693話 優しい上司 01
【優しい上司】
チャララン ララ〜ン。
デュデュデュ!
デデーーンッ!!
アップテンポで軽快な音楽。
それに混じる、コミカルなエフェクト音。
───TV画面を眺める少女の瞳は、果てしなく昏く。
───少しも楽しんでいない事が、ありありと表情に出ていた。
「こいつら、みんな駄目」
「アクセル押しっぱなしの、初心者。
ペース配分も、これまでに出たアイテムも、りかいしてない」
ふう、と。
小さいが、不満をたっぷりと込めた溜息。
「こんなの、よゆうすぎ。
・・・はい、おしまい」
後ろに放った大きなパイナップルが爆発し、後続の一台がスピン。
更に迫ってきたもう一台は、慌ててそれを避けるが。
その隙にカーブ手前に仕掛けた《すもう壁》ががぶり寄ってきて、直撃。
”どすこい!”、という掛け声と共に投げられ、無惨にもコースアウト。
間髪入れず、謎の壺から《ロケットエンジン》を引き当てて、超加速。
あっさりと先行していた二台を抜き去り、華麗にゴール───
少女は、表彰台で跳ねるキャラクターを見もせず、コントローラーを置き。
有名ゲームチームのロゴが入ったグローブを外した。
ストローを挿したカップや、食べ掛けのスナック菓子の袋。
パステルブルーのクッションに身を沈めたまま、首を回せば。
広い事務所の中には、幾つものデスク。
30名を超える者達が、それぞれの席で仕事に励んでいる。
───折しも、週末。
───金曜午後だ。
私語の一つも聴こえない、いつも通りの景色を眺め。
無音の吐息。
少女は、すっくと立ち上がって、ほぼ自分専用の《遊びスペース》を出た。
毛足が長いフワフワのカーペットから、リノリウムの床へ。
ぱたぱた、とサンダル履きの音が鳴り響くが、誰も彼女を見ない。
視線を上げようとしない。
軽やかで無神経な足音が、ゆっくりと廻って方向を変え。
一番左の列と窓の間を、何事も無いように進んでゆき。
だが目的の位置で、ぴたりと止まって。
「・・・・・・」
「──────」
「とうっ」
首筋に手刀を受けた男が、糸の切れた操り人形の如くデスクに崩れ落ちた。
結構まずい音で、しかも顔面からいった。
「・・・うん。
いきはしてるから、心配ない。
このままカルロゥは、きゅうけいさせる」
「ああ、良かった!」
「ボス、有り難うございます!」
「もうオレら朝から、怖くて怖くて!」
「・・・さすがのわたしも、あんなにキマった目をされたら、こわい」
少女の指が襟首を持ち、突っ伏していた男を椅子の背もたれに戻す。
もう一方の手で、べちべち、と頬を叩き、鼻を摘んでみて。
それから、”よし”、と小さく一声。
「これは、かなりの重症。
今からきゅうけい室で、『ペロペロ』してくる」
「「「「ええっ!!??」」」」
30数名の、きっちりと揃ったどよめき。
「みんな、カルロゥの席にある分を、手分けして片付けて。
それが終わったら、わたしから『ごほうび』がある」
「「「「おおっ!!!」」」」
「じゃあ、よろしく」
傍目には遺体にしか見えない『それ』を、無造作に引きずってゆく少女。
迷いや遠慮は、微塵も無い。
何回かどこかの角にぶつけながら辿り着いた出口。
ドアは良く気の効く一名によって、さり気なく開けられた。
「どうぞ、ボス!」
「ありがと、ビッケン」
ぴくりとも動かない男の踵が、ドア枠に引っ掛かったが。
少女は止まらず、振り返らず。
前を向いたまま《生ける屍》を軽く蹴ることで、冷静に対処した。




