708話 僕の事を 01
【僕の事を】
───毎日毎日、何でこう面倒臭いんだよ、おい。
いつになったら終わるんだ、このクソな仕事は!
片っ端から掃除してんのに、次から次へ湧きやがって!
カルトってのは、アレか?
ゴキブリみたいなもんか?
いや、ゴキブリだろうと、見えない所で静かにしてるならいいんだよ。
人様に迷惑掛けるから、仕事しなくちゃいけなくなるんだよ。
人類滅亡を信じようが、邪神降臨を企もうが、『それ自体』はいいけども。
せめて綺麗に、自己完結して締めくくれっての。
オリジナルでオンリーワンな『世界観』、結構、結構!
日本で言うところの《厨二病》は、自分だけの特殊設定に縛られる病気だ。
うん。
病気なんだが、そこまで悪いモンでもないし。
僕だってまあ、バッチリ罹患してるさ。
永遠に治りはしないけど折り合いを付け、頭の中でよろしくやってるのさ。
けれどな。
それを他者に強要してしまえば、《犯罪》だよ。
そんなだから、どいつもこいつも《一種指定》にされるんだよ。
もっと慎重に、隠れてやれよ!
真夜中の素敵な祭典は、ちゃんと鍵を掛けた地下室で開催してくれ!
ヴァチカンの爺ぃ共にバレてんじゃねーよ!
お前らがオカシイのはお前らのせいであって、僕は関係無い!
知らないのか!?
成人したらもう、実の両親ですら監督責任を問われないんだぞ!?
『愉快な日記』を一般公開し、あまつさえ高額で売りつけてくんな!
潜入任務の都合上、とりあえずは買ったけど!
経費で落ちなかったら、どう責任取ってくれるんだ!?
バーカ、バーカ!!
Ass Hxle!!
───ふう。
───まったく・・・やれやれ、だよ。
ローテンション系の有能主人公みたいな台詞を、喉奥に封じ込め。
肩に食い込むボストンバッグと、ガタガタうるさいトラベルケースに溜息。
まあ、いいさ。
次の任務地へ向かおう。
僕は隙間無く入れてくださりやがった《お仕事》を、精一杯に頑張るのみだ。
当然、『怪我せず逃げる』が第一目標で。
第二、第三が無くて、第四が『ご当地の美味い物を探す』だけどな!
今回もまた、いつもの《格安航空》で空を旅する予定だ。
機内食も乗り心地にも、はなから期待していない。
搭乗時間までかなりあるが、手続きだけは早めに済ませておくか。
これまでに何度も、保安検査場で足止めをくらってきたからな。
こちとら、荷物の中身にケチ付けられるようなヘマはしないんだけども。
僕以外の客が『やらかした』場合、巻き添えを喰う可能性があるんだよな。
ちくしょうめ。
非合法薬物くらいはイマドキ、ドローンで受け渡せっての。
それか、海上で落ち合ってゴニョゴニョしろよ。
どっかの経済制裁された国みたくさ。
───それにしても、これ・・・ついにキャスターが壊れたか?
───尋常じゃない音を立てるトラベルケースを引き摺り、歩いていると。
”マーカス”
不意に、胸元のロザリオからクライマンが呼び掛けてきた。
”うん?どうした?
《騎士団》の仲間でもいたのか?
挨拶しとくかな、団員として”
”違う。止まれ、マーカス。
すぐに引き返せ”
”は??
延々とバスに乗って空港まで来たのに、何言ってんだよ。
飛行機ってのはな、しょっちゅう待たせるが、絶対に待ってくれないんだぞ?”
”いいから、戻れ。来たほうに走れ。
今すぐに”
”いや、だからさ”
”40メートル先の椅子に、爆弾が設置されてる。
あと30秒で、爆発するから”
”───はあ??”
普段みたいな中年の泣き声じゃなく。
妙に落ち着き、淡々としたクライマンの口調。
ぞわり、と。
背筋に恐ろしいものが、纏わり付いた。
”───お前、マジで言って”
”いいから、走れ。急げ”
40。
40メートル先?
椅子って───窓の側に何列かある、『待ち合い席』のことか??
それって。
今、人が。
家族連れとかが、座って──────
「あ、ああああああああ!!!」
荷物を投げ出し、全力で突進した。
前方へ。
「爆弾だッ!!
逃げろッ!!
走って逃げろッ!!早くッ!!!」
両手を広げ、振り回しながら叫んだ。
「今すぐ、逃げろッ!!!
走れッ!!!」
これまで一度も出したことがない、限界一杯の絶叫。
呆気に取られていた旅行客らしき一人が、ようやく動き。
それにつられて皆が、僕から離れて走り出した。
「急げッ!!!爆弾が」
───何も音は、しなかった。
───痛みも無かった。
目の前がただ、白一色になって。
僕は──────




