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704話 期待の新人 03



「あー、えー・・・クラ?・・・クラリス?」


「クレントス・デイバーです」


「そう、クレントスな、クレントス!

それでお前、これからの事とか、社長に何て言われてんの?」


「”しばらくは、ウチで寝泊まりしていい”。

”しっかり練習して、早く一人前のレスラーになれ”、と」


「まあ、そうだな。

社長はそういうところ、ザックリ大雑把に決めるからなぁ」



事務所に併設されたこのプレハブには一応、空き部屋も同然な場所がある。

殆どの面積はトレーニングルームが占めているんだが。

そことロッカールーム以外なら、好きにしていいだろ。


特に休憩室なんかは、誰も使ってやしないからな。

あそこの広さなら、ある程度の私物を持ち込んでも寝転がれる筈。

元から置いてる物は、倉庫にでも入れとけばいいか。



「荷物って、それだけか?」


「はい。これで全部です」



クレントスの足元には、ボストンバッグ。

こいつ、本当に着替えくらいしか持たずに押し掛けやがったな。


いきなり日本へ来て、いきなりレスラー目指すとか正気か?


無茶を言う社長も社長だが、このクソデカ男も相当にアレだ。

どっか一本、頭のネジが飛んでやがるぜ。



「あ」


「どうした?」


「もう一つ、竹中社長から言われている事が」


「ん?」


「オレのリングネーム、《地獄の借金王・クレントス》らしいです」


「・・・おう。

それ以外にないだろうなぁ、さっきの聞いた限り」


「《取り立て屋》が放つラリアットを、(ことごと)()(くぐ)り。

場外へ逃げて、お客さんを盾にして相手の猛攻をやり過ごすらしいです」


「馬鹿野郎!

あの人、ノリだけで全部なんとかする気か!」



いやマジで、どういう世界観だ?


逃げずに戦えよ、試合が成立しないだろ。

そもそも普通は、場外に出たらレフェリーのカウントが始まるんだよ。

無制限でやれんのは、タッグマッチで『待機側』な時の乱闘くらいだよ。



「だからオレ、とりあえずはラリアットの(かわ)し方を教えてもらいたくて」


「ちょっと待った。

お前、プロレスをナメてるだろ?

ラリアットってのはな。

単純なように見えて、実はとんでもなく奥深いんだぞ!」



悪気は無いんだろうが、巨人さんの発言で俺の《魂》に火が付いた。

入団前、《プロレスおたく》だった頃のヤバい部分に、燃え広がっちまった。



「・・・いいか?

よく聞け、クレセント」


「はい。クレントス・デイバーです」


「レスラーは、様々な技を駆使して対戦者のフォールを奪いに行くわけだが。

その過程で《打撃系攻撃》は大概、キメの一撃にはならない。

往々にして、『次』へ繋ぐ為の布石。

ボクシングで例えるところの《ジャブ》に過ぎん。


・・・だがな。

それでもだ。


どんな場合であれ、必ずラリアットは。

力強く!

美しくなければいけない!


抜き放たれた《(やいば)》のように!

颶風(ぐふう)を巻く《斧》の如く!


お前はそのラリアットを、”(かわ)す”と言うが。

それだけじゃあ済まされないぞ。

試合の進行上、どうしても喰らわなきゃいけない場面だってある。


その時に、どうするか!?

どうあるべきか!?


雷光を思わせる一閃。

爆発。

余韻。


ラリアットは。

それを放つ者と受けた者、両者の協力によって昇華する。

輝いて、真の完成に至る。


それは正に、儀式!

様式美!


目の肥えたファンを唸らせ、満足させる為には───」




うむ、やっちまった。

ちょいと熱くなり過ぎて、長々と語ってしまったけども。


そういうのより、最初はレスラーとしての基本を、って事で。

まず初日は、体力チェックからだ。


腕立て、腹筋、スクワット。

勿論、ハンパな回数じゃあ終わらないぞ?

特にスクワットは、体重が重い奴ほど泣きが入る。

胸板や腕だけでじゃなく、きっちり下半身を鍛えてなきゃ耐えられないぜ?



さあ!!

お前は本物のレスラーになれんのか、《借金王》!?




俺はこの時。


2時間後にぶっ倒れる自分の運命(さだめ)を、知らなかったのさ───



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