688話 天啓 08
世界各地における紛争。
それに伴う、輸出、輸入へのダメージ。
悪い話しかない状況の中、国民の思考は停止している。
口を開けば、”生活が厳しい”、”給料が少ない”。
”減税”!
”減税”!
”国民の権利が、保証が”!
───お前らがそんなだから、この国は改善されないのだ。
───豊かだった時代の余剰分を、たちまち食い尽くしてしまったのだ。
国民は、財務省がケチで強欲ゆえに減税が叶わない、と思い込んでいる。
あそこの元締めで有名な、とある派閥のドンが首を縦に振らないせいだ、と。
ははは!
馬鹿も大概にしろ、だ!
確かにアイツは人相も性格も弄れた、いけ好かない爺様だが。
少なくともこんな自分などよりよっぽど、国の未来を真剣に考えているさ。
アイツも財務省の役人も、財布の紐を締めたからといって、儲かりはしない。
あそこにあるのは、そもそも《国のカネ》だ。
出し渋ったからといって、個人の懐が潤う訳じゃあない。
公金だ。
国の財産だ。
そりゃあ、渋るさ。
毎年毎年、地震だ、大雨だ、と災害が続き。
その復興費用にどれだけ掛かっているか、国民は考えないのか?
今までに出したのを補填できないまま、次々に新たな災難が来ているんだぞ?
建物や道路が元に戻ったら、終わりか?
使った分は、どうやって回収すりゃいいんだ?
文句を垂れるだけ垂れて、現状が復帰したらそれで終いか?
そのカネがどこから捻出されたか。
それをどうやって取り戻すかは一切、お構い無しか?
”給料が上がらない”?
何故、上がるべきだ、と思うんだ?
どうしてお前の給料が上がらないかを、真面目に考えてみたか?
言っておくが、自分は《カネの亡者》だ。
カネが欲しいから、全力で努力した。
下げたくない頭だって下げた。
恥も外聞も投げ捨て、計算に計算を重ね、必死に政界を泳ぎ抜き。
それでやっと、これだけ稼ぐ事が出来たんだ。
お前らは、本当に努力したか?
少ない給料しかくれない会社で何十年も耐えることは、ただの『我慢』だ。
努力したか?
本当に努力したのか?
資格を取得し、キャリアを積み、より良い勤め先を探して足掻いた結果か?
特に頑張っていないのに、『お前の給料を下げない会社』があるとしたら。
それは、『頑張ったところで給料を上げるつもりがない』って事だぞ?
そんな場所に身を置いてるから、都合良く搾取されるんだと理解できないか?
生まれながらの富豪も、貧乏人もいる世の中だ。
後から《勝ち組》の仲間になりたきゃ、努力するしかないだろうが!
意味のある努力を、他の誰よりも!
おまけに国民は、我慢するという事を知らない。
『優先順位』を付ける事もできない。
5千円の玩具と。
2万円のと。
更には、10万円の物まで。
全部一気に、”買ってくれ”と国にねだる。
苦労して何とかやりくりし、5千円のやつを買い与えても。
”その他のも欲しい!”と、当たり前のように捲し立てる。
”これを我慢するから、これだけは買ってくれ”、と交渉する頭が無い。
あいつらの《欲しいものリスト》は増えるばかりで、一向に減りやしない。
お前らのトコの子供が同じ事を言ってきたら、どうだ?
二度とそんな口が叩けないように、きっちり教育するだろ?
けれど、政治家は。
国民の『おつむ』をどうにかしてやるような暇も、義務も無いんだ。
そもそも、望まれてさえいない。
何らかのやむを得ない事情で努力出来ない者には、最低限の保証があるが。
それ以外の人間は皆、《努力すること》が前提の社会だ。
更にその中で優秀な者にカネが集まる、それこそが資本主義というものだ。
───お前らはもう、『馬鹿』のままでいいぞ。
───『馬鹿』だから、これからもカネを稼がなくていいぞ。
ああ。
そんな奴等にアンケート調査した結果の《支持率》など、知らん。
失言続きの大臣も。
その後釜を誰にするかも、知ったことか。
内閣自体がもはや、どうでもいい。
2人の息子は、海外だ。
とっくに家庭を持ち、生計を立てている。
即ち、カネが掛からない。
溜め込んだカネを、オレはどうやっても使い切れない。
溜めることこそ目的だったから、使うのが少しも楽しくない。
何もかも、最低だ。
事あるごとに睨み付けてくる、幹事長。
何でもかんでもオレのせいにする、党の執行本部。
お前らなんか、大嫌いだ。
大口開けてピーピー啼き続ける、馬鹿な国民も。
それでも何とか助けてやろうと思ってる、善人ぶった自分自身も大嫌いだ!
おい、オレはよう。
カメラの前じゃ絶対に言わないが、本当のところはよう。
政治なんか、どうだっていい。
レンダリア様さえ、いてくれたらいいんだ。
それだけで安心なんだ。
嫌な奴等の事を、綺麗さっぱり忘れられる。
自分の人生、悪行の全てを受け止めることができる。
あなたが、死んだなんて。
あんなので物語が終わりだなんて、酷いじゃないか。
イヤだよう!
イヤなんだよう!
だってオレは、あなたの事を知ってしまったんだ!
今更もう、昔には戻れないんだ!
いてほしい!
遠い遠い国でも、たとえこの目には見えなくても!
存在さえしてくれるなら、満たされるんだ!
還ってきてくれよう!
それさえ叶うなら、オレはもう、何にも要らないんだよう!
───警官の拡声器に負けじと。
───田郷 勝 は、ひたすら大声を上げ続けた。
エールケン・ベリ!!
エールケン・ベリ!!
左手に風邪薬の瓶を。
右手に秘書から預かった木箱を持ち、高く掲げて。
夜の西新宿。
喧騒と熱気の中心に膝を突き、ただただ泣き叫んでいた。




