667話 夜の、もうひと頑張り 05
「・・・『ファンクラブ』は確かに、必要だね。
”人気がある”、という事をアピールする意味でも。
動画配信の再生数やライブ集客数によらない、安定収入源としても」
「はい」
「ただし。
会員ナンバーは、1番から割り振ったら駄目だよ」
「え?どうしてですか?」
「だってさ。
制作とかプロデュースとか、名乗り出てるのがいるんでしょ?
そういうのが《会員番号1》なんて引いたら、浮かれるよ?
浮かれた挙げ句、更にその気になっちゃうからねぇ。
”我こそ、◯◯ファンの代表である!”、みたいにさ」
「───あ〜〜、なりそう!」
「だから、ダミーナンバーで空白をあけておこうか。
11番とか21番だと、”あけてるな”って勘付かれる可能性が高いから。
敢えて半端に16番スタートくらいで」
「でもそれ、結局はバレません?
ファン同士が交流してるうちに、”1〜15番、見たことないぞ?”、って」
「それで構わないから。
イベントにも顔を出さない、不自然な15人がいる。
まさかそれって、特別会員?
自分より偉い奴がいる??
・・・なぁんて、思わせておけばいいよ。
好き勝手させない為の、プレッシャー。
無料で出来る『対抗策』だね」
「おおーー!」
「ファンクラブ内でのグッズ販売とか、考えてるかい?」
「やりたいけど、具体的にはまだ全然」
「うーーん。
じゃあ、基本的な事だけ話すよ?」
「はい!」
「どんなグッズにしろ、手作業で作る物じゃあないからさ。
業者にデザインを渡して、製作してもらうんだけれども。
それは『ロット』っていう『まとまり』で買い上げることになる」
「ロット?」
「『1ロット100個入り』とか『200個入り』とか」
「うわー、そんなに一杯来るんだ??」
「そうだよ。
だから、何ロットも発注したら、在庫数を持て余すことになるんだよ」
申し訳ないけど、このコがそういう所を上手くやれる想像が付かない。
うちの研究室で数々、やらかしてくれたからなぁ。
これ、きちんと教えておかないと、大失敗しそうだぞ。
「動画で仮決定のデザインを披露して、それがどんなに喰い付きが良くても。
業者への発注は絶対、1ロットのみで始めるべきだね」
「ん〜。
キーホルダーとかなら、2、300個くらいは捌けそうだけどなー」
「そういう予想は、あくまで《予想》。
売れるまでは売上じゃあないんだよ?
例えば。
君が業者から『1個200円で100個入り』を、1ロット仕入れたとしよう」
「はい」
「業者への支払いは、2万円。
販売価格を1個あたり千円にすれば、20個売れた時点でプラマイゼロ。
残りは、売れたら売れただけ《儲け》になる。
1ロット売り切ったら、8万円の利益だね」
「おおー!」
「けれど、予想が外れてさ。
10個しか売れなかったら?」
「──────」
「君は、1万円のマイナスだよ。
おまけに、90個も在庫を抱えちゃうわけ」
「あ"あ"あ"あ"〜〜!」
「そういう事態を防ぐ為にもさ。
初回発注は絶対に1ロットだけ、というのが『お薦め』だよ。
販売価格の設定も、非常に重要だね。
1ロット売り切った時点での、『差し引き利益』。
それを使って2ロット目を発注し。
その分が1つも売れなかったとしても損しないよう、儲けを確保しておく。
ロットを全て消費するまで、次の発注を掛けない。
2回目以降も必ず、1度の発注で1ロットしか頼まない。
これらを徹底しておけば、目論見が外れても被害は最小になる筈さ」
「う───ううっ───!
脳が揺れる〜〜。
毛玉、吐きそう!」
「・・・・・・ごめん。
プリントアウトして明日、渡すから」
「───あいっ!」
『毛玉』?
蜘蛛って、猫みたいに毛玉を吐くの??
参ったなぁ。
本当は、この件に関わった如何なる証拠も残したくないんだけどね。
どうやらこのコ、収支計算が出来ないらしい。
途中、私が出した数字に何となく相槌を打ってただけのようだ。
いやいや。
難しい部分なんて、少しも無いでしょうに。
最初から最後まで全部、単純な四則演算だったよ?
小学生レベルの。
・・・もしかして。
私は今、教育者としての資質を試されちゃったり、してるのかい?




