706話 あなたの事が 02
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「───さてと。
本日は、《生命》についてお話ししたいと思います」
喝采が静まったところを見計らい、司祭は目を細めて微笑んだ。
「これは私にとって、《不変のテーマ》でありまして。
何処の教区に吹っ飛ばされても、必ず各地でお伝えしている事です。
ええ。
いやいや、そう警戒なさらずとも結構。
一応、カトリックの教えに『掠るくらい』はしています。
ひょっとすると、そのせいで私の肩が叩かれているのやもしれませんが!」
またしても上がる、大きな笑い声。
「《命》とは、大切なものである───誰もがそれを知っています。
法律によって保証され。
傷付けるのであれば、刑罰に問われ。
けれども皆、どれほど大切なのかを具体的な言葉で表現しない。
価値を明確に示さぬまま、暗黙のルールに従っているのが現状のようで」
「しかし、ですね。
《命》には、良くも悪くも『価値』があります。
そして、『価値』というものは全て、比較対象との差で計算されるもの。
お金の種類に、5セント硬貨や10ドル紙幣があるように。
それで何が買えるのか、時勢に応じて変動するように。
《命の価値》にも実は、上下があります。
値段があるのですよ、はっきりとね」
「───いいですか、皆さん。
その残酷さから逃げることなく、聞いていただきたい。
この世に存在する《命の価値》は、少しも平等ではありません。
サンドイッチとほぼ同じくらいの《命》や。
その包み紙にさえ満たないような《命》があり。
一方で、千ドル一万ドル払っても買えない《命》がある。
誰かに踏み付けられ、捨てることを強要される《命》だってある。
そもそも、人間に生まれていなければ、価値すら付かないのが殆どだ。
寿命を全うすることなく、食肉として捌かれるか。
道端に生えたが故、雑草と扱われ引き抜かれるか。
生まれてから誰にも大切にされなかった、安い《命》も転がっている。
その価値を決めたのは、他の誰かで。
文句を言う間も与えず、無慈悲に奪ってゆくのもまた、知らない誰かだ。
これこそが《命》というものを取り巻く現実であり、真実なのです」
「───たとえば病気や事故によって、貴方の息吹が消えようとする時。
当然ながら最も死を拒絶するのは、当事者の貴方だ。
自分の《命》に一番高い価値を付け、生きることを望むのは貴方自身だ。
その次に”死んでほしくない”と願うのが、貴方の家族や愛する者達で。
勿論、御親友であれば、貴方の一刻も早い回復を心より祈ることでしょう。
近所の方々も心配し、誰が代表で見舞いに行くか相談する筈だ。
幼い頃に遊んだきりで今は疎遠な人とて、知らせを聞けば顔を曇らせ。
溜息をつき、”助かってほしいな”くらいは思うに違いありません」
「───ですが。
大体はまあ、その辺りまでだ。
そこが限界だ。
隣町の住人に貴方の容態を語ったところで、同情はされない。
精々、”それは大変ですね”という、ごく形式的な文言が返されるだけ。
州を跨ぎ、国境を越えなどすれば、どうなるか。
もはや、誰も貴方の生死に拘る理由が無い。
無視なら無視で、そっぽを向いてくれればいいのですがね。
黙っていてくれたほうがマシだ、という言葉を投げられる場合すらある。
”ねえ”
”君は、10秒間で世界中の何人が命を落としているか、知ってる?”
なんて、雑学クイズの体でね。
《命の価値》。
いいえ、《誰かの命》なんて、所詮はその程度に扱われるもの。
泣こうが喚こうが、これぞ現実の、偽りなき姿なのですよ」
一抹の嘆きと、静かな怒り。
水の入ったグラスに口を付ける巨漢司祭。
それを凝視する聴衆達。
壇上の人物が『直前の言葉』を飲み下せていないのは。
彼を忌み嫌う《関係者》の目にすら、明白な事だった。




