696話 優しい上司 04
「ねぇ」
「何だ」
「カルロゥの部下に、からすはいないの?」
「カラスって、『告げる大鴉』の事か?」
「うん」
「いるわけないだろ。
俺が言うのもアレだが、あんなコントロール不能な連中はアウトだ。
どんな計算も、木っ端微塵の台無しになっちまう」
「たしかに。
カルロゥの弟は、凄くて伝説きゅう」
「さっきの女も、相当だぞ?
恥ずかしいくらい有名で、超が付く金持ちではあるが。
情報収集に関する能力は、《商家》の中でも非常に高い。
あと。
女淫魔じゃないくせに、男を手玉にとるスペシャリストだ」
「わたしより?」
「そうだな───まあ、同じくらいか。
厄介で、えげつないのも含めて」
「・・・ほほう」
「痛ぇな!
もう少し手加減しろ、手加減!」
「健康そくしんには、常に耐えがたい苦痛がともなう」
「その時点でもう、『健康』の範疇からハミ出してんだろ」
「おきゃくさん、かゆい所はありますか?」
「痛い所しかねぇよ。
《かゆい》が何か、思い出せないくらいだよ」
シャツを脱がされ、うつ伏せでソファに寝た男。
その腰上あたりに座った少女が施術するのは、マッサージ。
ただ、正確には。
マッサージの名を借りた、《大蜘蛛式肉体可動術》。
攻撃と健康体操が表裏一体の、下手をすれば犠牲者が出る《荒技》である。
「本当ならこれ、ぜんぜん痛くないはず」
「おい。
だったら何か、間違えてるんじゃねぇのか?」
「おきゃくさん、動くともっと痛くなります。
ばあいによると、死ぬよりひどいです」
「勘弁してくれよ。
ミスったら溶かされる『ペロペロ』といい、『これ』といい。
お前の特技はどうも、リスクが大き過ぎるな」
「ふだんカルロゥがやってる事も、おんなじ」
「───ん───」
「たくさんの、頭がいいのを使ってるけど。
それらはいずれ、じょうしであるカルロゥを裏切る」
「そうか?
可能ならやってみせてくれ、って感じだが?」
「・・・・・・」
「現在のところ、俺は部下の誰も信用していない。
そういう段階まで踏み込んでる奴が、まったくいない。
つまり。
俺を油断させる事も出来ないのに、裏切りを成功させられるわけがねぇな」
「自信まんまん、だ」
「おうよ。
いつか、絶妙なタイミングで《黒輪商家》を乗っ取ってほしいもんだ。
そうしたら、それを奪い返す『仕事』が増える。
まさに、あいつらが俺に出来る最高の恩返しだろうよ」
「・・・・・・」
「おい。変態、って言うな」
「こころをよまれた!」
「いや、マジでそろそろ仕事に戻らせてくれ」
「きゃっかする。
カルロゥの仕事は全部、みんなで分担してこなす」
「そうはいっても、週末だから結構な量だぞ?
出来るのか?」
「できる。
終われば、わたしが『ごほうび』をあげるって、約束したから」
「お前自らが、率先して仕事すればいいだろ」
「おきゃくさん、あわてない。
まだ、本気をだす時じゃないです」
「いったい、何時がその時なんだ?」
「カルロゥが死ぬか、いなくなったとき」
「そうすると俺は、絶対にお前が働いてる姿を見れないわけだな」
「せいかい」
「───つくづく思うぜ。
よりにもよって、激ヤバな上司がいる所に就職しちまったわ」
「可愛い蜘蛛がみまもる、すてきな職場。
わたしは、部下がぜんいん気持ちよくなれるように、甘やかしてるし」
「────────────まあ───1ミクロンだけは、同意するが」
感じているのは、物理的な苦痛か。
それとも、プライドを揺るがす葛藤か。
やや涙目の男が、苦悶の表情で額の汗を拭う。
「おきゃくさん、こんどは仰むけになってください」
「おう」
「下半身のいちぶを、集中てきに。色々とします」
「───なっ、おまっ!!ドコ触って!?」
「動くと、まちがえます」
「やめろッ!!
おい───離せええええぇッ!!」
休憩室から漏れ聴こえる、『NO.2』のあられもない悲鳴。
必死に書類を捌いてPCへ入力していた、30数名の幸せな部下達は。
恍惚の笑みを浮かべながら、その身をくねらせた。




