690話 お隣様
【お隣様】
そうだ。
引っ越しをしよう。
しばらく前から思い悩んでいたが、ようやく決意が固まり。
皆にそれを告げても、反対の声は全く上がらなかった。
日頃から大体の考えを話していたせいか、驚愕されることも無し。
うんうん。
これはいい事だ。
意思の疎通が完璧、素晴らしいチームワーク!
───けれども。
───こういう大掛かりなイベントは、連絡をしたほうがいい。
しなくったって大丈夫だとは思うが。
知らない仲ではないのだから、やはり一報くらいは入れるべきだろう。
記憶の底から引きずり出した、長大な《数列》。
それを、目の前の石版に指を押し当てる事で再現する。
自分に指なんて無いから、限界まで細くした『触腕』の先端で慎重に。
ええと、こうして。
こう───ちゃんと入力、できたかな??
ドキドキしつつ待ってると、半透明の四角が宙に現れて、彼女の顔が映った。
”・・・どうしたの。貴方から連絡なんて、珍しいわね”
ああ、うん。
急にゴメンね。
実はさぁ、引っ越ししようと思ってて。
いいかなぁ?
”私の許可は必要無いのだから、好きになさいな”
それはまあ、そうだけど。
せっかくだし、そっちに行きたいんだよね。
神殿ごと皆で、太陽系に移ってもオーケー?
”・・・え”
今、空いてる惑星とかある?
”ちょっと待ちなさい”
僅かではあるが、彼女の口調が乱れた。
”どうして、太陽系なの。
貴方のお友達がいるからかしら”
うん、悪魔の王の事だね。
勿論、それもあるんだけど。
理由はもう一つあって。
”何”
近くにいたら、手伝える事があるんじゃないかな、と。
”・・・・・・”
以前に聞いた話だとさ。
自分は、【カテゴリSSS:邪神】という区分で。
【管理官】たる君は、カテゴリBまでしか《補佐官》に任命出来ない。
更に。
【管理官】は管理権限しか持たず、誰に命令するのも『違反』となる。
そういう感じだったっけ?
”・・・ええ、そうね”
じゃあさ。
自分が急に『引っ越し』して。
自由意志で勝手に君を手伝うのは、少しも『違反』じゃないよね?
”・・・それは、”
自分は、【邪神】とやらの中でも強いほうだと思うし。
かなりの無茶も出来るよ?
なんなら、《太陽を作る》とかでも。
”・・・!!”
自分と悪魔の王が協力すれば、もっとだよ。
《こっそり作っておいた新しい太陽》を。
いざという際、瞬時に古いほうと入れ替える、とかだって可能だし。
”・・・・・・”
散々、永く生きてきたからさ。
ゆるやかに終焉へと向かうにしろ、突如全てが崩壊するにしろ。
自分は、この世界に心残りは無いんだ。
君と、君の娘さんが幸せになれるなら、満足なんだ。
その為に。
君を助けに行くよ。
”・・・・・・XXィラーXXワルツ”
───彼女が。
───正確に、美しく、名を呼んだ。
”金星なら、移住可能よ。
現在地より高温環境だし、引っ越しに手を貸すことは出来ないけれど”
おお、空きがあった!
金星、金星ね!
温度なんて全然気にならないよ!
影響を受けるような貧弱な肉体、してないし!
それに、君が荷造りや荷運びをやったら、記録とか残ってしまうんでしょ?
心配要らないって!
バビューン、と一発で跳んじゃうからさ!
”・・・有り難う。
こちらへ来るのを、楽しみに待っているわ”
うんうん!
うん!
これから、すぐに準備するからね!
───通話を切ると同時。
───我が精鋭の楽団から、盛大なファンファーレが鳴り響いた。
いやいや、ちょっと気が早い。
そういうのは、新天地へ降り立ったタイミングでやるべきだろう。
しかし、自分が今、非常に高揚しているのは事実である。
金星に移り住むなら、地球なんてすぐそこだ。
まさに、手を伸ばせば届く距離。
そして、『知っている』ぞ。
《お隣り様》というのは、毎日顔を合わせて挨拶し。
何なら《ショーユ》の貸し借りだってする間柄。
───想像してみると、それは凄く楽しそうだな!
自分の中に入り込んだ、あの『おかしな血』も満足している様子。
”女性を助けることこそ、紳士の役目だからな!”、と。
まあ、自分もどちらかといえば、『男』である。
たぶん。
紳士なのかは不明にしても。
おっと、そうだ。
地球で思い出した。
あの《血吸い鬼》達。
ズィーエルハイトと、ハルバイス?
あれらとも《お隣り様》になるのだから。
今後、要請があった時の供物は半分で良し、としよう。
というか、1/3でもいいな、すぐ側なんだし。
前回みたいに、一度で契約を履行出来なかった場合も、楽になるぞ。
自分が直接に出向けば、すぐ片付くこと間違い無しさ!




