682話 天啓 02
「私はさ。
かかりつけの病院で、やってきたよ」
「何か、あやしまれました?」
「そりゃあ、何に使うのか、とは聞かれたけどね。
でも、そこはほら。
長年の仲だし・・・ゴニョゴニョさ」
「何です、ゴニョゴニョって」
「”知らないほうがいいよ”、の合図みたいなもんだよ。
ま、そんなわけで。
風邪薬の瓶に半分くらい、抜いただけ。
私の勇気なんか、その程度のものさ」
「丁度それくらいで、いいんじゃないですかね。
量も、度胸も」
「またしても、嫌味ったらしいなー」
「悪く取らないでくださいよ。
《中谷》の若い衆じゃあるまいし、格好や威勢なんて評価されない世界だ。
本当の『切った張った』は、勝てる時、しかるべき場所でやるべきです」
「そうだよねー」
「───蛮勇は 全会一致の 死を招き
友はおらぬと 悟るも遅し───
誰かが貴方の仕事を恨んだとしても、ね」
「・・・もしかして、君。
それを言う為だけに、私の秘書になったの?」
「尊敬でもされていると、思っていましたか?
まあ、言う機会が無いまま終わりそうなので、今言ってみただけですよ」
「・・・・・・」
びゅうー、と長く強い鼻腔音が、溜息の代わりに響いて。
それを合図にしたように車は、信号待ちで停止した。
運転手は、シートベルトで固定された上半身を捻り。
包帯を巻いていないほうの手を伸ばし、ダッシュボードを開けた。
「───これ、宜しくお願いします」
「ああ・・・君の、アレね」
「二本、入ってますから」
「えっ!?」
「一本は、貴方の分ということで」
「何でさ!?
そんな事を頼んだ憶えは無いよ、私はっ!!」
「立場上、どうしても出来なかっただけで。
本当のところは、こうしたかったんでしょう?」
「・・・・・・」
「毎日のようにTVに映り、記者団に囲まれて大写しで撮られるのに。
包帯グルグルじゃあ、ただでさえ悪い印象が余計悪くなりますから。
瓶に半分、大いに結構。
懸命な判断ですよ」
カツ、カツ、とハンドルを指で叩く運転手。
その顔を後部座席の男が、ルームミラー越しに見ていた。
冷酷で残忍な、蛇の如き視線。
カメラに捉えられたことは一度もない、男の《知られざる本性》だった。
「それでも、本当は。
本当の本当は。
もしも貴方が、一般人だったとしたら。
度胸も度量も、義理人情も備えていて。
いざという時には、それをはっきりと証明出来る。
───そう信じて構いませんかね?」
「いや、『例え』がおかしくないかい?」
「おかしいですかね」
「おかしいだろう?
・・・なあ。
あんまり馬鹿な事を言ってんじゃねぇぞ、高取」




