675話 落ち着いてから死ぬ 01
【落ち着いてから死ぬ】
この電子機器がありふれた、”スマホ万歳!”な世界で。
カトリックにおける『特務』という職務は、どうにも無駄が多過ぎる。
───何せ、一々ミュンヘンの豚に謁見し、指令書を頂く必要があり。
───終わったら終わったでまた、その報告書を豚に持って行け、だ。
いやもう、こっちは日々、各国各地を飛び廻ってるんだぞ?
何で直行直帰させてくれないんだよ?
書類の受け渡しなんて、メールの送受信で事足りるだろうが!
重要機密?
セキュリティの問題?
だったら、伝書鳩でも用意しろ!
選りすぐった優秀な鳩に、秘匿部隊並みの訓練を施して!
絶対確実な『スーパー伝書鳩チーム』を育成、運用しろっての!
どうせ世間にゃ秘匿なんだし、動物愛護団体も怖くないだろ!
───とまあ、あれだ。
───豚よりも組織に対してこんな愚痴が出てくる理由は、ただ一つ。
現在、僕の心にはそれなりの『余裕』があるからだ。
長時間のフライト中、やる事も無くて退屈で。
おまけに、任務内容自体が楽勝で。
危険はほぼ無し、ゆったり構えてりゃいい、と事前に分かってるからだよ。
はっきり申し上げて今回は、『笑えるほど甘い』。
こういうスーパーイージーな任務は、そうそう廻って来やしない。
特務員は通常、単独もしくは2人組で危険地帯に突入だ。
嬉し恥ずかし武装無しの徒手空拳、頼れるのは己の肉体と頭脳のみ。
最初から最後まで、外からの援護もありゃしない。
とにかく自力で対象を壊滅させるか、物品を強奪して、即座に現地から離脱。
そして。
その後、対象がどうなるか、どうなったかなんて知ったこっちゃない。
知る術が無いし、興味も無し。
報告書さえ提出してしまえば、僕等は任務完了。
あとの細かい事は、《それ専門の連中》がよろしくしてくれる手筈だ。
そういうもんだ。
なのに、今。
こうやって、すでに終わった任務の後処理。
『後日確認』に駆り出されているのは。
ズバリ、《専門連中》が職務を拒否したからだ。
僕等がやっとの思いで達成した任務の、報告書を読んだ結果。
”本件には関わりたくない”、と明確に拒絶しやがったせいなのだ。
上等だ!
不肖、マーカス・ウィルトン!
気持ちは理解出来るが、そういう態度は法王が赦そうと僕が許さんぞ!
絶対に!
・・・あ、いや。
つい、いつもの癖でボルテージが上がりかけるが。
まあ、別に許してやってもいいのか、これ?
お蔭様で命の心配をしなくて済む、楽な任務にありつけた訳だし。
難点と言えば・・・そうだな。
前回と違ってシンが居ないのと。
搭乗も例の《ヴァチカン特別機》じゃなく、民間機で。
おまけに直行便でもないから、乗り継ぎが面倒な事。
席は当然、エコノミークラス。
僕の隣には、暑苦しい上に息が臭いデブ男。
しかもそいつが何をトチ狂ったか、やたらと話し掛けてきやがるもんで。
───あ"あ"あ"あ"!!
耐えろ、マーカス!
これしきのトラブル、聖職者として、笑って耐え抜くんだ!
地獄で会ったら、おぼえてろ!
ブチ殺してやるぞ!
こうなりゃせめて、現地の空港には迎えの車を寄越してくれよな!
あと、美味い食事とか、『おもてなしの心』も忘れずに!
アルコールだって断りゃしないさ!
頼んだぞ、《前科学研究所》のお偉いさん達!!




