と、あちこちの国を回ってるようだが。
お前は一体、何者だ?
何の目的で入国した?」
ん、パスポートを見られたか?
まあ、そうだよな。
上着の内ポケットは調べるよな、普通。
「ただの、旅行好きなアメリカ人だ。
行き先の情勢くらい、事前にネットで検索するさ」
「なるほど。
言い訳としては、ギリギリの及第点だ。
そういう『ディープな情報』が、何故かネットに出回ることもある。
いやはや、恐ろしい時代になったよなぁ」
「・・・・・・」
「それにしても。
凄いな、お前。
爆弾の至近距離にいながら無傷とは、勲章ものだぜ」
「・・・胸のところに入れてた聖書が、防いでくれたんだろ」
「あの『くたびれた本』の事か?
破片一つ喰い込んでなかったぞ?
というか、お前の服も焦げ跡すら付いちゃいないよなぁ」
「まさに奇跡だよ」
「そうだな。
それは、認めようじゃねぇか。
手榴弾の範囲内に突っ立ってて、仲間がみんなやられて。
なのに大した怪我も無しで平気な奴とか、ごくたまにいる。
実際、自分の目で見たこともあるさ。
《奇跡》ってのは確かに、存在するんだろうよ。
神様なんぞ信じちゃいねぇが、《奇跡》なら信じてやるよ」
「・・・・・・」
厳密に言えば、《奇跡》と《神》はセット販売だけどな。
《我等の主》が関わっておられないなら、どんな現象も《単なる幸運》だ。
僕自身は今しがた、分かっていて嘘をついたけども。
こいつに無くなったロザリオの説明をしても、時間の無駄だろうしさ。
「ま、それはそれでいいとしてだ、アメリカ野郎。
この晴れがましい、《革命的反撃の日》。
奇跡のお蔭で死ななかった『お祝い』に、聞いてやるよ。
───お前。
───何で、爆弾の存在を知っていた?」
「・・・・・・」
男の腰ベルトから引き抜かれた、本来ならば護身用のはずの金属棒が。
僕の顔面スレスレの位置で、かしゃん、と伸長した。
ああ───ヤバいな。
この質問。
どう答えたって『ハマり』な気配がするぞ?




