表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
708/738

706話 あなたの事が 02


「───さてと。

本日は、《生命》についてお話ししたいと思います」



喝采が静まったところを見計らい、司祭は目を細めて微笑んだ。



「これは私にとって、《不変のテーマ》でありまして。

何処(どこ)の教区に吹っ飛ばされても、必ず各地でお伝えしている事です。

ええ。


いやいや、そう警戒なさらずとも結構。

一応、カトリックの教えに『(かす)るくらい』はしています。


ひょっとすると、そのせいで私の肩が叩かれているのやもしれませんが!」



またしても上がる、大きな笑い声。



「《命》とは、大切なものである───誰もがそれを知っています。


法律によって保証され。

傷付けるのであれば、刑罰に問われ。


けれども皆、どれほど大切なのかを具体的な言葉で表現しない。

価値を明確に示さぬまま、暗黙のルールに従っているのが現状のようで」


「しかし、ですね。

《命》には、良くも悪くも『価値』があります。

そして、『価値』というものは全て、比較対象との差で計算されるもの。


お金の種類に、5セント硬貨や10ドル紙幣があるように。

それで何が買えるのか、時勢に応じて変動するように。


《命の価値》にも実は、上下があります。

値段があるのですよ、はっきりとね」


「───いいですか、皆さん。

その残酷さから逃げることなく、聞いていただきたい。


この世に存在する《命の価値》は、少しも平等ではありません。


サンドイッチとほぼ同じくらいの《命》や。

その包み紙にさえ満たないような《命》があり。


一方で、千ドル一万ドル払っても買えない《命》がある。

誰かに踏み付けられ、捨てることを強要される《命》だってある。


そもそも、人間に生まれていなければ、価値すら付かないのが殆どだ。


寿命を全うすることなく、食肉として(さば)かれるか。

道端に生えたが故、雑草と扱われ引き抜かれるか。


生まれてから誰にも大切にされなかった、安い《命》も転がっている。

その価値を決めたのは、他の誰かで。

文句を言う間も与えず、無慈悲に奪ってゆくのもまた、知らない誰かだ。


これこそが《命》というものを取り巻く現実であり、真実なのです」


「───たとえば病気や事故によって、貴方の息吹が消えようとする時。


当然ながら最も死を拒絶するのは、当事者の貴方だ。

自分の《命》に一番高い価値を付け、生きることを望むのは貴方自身だ。


その次に”死んでほしくない”と願うのが、貴方の家族や愛する者達で。

勿論、御親友であれば、貴方の一刻も早い回復を心より祈ることでしょう。

近所の方々も心配し、誰が代表で見舞いに行くか相談する筈だ。


幼い頃に遊んだきりで今は疎遠な人とて、知らせを聞けば顔を曇らせ。

溜息をつき、”助かってほしいな”くらいは思うに違いありません」


「───ですが。

大体はまあ、その辺りまでだ。

そこが限界だ。


隣町の住人に貴方の容態を語ったところで、同情はされない。

精々、”それは大変ですね”という、ごく形式的な文言が返されるだけ。


州を(また)ぎ、国境を越えなどすれば、どうなるか。

もはや、誰も貴方の生死に(こだわ)る理由が無い。

無視なら無視で、そっぽを向いてくれればいいのですがね。

黙っていてくれたほうがマシだ、という言葉を投げられる場合すらある。


”ねえ”

”君は、10秒間で世界中の何人が命を落としているか、知ってる?”


なんて、雑学クイズの(てい)でね。


《命の価値》。

いいえ、《誰かの命》なんて、所詮はその程度に扱われるもの。


泣こうが喚こうが、これぞ現実の、偽りなき姿なのですよ」



一抹の嘆きと、静かな怒り。


水の入ったグラスに口を付ける巨漢司祭。

それを凝視する聴衆達。



壇上の人物が『直前の言葉』を飲み(くだ)せていないのは。

彼を忌み嫌う《関係者》の目にすら、明白な事だった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ