702話 期待の新人 01
【期待の新人】
プロレスラーってのは、稼げない。
熱心なファンの夢を壊すみたいで、悪ぃんだけども。
プロレス自体が儲からないんだから、レスラーだって稼げる訳がない。
昔は人気があって、野球みたくTVで試合が放映されてたらしいけどな。
現代じゃあ、お茶の間に顔を売るチャンスだって殆ど無し。
プロレス観たきゃチケット買うか、有料チャンネルと契約するかだ。
ファンの少なさは、需要の少なさの証明でもある。
この御時世に好き好んでレスラーになろうって奴はまあ、いないよな。
子供の『なりたい職業』とか、ランクインすらしてないだろうよ。
マジで、レスラーは稼げない。
稼げない上、中途半端な金じゃあ食費だけで吹き飛び、家賃分も残らない。
俺が所属してんのは、ギリギリ中規模と呼んでもいいような団体だが。
そこで中堅の俺でさえ、給料だけでは食っていけない。
肉体労働の仕事と掛け持ちでなんとか、ってな状態だ。
───そうだよ。働かなきゃ、食えない。
───食えないってのによ。
興行が明け、”さあ、引っ越しのバイトでも”って時に、社長の呼び出しだ。
”新人を入れたから面倒見てくれや!”と、気軽に言いやがった。
それも。
”2ヶ月くらいでリングに立てるように仕込んどけよ!”、ときた。
慌てて詳しく聞けばさ。
来るのは『プロレスのプの字も知らねぇ初心者だ』、とか抜かしやがる。
いやいやいや!
そりゃあ無理だよ、どうやっても!
アマレス出身だろうが、学プロ王者だろうが、普通は《練習生》からだ。
いくら体がそれなりで、パワーがあっても関係無い。
プロレスは、アホほど相手の攻撃を喰らう商売だ。
相手は平然と、反則攻撃すら仕掛けてくる。
それを喰らって喰らって、最後の最後まで倒れちゃいけない。
ちゃんと受け身が出来なきゃ、一発で死ぬぜ。
冗談じゃなく、すぐに大怪我して再起不能になる。
見栄え良く、痛くないように投げてくれるだろう、なんて期待したらダメだ。
がっちり腕を固めた上で、頭からマットに落としてくるのだっているんだ。
まず、自分の身は自分で守るべし。
そして確かな技術を身に付けた上で、『魅せる試合運び』もしなきゃいけない。
マイクパフォーマンスと、場外での『予定された襲撃』。
常に因縁ドロドロのストーリーを更新し続け、その伏線回収だって必須だ。
素人を試合に出したところで、棒立ちのカカシだよ。
お客が白けちまうっての。
”2ヶ月で仕込め”??
プロレス舐めてんのか、クソボケ社長!!
俺が練習生だった頃は散々、プロは甘くねぇだの説教垂れといてよ!
自分はこれか!?
『投げっ放しジャーマン』か!?
平日の朝っぱらからゴルフに行くとか、いい御身分だな!!
もっと給料よこせよ!!
───奥歯を噛み締め、渋々とモップで床掃除をしていたら。
───換気の為に開けていた窓の向こう、室内を覗く男と視線が合った。
「・・・・・・」
「あの、すみません」
「ああ?」
「竹中社長に言われて来たんですけど。
表の入り口、開かなくて」
「あー、アンタが新人さんか?
事務所のほうは鍵が掛かってんだよ、悪ぃな。
ぐるっと廻って、中庭のドアからプレハブに入ってくれ」
「分かりました、どうも」
男は、俺が教えた通りに外を歩き過ぎてゆき、見えなくなった。
うん。
社長から聞いてはいたが、ホントに外国人だわ。
何だ、ありゃ?
滑り台みてぇな鼻してたぞ?
そのくせ日本語、やたら上手いしさぁ。




