666話 夜の、もうひと頑張り 04
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───エンジンを回してもいない車内に、ひんやりとした心地良い風。
───蜘蛛のお嬢さんが、私の為に使ってくれた魔法だ。
ちなみに詠唱者からすれば、それほど暑くもなかったらしい。
悪魔だからか。
またもや”蜘蛛だから”という、特別ルールなのか。
「藤田先生、これ甘辛くておいひいですねー!
すっごくジューシーで!」
彼女が器用に箸を使って食べているのは、揚げ茄子の煮浸しだ。
鰹節と添えのオクラに彩られた、私の大好物の一つ。
夕飯がまだなのを心配した母さんからの、『差し入れ』なんだけどね。
おせちの『お重』もかくや、という、デラックス三段弁当だよ。
それを彼女の分も含めて、二人前だよ。
コンビニ惣菜が頼りの独身中年には、ヨダレものの《家庭料理》!
いやあ、嬉しいなぁ!
飲み物が冷たい麦茶じゃなく麦焼酎なら、もっと嬉しかったんだけどね!
「先生、この四角いオムレットは?」
「『だし巻き卵』だよ」
「へぇ〜〜。ムカデより」
「虫の話は、止しなさいってば。
・・・ええと。
それで、相談の件だけども」
「はい!」
栄養バランスは完璧なのに、量が《運動部の高校男子》な弁当を頂きつつ。
さてと、どう答えたものかなぁ。
「私はこれまで、アイドルや芸能人とかに夢中になった事が無いし。
当然、関係するような仕事に就いた経験も無いからさ。
ごく一般的な、常識的の範囲内でしかアドバイス出来ないと思うよ?
それでも構わない?」
「よろしくお願いします!」
ルームミラー。
箸を持ったまま、もう片方の手でスマホを操作する姿を見て、注意だ。
「録音は、禁止ね」
「ええ〜〜っ!?」
「駄目だよ、そういう個人を特定できるデータを保存しちゃうのは。
流出した際に、『何の証拠として』使われるかも分からないし」
「!!
そ、そうですよね!
先生、すごい!
なんか、こう───頭いい感じがするっ!」
「・・・そりゃあどうも」
君ね。
これまで講義の時とか、私をどう思ってたのかな?
単なる獲物?
《結婚したい男・ナンバー1》?
「まず最初に確認したいんだけども。
君はアイドル活動で、どれくらいお金を稼ぎたい?
それだけで贅沢な暮らしが出来るくらい、ガッチリと稼ぎたい?」
「え??
いやー、そんなには。
活動に掛ける時間とか労力を考えたら、損になるのは嫌だけど。
それより、みんなに楽しんでもらう方が優先かなー。
姉さん達は”どっちも最大限に”なんて、ハードモードでやってますけどね。
あたしは、もう少し緩い感じでいきたいです。
じゃなきゃ、長続きしないと思うしー」
「ふむふむ」
意外に真面目なようで、やっぱり基本的には自堕落そうで。
しかし、それくらいの目標であれば、素人でもそこそこの助言は可能かな?
『こういうの』とは全く無縁の、理学部構造地質学教授。
藤田慎一郎、55歳、独身が。
アイドルに対して、真剣に物申す───
申しちゃうかぁ。




