705話 あなたの事が 01
【あなたの事が】
「───お集まりの皆さん、御機嫌よう。
慌ただしく気忙しい季節にも、ようやく一区切りが付きましたな」
壇上に立った巨漢の声が、壁際のスピーカーから響けば。
まだ幾らも語っていないにも関わらず、深く相槌を打つ聴衆の動作。
だが。
一段下った両袖に立つ、カソックを着た面々の反応は『微妙』だ。
聴衆と同じく、好意的に捉えている事を表情に現す者。
神妙に唇を引き結び、一切の感情を表に出さない者。
そして。
”この時間が不快である”と、明らかに恨みがましい視線で訴えている者。
───巨漢の司祭は、少しもそれらに気を留めず。
───留めぬから一層、増幅されてゆく『好意』と『不快』の数々。
「実りの秋。
畑仕事の大半が終わって皆さん、ほっとしているところでありましょう。
私なども地域の子供達と共に、つたないながら収穫の手伝いをしたり。
そのご相伴にあずかったりと、充実した日々を過ごしていた訳ですが───」
ゴホン、と低く小さな咳払い。
「中には、気付いておられた方もいらっしゃるかもしれませんな。
我々、教会関係者の一部が。
気もそぞろ、どうにも『そわそわ』と落ち着かない素振りを見せていた事に」
「───ええ。
カトリックでは大抵、《復活祭》の前あたりに重大な告知がありまして。
司教とか。
管区大司教だとか。
そういう、どうやって決めたか良く分からない『偉い人達』の人事発表が」
「ただ、それ以外の者に関しては、地域や国でバラバラでしてね、はい。
正式に何月に下される、などは決まっていません。
大概はいきなり、ポツリと一つが発表され。
そこに『ついで』とばかり連続して、と。
まあ、そういうシーズンが。
今年はたまたま、先月だったという訳ですな!」
朗らかに語られるは、《説教》の内容として首を傾げるような『身内話』。
着席者の半数が、ちらり、と前方の《左袖》を見て。
視線を集めた者はそれに気付かぬまま、中々の形相で壇上を睨んでいた。
「───さりとて。
私としては、どうでも良い事に過ぎません。
信仰という海に漕ぎ出し、半世紀。
大いなる神から、様々な試練を賜わり。
そこへ更にカトリックの《上のほう》から、追加の『荒波』を頂こうとも。
私は粛々と、それらを乗り越えてゆくでしょう」
「なぁに、御心配には及びません。
当教会に携わる多くの方々に、良くしてもらっているのですよ。
本日のように《説教》の番が回ってきた時など、それはもう!
責任者であるアモンド司祭が、慈愛に満ちた目で見守ってくださるのです。
素晴らしく『ねっとりと』、ね!」
清々しいほど開き直った『弄りっぷり』に応える、笑いの渦。
名指しされた男の顔が、怒りで真っ赤に染まり。
その隣にいた者が笑いを堪えるべく、震えながら俯く。
「であるからして、このドンソン・ハワード。
異動だの左遷だのという『戯言』で、心乱される事はありません。
まったくもって、聴く耳を持たないのです、ええ!
世界の何処で暮らそうとも。
長ったらしい役職名みたいなものが、あろうと、なかろうと。
私のやるべき事は、昔から何一つ変わらないのですよ。
はっきり申し上げて。
『ヴァチカンなど、何するものぞ』でありますな!」
堂々と胸を張って、言い切り。
そこからやや置き、男は片目だけ閉じてみせる。
「───まあ、嘘なんですけども」
古びた礼拝堂に、爆笑と拍手が鳴り響いた。




