676話 落ち着いてから死ぬ 02
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僕の祈りが、通じたのか。
それとも。
天にまします我らの父が自発的に、愛と勇気の特務員を憐れ給うたか。
シャーロット・ダグラス国際空港に到着すると。
リムジンとはいかずとも、そこそこの車が迎えに来ていた。
広いし乗り心地はまあ、悪くない。
機内で散々だったせいで、陰気な運転手の態度も逆に有難かった。
そんでもって、一時間程度のドライブ。
無事に到着した《ノースカロライナ前科学研究所》。
早速、本館1階の応接室に通されたわけだが。
「いらっしゃい。久し振りね、マーカス」
「・・・いや、お前・・・・・・どちら様で御座いますか?」
「やめてよ、そういう『お約束な冷やかし』」
眉根を寄せて遺憾の意を表明する、毅然とした女性。
待て待て、待てよ!
ギリギリで理解は出来るんだが、これは想像を超え過ぎてる!
頭がバグる!!
「ま、言いたい事は分かるけどね。
地上界で人間と生活するには、相応にしないといけないでしょう?」
「ええと・・・エリーだっけ?エルだっけ?」
「此処では、エイスリルで通しているわ」
「ん??
いいのか、それ。真名だろ?」
「別に?
覚悟の上で生きてる、ってことよ」
呆れ返るとは、正にこの事。
髪色はブルネット単色に変わり、纏めて品良くアップされ。
黒のパンツスーツの上に、ボタンをしっかりはめた白衣。
おまけに、琥珀色の細いフレームの眼鏡ときた。
下手すると、医師か学者にすら見えるぞ。
一体どうした、サキュバス!
性欲まみれの男をたぶらかすのが仕事じゃなかったのか!?
「───ちょっと、そんなに動揺しないでよ。
何だか恥ずかしくなるじゃない」
「・・・僕は平気だ。
『マーカスアイ』の調子が悪いだけだ」
「??」
きょとん、と首を傾げる、かつての腐れ淫売。
やめろ。
そういう自然にアレな、好感の持てるような仕草はよせ!
「エイスリル」
「なあに?」
「・・・お前、結構・・・素敵に見えるぞ」
「ふふ。有り難う!」
ガツッ!!
咄嗟に右拳を、思い切り自らの頬に叩き込んだ。
「ちょっ、ちょっと!?
何やってるの、マーカス!?」
ガツッ!!
更にもう一発。
「やめなさいよ!本当に、どうしちゃったの!?」
「・・・僕は平気だ。
『マーカスアイ』が壊れただけだ」
「え???」
情け無い。
自分が許せない。
たとえ法王が赦そうと、僕自身が許せない。
《素敵》?
《素敵》って何がだよ、おいッ!?
何回もデートしてるヒルウィーリにすら、気の利いた事一つ言えてないのに!
何がどうなって、お前なんかに!
お前如きにぃッ!!
「───あーー、うん。
私も一応、女淫魔だからね。
マーカスが何を考えてるかは大体、分かるけれど」
「・・・・・・」
ぎくっ!!
分かんのかよっ!?
「此処って、人間界では最高峰の研究機関だし。
働くからには、それに相応しい身なりと知識が求められるわけ」
「そ、そうだ、な」
「いくらレオナルド博士の口利きで入っても、何もしないじゃ済まされない。
女の色香なんて全然、武器にならないわ。
同時進行中の、各種研究のサポートをしてこその正規職員なのよ」
真面目か!
お前、《真面目系サキュバス》に転職したのか!
「そりゃあ、悪魔達からすれば、レベルは遥か下よ?
人間は魔法が使えないからね。
”どうしてそんなやり方するの?”、って事だらけ。
でもね。
化学、工学、生物学、社会学に経済学。
人間の生み出した技術と、研鑽を重ねた理論、方法論。
更には創意工夫、情熱をもって。
悪魔達の『当たり前』を、どうにかして実現してみせよう。
そこに惹かれちゃったのよ、私。
だから毎日、猛勉強するしかないでしょ?」
「・・・・・・」
「幸い、あらゆる分野に於いての《大先生》が揃ってるからね。
しかも、親切だし。
分からない事は幾らでも聞けて、参考資料だって見せてもらえるのよ。
これで頑張れなきゃ私、博士に付いてきた意味無いじゃない」
「完璧だ。
どこにも攻撃ポイントが見つからない」
「なら、そのまま最後まで納得してくれて。
”問題無し”って報告書に書いてもらえれば嬉しいわね」
「・・・え?
もしかして、何かヤバいネタがあるのか?」
「こちらとしたら、何も無いつもり。
けれど、立場を変えれば評価も変わるでしょう?
だからこその、話し合いよ」
・・・うわ。
こいつ冗談抜きで、別物に変わってる。
理路整然と喋ってる。
どこからどう見ても、普通に《知性溢れる美人》だろ。
ここまで豹変するなんて、微塵も想像してなかったぞ。
レオナルド博士、あんた。
よくもあんな馬鹿サキュバスを、ピカピカに『浄化』出来たな!?




