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664話 夜の、もうひと頑張り 02



「あのねぇ・・・ホント、こういうのはマズいんだってば」



このコの理解力には、あまり期待していないが。

それでも、教職者として、常識ある社会人として言うべき事は言っておく。



「誰かに見られたら、私は確実に懲戒免職だよ?

君のほうだって、学内で変な噂を立てられたくないでしょ?」


「これ、普通の人間には認識できないようにしてるんで、大丈夫でーす!」


「いやいや、モラルの問題だから!


あとさぁ。

この車に乗って酷い目に合った事、もう忘れちゃった?」


「それも心配いりませーん!」


「??」


「藤田先生のお母さんから、許可いただきましたー!」


「はぁ!?

えっ・・・母さんから??」


「はい!」



元気良く答える彼女に、嘘をついている不自然さは感じ取れない。


というか。

ついていた場合は最終的に、情け容赦の無い責苦が待っているだけだ。

そうならない事を、切に願うよ。



「”先生に相談したいから車の中で待ってていいか”、って聞いたんですけど。

バッチリ、OKが出ました!」


「・・・母さんが・・・うーーん・・・」



つまりは、『公認』?

私が窮地に立たされるような事態にはならない、と判断したわけだね。


それなら確かに、心強いが。

このコが暴走したとしても、いざとなれば力尽くで止めてくれるだろうし。


ということは、まあ。

今回のこれは、平気なのかな?



「・・・それで?

相談の内容は?

たぶん、講義についてじゃあないとは思うんだけど」


「はい!

ええとですね。


実は、あたし──────《アイドルをすること》になって」


「学校やめるの?」


「どうして、第一声がそれなんですか?」


「いやいやいや。

咄嗟に出て来ただけで、深い意味は無いよ。

じゃあ、学業と両立させる方向かい?」


「そうですね、一応。

スケジュール的に大変だけど、頑張るしかないです。


単位落としそうになったら、藤田先生にお金を渡します」


「駄目だね」


「冗談ですよー!」


「こっちは本気だけどね」


「───ただ、あたしとしてもですね。

アイドルなんて、なるつもりは無かったんですよー」


「あらら。

小さい頃からの夢が(かな)った、とかじゃなくて?」


「全然!少しも!

うちは姉さん達がみんな、そういうのをやってて。

それを見てきたから、あたしは”やめとこー”って感じで」


「へえー!アイドル一家なの??

凄いなぁ!」


「蜘蛛だから、当たり前ですけどね」


「・・・成る程」



うん。

全く分からないね。


そんな、『常識でしょ!』みたいに言われても。



「あたしがアイドルに興味が無いのは、昔からだし。

両親(おや)も、それを認めてくれてたんですけど。


ちょっと、その。

事情が変わったみたいで。


突然お母さんが、”あなたも至急、アイドルになりなさい!”、って」


「アイドルって至急、なれるものなの?」


「可愛くて、歌とダンスがとびきり上手かったら、なれますよー」


「そういう関係、得意なんだ?」


「そりゃあ、蜘蛛ですもん。

出来ないほうが、おかしいですよー」


「・・・成る程」



驚愕の新事実。

というか、更なるミステリー。


そこそこに悪魔を理解しているだろう私にさえ、《蜘蛛の悪魔》は手強い。

性格、生態、何もかもが謎すぎて、ぽかん、と口が開きそうになるよ。



「お母さんから()かされた理由って、何かな?」


「あー。それは説明が凄く面倒だから、省略でー」


「・・・ふうん」



あからさまにアヤシイなぁ。


母親が娘に”至急アイドルになれ!”と言う、そんな状況が想像できない。

しかも、嫌がってたほうすら、渋々でも了承するとか。


きっと、『財政的な問題』以外だなぁ。

そもそもが芸能一家なら、『家計を助ける為に』なんかは無いだろうし。



これ。

追求しないほうが良い部分だね、おそらく。



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