700話 希望の風 04
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”めんどくさいなー、もーー”
ひょい、と制御盤に飛び乗り、大きな欠伸をするのは。
薄い蒼の瞳、白黒分けの猫。
《通信士》のクラップだ。
”あのねー、そうそう壊れやしないってば。
これ、魔王陛下特製のやつだよー?”
「だとしても、この世に『絶対大丈夫』は無ぇからな。
ほれ、月イチの点検で安心が買えりゃ、安いモンだろ!
頼むぜ、《通信のスペシャリスト》!」
”むむーー。後で美味しいオヤツとか、くれるー?”
「当然さ!
おチビ達のだけじゃなく、お前の分も持って来てるからな!」
クラップを上手く宥めるログフォルドの腕には、子猫が抱えられ。
その右肩に、もう一匹。
そして更に、御自慢の『金色リーゼント』の頂上にも一匹だ。
いやはや凄い。
あんな、伝統的ドイツパンより硬い物体に好んで陣取るとは。
恐るべし、子猫の行動力よ。
───ここは、ロンドン各地に点在する《猫用避難所》の1つ。
───あの日、私達が命からがら逃げ込んだ、忘れ得ぬ場所である。
追っ手が迫る中、馴染みの猫達3匹に先導されて辿り着いた楽園。
いや、避難所。
そこにひしめき迎えてくれたのは、どれも知った顔。
私とログフォルドが朝に夕にと付き合ってきた、外暮らしの猫達だった。
そして、彼等から聞かされた衝撃の事実が。
たった今、地獄在住の同族から受信したという『蜂襲来の知らせ』。
つまり、悪魔の首都を攻撃しているのは、天使ではなく。
いよいよもってロンドンの騒乱は、とんだ見当違いだという事。
”これ多分、天界を襲ってるのも蜂だよね?”
”蜂って、デカいの?”
”宇宙帰還の年寄りから聞いたことあるぜ。車より大きいってさ!”
”うわあ、絶対無理だ!おれ、ミツバチでも怖いもん!”
”おい、そこはせめてスズメバチって言っとけ”
緊張と不安のせいか、喋りながらも一斉に纏わり付いてくる数十匹。
満身創痍であれど、つい条件反射で撫でさする私達。
───それらを静かにさせたのが、クラップ。
───1980年代の放送設備に酷似した機器を背に、彼はこう言った。
あんたらの避難が完了するまで待っていた。
自分は、ここの《通信士》だ。
設備を作ったのは魔王陛下で、救援要請は当然、陛下にも送れるが。
しかし自分達としては、まず『猫王』に連絡するのが道理。
そこから『猫王』が、陛下に知らせる事になるだろう。
そして。
《通信士》というものは、単に機械を操作するだけでじゃない。
『何を』『どういう具合に送信するか』も重要な職務だ。
シンプルに、”ロンドンで天使と悪魔が争ってます”。
もしくはそこに加えて、”仲良くしてる天使も、一緒に避難してます”。
だけど、それだけじゃないだろ?
あんたは、どうしたい?
どう思っていて、何を伝えたい?
《猫用避難所》に入れるのは、猫が認めたやつだけ。
あんたは僕達の仲間だから、発言権があるし。
言いたい事があるんだったら、ちゃんと送信してあげるよ?
さあ、どうする??
───その瞬間。
───これまで一度たりとも考え付かなかった《選択肢》が、生まれた。
私は。
私の上司たるサイグレイス情報次官を、悪く思ってはいない。
だが、もしも今、彼に連絡出来るとして。
包み隠さず胸中を告白しようが、無意味に終わる。
私の訴えがその先へ、上層部まで届けられる確率はゼロだ。
問題は、ロンドンの局地戦のみに留まらない。
私も、ログフォルドも。
戦争自体が嫌なのだ。
これ以上、繰り返してほしくない。
誰かの命が失われるのも。
追い立てられ、何かを諦めて逃げるのも。
きっと、そんな感情を押し殺し。
避難所の外で自分も狂ったふりして戦っている、誰かの悲しみも。
これは、『絶対に避けて通れない戦い』か?
命の遣り取りをしなければならない、極限の事態か?
とても、そうであるとは思えない。
だから、私の言葉が届くなら。
聞いてもらえるならばもう、陣営なんて関係無い。
敵の戯言と笑われても、せめて争いを望まぬ者達の意見を知ってほしくて。
戦うメリットだけでなく、戦わない理由にも目を向けてほしくて。
「──────クラップ、お願いだ」
しっかりと視線を合わせ。
私は、職務に忠実な誇り高い《通信士》に続けたのだ。
「以下の内容を送信してくれないか。
シェルター内に避難した天使が、魔王陛下に対して意思を表明している。
その者の名は、セルディオル・アルディ・カインド。
所属は、情報部第2局・地上諜報課───」




