699話 希望の風 03
身も蓋も無い話だが、私は大して強くない。
各種戦闘過程の終了証書は持っていても、それは机上を飾る置物にすぎず。
実際の戦いとなれば、私より強い者は幾らでもいる。
先の大戦時における従軍経験も、激戦地帯の出身者には遠く及ばない。
そして。
何より、数が違う。
周囲全てが敵で、援護もゼロだ。。
かねてより考えていた《想定》は、少しも意味を為さなかった。
ログフォルドを守りながら闘おうなど、思い上がりだった。
あっという間に私達は負傷し、逃げ惑うしか手が無かった。
───以前ウエールズで、三毛柄のブライアンに語った『逃走計画』。
───遠距離探査船に潜り込み、外宇宙へ脱出するプラン。
それをすぐ実行に移せなかったのは、ひとえに私の意思の弱さである。
命の掛かった土壇場なのに、あれこれと思案し過ぎた。
先を想像して恐れるあまり、躊躇してしまったのだ。
逃亡が失敗した場合は、どうなるか?
諜報任務を放棄して現場を離れる行為自体は、軍籍の剥奪と禁固刑で済む。
ただし、勝手な判断で情報を虚造していたほうは、極めて重罪だ。
生死を問わず大法院に送られ、裁かれるのが確定。
たとえ死刑を免れようと、ログフォルドとはこれっきりになる。
そして、上手く逃げおおせたとしても、当然ロンドンには戻れない。
二度と、ここへ帰って来ることは叶わない。
いつもの映画館でB級映画を鑑賞し、感想を語り合うことも。
ハーレーの後ろに乗って、ドライブすることも出来ない。
これまでの当たり前と思っていた日常を、丸ごと捨て去らねばならない。
だったら、もう。
どちらにせよ、これは『終わり』ではないのか?
───判断の遅れは、致命的だった。
───そうしている間に、状況は更に悪化した。
誰がいつ持ち込んでいたか不明の《干渉機》が、複数台起動され。
天使と悪魔、両陣営が構築した《転移阻害陣》によって、脱出も不能となり。
『敵』は、どうあっても『裏切り者』を始末するつもりだった。
ロンドンにおける情報を私達が意図的に捻じ曲げ、操作していた事。
それは、とうの昔から怪しまれていたらしい。
反対陣営に通じている可能性が高い、不審な2名。
即ち。
丁度良く、この第二次『大戦』勃発の『首謀者』だと見なされたのだ。
ログフォルドは負傷に加え、戦争疲弊症の発作で青褪め、痙攣し続け。
私は『法錬基底部』がほぼ全損、防御法術も張れない状態に追い込まれた。
せめて都市部から離れ、人間を巻き込むのを防ごうとするも、逃げられない。
速度が出せず、追撃を振り切れない。
”ちくしょう・・・これだから、戦争ってヤツは、よ・・・”
背中で呻く、親友の声。
”どうせ・・・死んでゆく奴には何の得も無く、名前すら残らないってのに”
”ああ───特に『これ』などは───上層部の得にさえならないかもな”
天界も地獄も、その首都が直接攻撃に晒されているとしたら。
どちらが勝利するにしても、ロンドンでの局地戦など何の関係も無い。
意味が無い。
もっと言えば、ここは元々が『双方立ち入り禁止区域』。
”誰も居ないはず”の場所だ。
死のうと生きようと最初から、ものの数に含まれていない。
互いを騙して出し抜こうと、諜報員を送り込んで暗躍した結果。
その結果が、これなのか?
どちらが優位に事を運ぶでもなく、いきなり同時に《首都攻撃》?
馬鹿らしいじゃないか、全部が全部!
上層部はロンドンの情報をどう処理して、そんな行動に踏み切った!?
逃げる力も尽き、もはやこれまで、と観念して座り込み。
たった2名の『非戦派同盟』が、最後の愚痴吐きに毒を込めていた時。
”おい、見つけたぞッ!”
”こっちだ、こっち!”
”早く来いッ!!”
瓦礫が散乱する路地跡、すぐ横の壁穴から、ぴょこん、と顔を出し。
ギリギリで私達を窮地から救ってくれたのは。
この世で最も愛らしく、美しき存在。
つまり───《猫》であった。




