表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
672/742

670話 兎と虎が、啼き止まず


【兎と虎が、啼き止まず】



───重い水流に引き()られて、浮上する感覚。


───突然に耳朶を打つ、《無音》という新しい刺激。




フォンダイト・グロウ・フェネリは瞼を閉じたまま、静かに息を()き。

覚醒したばかりの意識で、己の状態を確認した。



右前頭部に、軽い痛みがある。


これはまあ、起き抜けの偏頭痛であり、大したものではない。

時間経過と共に、いつの間にか知覚できなくなるだろう。



では。

それ以外はどうか、と言うと。



(これは・・・・・・実に、よろしくないな)



いつも通り、7時間程度は横になっていた筈だが。

どうにも全身が気怠(けだる)い。

力が入らない。

おまけに、気力のほうも似たような有様だ。


睡眠による『肉体と脳疲労の軽減』が、殆ど感じ取れない。

これでは全く、就寝した意味が無い。



(どうした事だ、一体)

(まさか・・・睡眠中、私の身に何かが?)



ぎりり、と眉間に皺が寄ってゆく、その途中。

フォンダイトの意識に、記憶という名の濁流が直撃し。



様々に、《蘇った》。


蘇ってしまった。



───いやいや、『どうした事だ』ではなかろう。


───どうにもこうにも、『やらかしてしまった』のだ。



(・・・・・・)



血の気が引くような思いの中、自身の荒ぶる拍動が聴こえる。


それに加え。

非常に近い───超近接な距離から、35.6度の熱源を感じる。



ああ。

夢ではない。


自分は、『やらかした』。


この世に生まれ(いで)て、当年587歳。

ついに、女性というものを知ってしまった。


体が休まっていないのも、当然である。

『あれ』は。

気力が尽きるも自明の、『一大事だった』のである。



・・・女性は。

・・・女性との触れ合い、というものは。


自分の予想と大きく異なった。



『愛しい』だとか、『心地良い』だとか。

精神的、肉体的な充実が、無かったとは言わぬ。


あるか無いかで言えば、あった。

確かに、あったのだが。


それにしても、あまりに想像とかけ離れていた。



事が終わり、こうやって朝を迎えた時に、自分は。

薄く口角を上げるものだとばかり、思っていた。

頭の中で行為を反芻し、だらけた笑いを浮かべ。

けれども男として、どこか誇らしく感じるような。


そういう事になるだろう、と勝手に思い込んでいたのだ。



───しかれど、『現実』は違った。


違ってしまったのが、悪い事なのか。

自分が何か、間違えたか。

それとも、相手のほうか。


一切、丸ごとが分からない。

何せ初めての体験である故に、比較し得るデータの持ち合わせが無い。


とにかく、ただ。

『あれ』は思っていたような感じではなく。

思っていた以上に、疲れ切った。

有り体に言えば、精も根も尽き果てた。


”もう一度したいか”と()かれても、頷くのを躊躇(ためら)うほどであった。



(・・・・・・)



懸命に瞼を閉じたまま、フォンダイト・グロウ・フェネリは考える。


隣にいる、密着すれすれの彼女からは、規則正しい寝息。

どうやら、まだ目覚めていない様子だ。

もしくは。

自分と同じく、そのタイミングを見計らっているのか。


彼女が起きた時、自分は何と言葉を発するべきだろう?

《稀代のモテ男》として、どんな台詞を。


いや。

そもそも私の経験不足など、完全に露呈しているではないか。

だからこそ、あんな。


あんな具合に、一方的に、向こうが『積極的』だったのでは?



(うう・・・うう、む!)



よからぬ情景と、幾許(いくばく)かの恐怖が蘇り。

額に汗が(にじ)む。


口角はやはり、微塵も上がらない。

上がるわけがない。



まずいぞ。

起床予定時刻が迫っている。

あと5分ほどしか、猶予は無い。


自分は彼女と何を話し、どう行動すれば良いのか。

ベストなのか。


元首としての威厳。

個としての責任。

この先の悪評価は全て、地獄もかくやの苛烈さで我が身を焼くだろう。


そうなった場合、《独立国家・『地上の星』》は。

文字通り超新星のように爆発し、終わってしまう。

後世の歴史家に、”元首が最低な男だった為、云々”などと解説されるのだ。


それは、あんまりではないか!

女性経験が無くて、何が悪い!


『ひょうたん』とて、生きておるのだぞ!?



───(たか)ぶる感情を声には出せず、胸中で叫び散らしていると。


───不意に、すぐ(そば)で音がした。



「・・・うぅ・・・んっ・・・」



夢うつつにしても、妙に甘やかで官能的な吐息。


そして、寝返りどころか。

伸ばされたその腕で、しっかりと抱き寄せられて───



(しましまウサギが、にゃーにゃーにゃー!!)

(まっくろタイガー、わんわんにゃー!!)



咄嗟に出て来たのは、懐かしき《天界法・第241条》。

その主たる判例の根拠と賠償額を並べた、渾身の『語呂合わせ』だった。


よし、流石はエリート!

素晴らしき我が記憶力!


要するに。

どれほど控え目に表現しても、発狂(パニック)寸前である!



───もういっその事!アレをこうして、実力行使はどうだ!?


───有無を言わさず!むしろこちらから、『ファイト』を仕掛けるとか!



06:00まで残すところ、3分弱。

いつ彼女が目覚めてもおかしくない、危機的状況の最中(さなか)


フォンダイトは必死に、己の《獣》へ打診してみるのだが。



どうにも(かんば)しい返答は───戻ってこなかった。


当然ながら、経験の無さ故に。



(にゃーにゃーにゃー!!)

(わんわんにゃー!!)



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
うまくいっているようで何よりw
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ