701話 希望の風 05
・
・
・
・
・
・
・
”ほい、これで終わりー”
タカタカ、とモールス信号の電鍵機に猫パンチしていたクラップが言う。
”向こうからも来たよ。《点検、お疲れ様ー》って”
「よぉし。それじゃあ、オヤツの時間だな!」
””””うわーーい!!””””
ログフォルドの言葉に、子猫達が一斉に彼から飛び降り。
クラップもダッシュで寄ってくる。
「まあ、待て待て。おチビが先だぞ?」
””””はーやーくーー!!””””
日本製造の細長いプラパックから押し出される、ペースト状おやつ。
それを夢中で舐める2匹と、後ろで『催促の舞』を踊る2匹。
親友の腕は2本しかないので、仕方無い。
手伝いたいのは山々だが残念な事に、私にはまだ仕事が残っている。
───日頃から付き合いのある猫達、それぞれの名前と健康状態。
───ロンドンの様子を電鍵機で猫王宛てに送るのが役目だ。
これらはクラップに打ってもらうには長過ぎる上。
天使である私が発信することにこそ、意味がある。
あれからロンドンは、天界と地獄の両陣営が協議した結果。
『双方立ち入り禁止区域』から『完全和平モデル区域』へと名称変更された。
ここに立ち入ることが許されるのは現在、2名の《和平大使》のみ。
天界からは、私が。
地獄からは、ログフォルドがその任に就くことになり。
これまで上海で開催されていた『定例交渉会』も、会場がロンドンに変わる。
私達の他に特例でこの地を踏めるのは、その出席者くらいだ。
そして、私は。
《和平大使》としての報告を逐次、天界へと送っており。
しかし、同一の内容を猫王にも届けている。
即ち。
間接的にではあれど、事実上の『情報漏洩』を意図して行っている。
はっきり言うが。
私は、天界の上層部を信頼していない。
少なくとも、和平に関しての政策には、微塵も期待を持っていない。
猫達から聞いた話だが、当時真っ先に動いたのは魔王陛下。
天界ではなく陛下のほうから先に働き掛けて、《ロンドン事変》が終結し。
その後の新しい在り方が策定された。
私は、『敵』である者からの訴えであろうと聞いてくれた陛下を信じる。
愛すべき猫達が信じているのだから、それはもう、思いっ切り信じる。
これで『上』がケチを付けてくるならば、私は即座に天使をやめる覚悟だ。
猛然と《堕天》して、髪型を変えてやる。
がっちりと、立派なリーゼントにキメてみせよう。
両親が泣こうが、整髪料に月々幾ら掛かろうともだ。
───まあ、未来の事はさておいて。
───実はもう一つ、やるべき事が控えている。
「なあ、セルディオル。
お土産って結局、何にしたんだ?」
「悩みに悩んだが、無難にゆくことにしたよ。
『袋一杯のリンゴ』だ。
様子を見て追加も出来るよう、準備だけはしている」
「オーケーオーケー!」
”気を付けなよー?あいつら犬科だけど、犬より狡いからー。
あと、あんまり『匂い』付けてこないでね?”
「心配してくれて有り難う、クラップ。
出来るだけ触らないようにして、帰ってくるよ」
勿論、そうしたい。
そう出来たら良い、とは思っているが。
こちらから触らなくとも、向こうが物凄く『触られる気』なのが問題だ。
ロンドンは、キツネの宝庫である。
完全にエキノコックスが駆逐されたこともあり、市民から大いに愛されている。
旅行者用の観光ガイドにも載るくらい、名物的な存在だ。
しかし近年は、いくら何でも数が増えすぎてしまった。
そのせいで猫を含め、他の野生動物にまで被害が及び。
車両との事故件数も、毎年増加の一途を辿っている。
そんな彼等を、如何に穏便な方法で《頭数制限》するか。
これから私とログフォルドは、あちらの代表者と話し合いにゆくのだが。
『代表』にその意向を通してくれた一般キツネ達が、恐ろしくフレンドリー。
《超構ってさん》の、《いたずら系甘えん坊》。
果たして、そのトップに君臨する者は。
キツネ王ならぬ、『キツネ皇帝』とはいったい、どれほどのアレなのか!
もしかして、側近を何匹も連れて待っているのか!
”・・・言っとくけど、そんなにいいモノじゃないからね?
あいつらの毛は、バッサバサのゴワゴワで。
触り心地は絶対、猫の勝ちだからねー?”
「大丈夫さ、クラップ。
私は何があろうとも、永遠に『猫派』だよ」
そうだ、けっして堕ちてはならない。
しっかりと気を引き締め。
相手の押しに負けないようにしなければ!




