665話 夜の、もうひと頑張り 03
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「活動自体は、ちょっと前から始めているんですよ」
「そうなんだ」
「動画の配信サイトで───ほら、こーゆー感じの」
後部座席から差し出される、スマートフォン。
そこに映っているのは、MV・・・所謂ミュージックビデオ風のやつで。
「・・・これさ。
君が編集して作ったの?」
「はい!」
「ひょっとして、この曲や歌詞とかも全部、自作?」
「もっちろん!」
「いやぁ、それは凄いなぁ。
確かに才能だ。
私は『これ関係』に詳しくないけど、そういう人間でも惹き付けられるよ」
「でしょ、でしょ!?」
「ただ、さ。
・・・・・・これ、誰?」
「誰って、あたしですよぉ!」
「いや・・・しかし、どう見ても」
画面の中、元気に歌い踊っているのは、『未成年女性』だ。
まだあどけない、10代前半の。
もっとはっきり言えば、10歳すれすれくらいの『少女』だ。
「あたし、『そっちのほう』がホントの《人間形態》ですから!」
「いや、知らないよ。そりゃあ初耳だよ。
でも、どうしてわざわざ使い分けるんだい?
今の姿だって綺麗だし、十分に人気が出ると思うんだけど」
「だめだめ!
甘いなぁ、藤田先生は!
そっちのスジの喰い付きが、全然違いますから!」
「そっちの、って」
「今のコレは、大学生やる為に仕方なくの《擬態》です!
褒めるなら、動画のほうのあたしを褒めてください!」
「・・・・・・」
「褒めてください!」
「・・・・・・ああ。
可愛いね、とても」
「ありがとうございます!!」
あのね。
君のそういう満面の笑みを見た、正直な感想だけど。
絶対、今の姿のほうが良いよ。
『少女』は流石に、やり過ぎだって。
良識を持った一般人は、あんな映像を見たら心配するから。
”このコの両親とか周囲の大人は、何考えてるんだ”、って不安になるから。
そうじゃない《そっちのスジ》が、おかしいんだよ。
「それで、それで!
配信で結構な数字が取れて、喜んでたらですね!
視聴者から、”リアルでも見てみたい”とか。
”ファンクラブ作ってよ”、とか言われて。
あたしだって、ライブイベントやりたいし。
これだけ有名になったら、ファンクラブも必要だとは思うんですけど」
「うん」
「実は───困ってるんです、先生。
最近。
”自分が裏方部分は引き受ける”、とか。
”プロデュースを任せろ”的なのが、DMで送られてくるようになって」
「うわ。
それはマズい、マズいよ」
金儲けが絡む話で、しかも対象が『少女』だ。
そっちへ進むのは、特大のアウト。
高速道路でインターチェンジを間違えるくらい、後戻りが出来ないやつだ。
「まともに相手しちゃ駄目だね、そういう連中は」
「んーー、でも」
「というか、君。所属会社はどうなってるの?」
「ありませんよー。
蜘蛛のアイドルは、全て自分でやるものなんです。
独立独歩。
完全にスタンドアローンが基本だし!」
また出た、《蜘蛛の特別ルール》!
もう勘弁してほしいよ。
私はね。
野外ゼミで君がムカデを捕食してるのだって、ギリギリなんだよ。
いつみんなにバレちゃうか心配で、どうにも胃の辺りが痛くなるんだよ。
「だったら、お姉さん達に『アイドルのやり方』を相談してみたら?」
「聞いたところで、教えてなんかくれませんよ!
姉妹だろうと、それぞれがライバルですもん。
バカにされて、笑われるだけです。
蜘蛛って、そういうものなんですよ!」
「・・・・・・」
「だからこそ!
『蜘蛛じゃない藤田先生』に相談なんです!」
「・・・・・・はぁーー」
私とて、大学教授という立派な肩書きを持つ身だ。
人生において誰かの相談を受けることは、そこそこにある。
あったよ、何回か。
けれど、ここまで《分野違い》をぶつけられてもなぁ。
地質学に、何一つ関係していないよ。
お役所から任された仕事のほうが、まだ掠ってるってば。
・・・『蜘蛛じゃない藤田先生』?
いやいやいや。
《パワーワード》の逆は、何て呼べばいいんだろうね?
聞いただけで体中から、あらゆる力が抜け落ちてゆくんだけど。




