668話 夜の、もうひと頑張り 06
「・・・ええと。
じゃあ、これから先は、《売り上げの計算とか無しの話》でいくけども」
「はい!」
あからさまに元気よくなられた、蜘蛛のお嬢さん。
どんだけ数学、嫌いなの。
というか、算数。
「ファンクラブの中に、『より熱意とお金のある人達』が座る席を作る。
そういうのもアリ、かな。
一般会員より高い年会費を払ってもらう、『特別会員』とか。
勿論、彼等だって何らかのメリットを欲しがるだろうからさ。
『特別会員にしか販売しない、豪華なグッズ』があってもいいね」
「うんうん!
それは、サービスしないとですよね!」
「でも、注意点が一つ」
「何ですか?」
「高い価格のグッズを売るのは、在庫に気を付けながらやれば良いけれど。
《物》以外を販売するのは、やめたほうがいいね」
「───《物》以外、って??」
「文字通り、『形として残らないこと』全般」
「えっ?───えっと───」
「その場で観賞する、歌やダンス。
君と会ったり、話したりできる権利とか・・・そういうやつだよ」
「特別会員限定の、トークライブを企画して。
そのチケットをファンクラブで売る───のは?」
「駄目駄目。
思いっ切り、アウト」
「え〜〜!?
どうしてですか?
特別会員が、年会費を一般の倍とか払ってるとしたら。
そのくらいは『御褒美』があっても、いいんじゃないかなー?」
「けどさ。
一般会員も、会費を収めているよね?
なんとなく君の事を”いいなぁ”って思ってる、大勢のファン。
その中から、ファンクラブに入りたいとまで思ってくれた人達だよ?」
「それは、そうですけど」
「彼等だって、君に会いたいよ。
トークライブに参加したいんだよ。
でも、《特別会員じゃないから》。
現在より高い会費を出せないから。
その機会は失われてしまうんだ」
「──────」
「趣味にどこまで払えるかは、人それぞれだよ。
海外旅行もゴルフも楽しんだ上で、特別会員になれるような人がいても。
その陰で。
生活費を切り詰め、ようやくの思いで一般会費を出す人だっている筈だ。
そういう財政が苦しい人達こそ、お金の価値を、残酷さを知っているからね。
特別会員用の特別なグッズなら、まだ我慢できてもさ。
チャンスさえ与えられない『贅沢なイベント』は、痛すぎるよ。
心にザックリ、突き刺さる。
”ああ・・・結局、金か”、って」
「んん〜〜〜。
つまり、その。
お金だとかグッズは、それぞれの事情に任せてもよくて。
───《『体験』だけは、公平に》?」
「そう!
いい事言ったね!まさに、それ!」
どうやら、本質の部分をしっかりと理解してくれたようだ。
合格!
これが《藤田先生のアイドル論》講座なら、単位をあげるところだよ。
多分、学科の必須科目ではないだろうけど。
「往々にして、限定メンバーへの高額サービスとか、危ないと思うよ。
何度もやってると、『提供される側』の意識が変わる恐れがあるし。
”お金を出せば、ここまでしてくれるんだ?”
”もっと出せば、もっと特別な事も望めるんだ?”、ってね。
例えば。
特別会員達が勝手に、海外のリゾートホテルを貸し切り。
更に5000万円報酬を出すから、そこで三泊四日。
《のんびり》《まったり》、ファンと交流してくれ。
往復の交通費や諸経費は全部、こっちで持つ。
なんて要求してきた場合、君はどうする?」
「ちょっ!!何ですか、それ!?」
「あやしくない?」
「あやしいです!
絶対、いかがわしいですって!!」
「最悪、こうなる可能性もあるってこと。
『札束で頬を叩く』なんてのを、本当にできちゃう人だっているんだよ。
だからね。
最初から、君の事をお金で買わせてはいけない。
アイドルはファンクラブ会員に対して、それなりの義務があるんだとしても。
君自身の情熱や活動時間を、お金で購入できるだなんて思わせてはいけない。
人数限定とか、特別なイベントを開催する必要があった場合は。
なるべく無料の。
そして、必ず皆が申し込める《完全抽選制》でやりなさい。
私は。
自分の教え子が後ろ指を指されたり、道具みたいに扱われるのは嫌だよ。
応援してくれる人達を、嬉しくさせて。
君も同じだけ楽しみ、幸せになってほしいね」
「──────藤田先生」
「うん?」
「先生は、ほんっとーに、カッコいいですね!」
「はいはい。どういたしまして」
結婚もお付き合いも、出来ないんだけどさ。
損得抜きで純粋に褒めてくれるなら、そういう気持ちは快く受け取ろう。
気付けば、50代の真ん中。
もはや浮いた話の一つも無い、中年男だからねぇ。




