662話 通り雨 04
『真似』とは、どういう事なのか。
誰の?
一人称を決して使わない彼女だから、省略されたのは《私を》だろうか?
まさか・・・”カオルに覚醒薬を使え”、と?
それとも、”自分のように法規の穴を突け”、というアドバイスなのか。
いや。
そもそも、彼女の発言が好意的なものだという保証は?
最悪級に失敗したこのケースを私ごと葬る事が、裏ではすでに決定していて。
脱出に成功しようと、最後の関係者であるカオルも消す予定なのでは?
───疑い始めれば、きりが無い。
───文字通りの『底なし沼』だ。
レインマルト総会長が、分からない。
理解出来ない。
彼女がこれまで、《予言》のように多くを的中させてきたのは事実だが。
さりとて、その実績を根拠に”今回もそうだ”とは断定不能だ。
演算が正しい保証を、誰も提示できない。
そのレベルまで追い付けない。
結局、どんな演算も事象が確定するまでは、《予言》どころか《妄言》だ。
彼女の存在価値はいつも、溢れ落ちる汗のように流動的で。
本人が演算結果を偽り無く言ったのかも、常に不明である。
更に付け加えるならば。
『本当に演算したのか』という根底の部分さえ、少しも定かではないのだ。
その《分からなさ》を。
《理解しようのなさ》を、管理総会に連なる皆が恐れている。
”彼女が《絶対的な万能》であった”と、我が身で味わいたくない。
その思いは、私とて同じだ。
どんな理由であれ、わざわざ銃口の前に立ちたいわけはないのだ。
「───もしかして、あっちゃん。
これ、『最終通告』だと思ってる?」
「違うといいですね」
「違うよ!
ただの忠告だし、介入もしないし!
あ、でも───」
「??」
「最後の最後、本当に《終了処理》を実行するなら。
その前に、アニー・メリクセンだけ欲しいなー、って」
「あれはもう、《凍結済み》ですが?」
「いいよいいよ、大丈夫!
アニーの書く詩は、大好きだからね。
もっともっと、読んでみたいの!
適当な培地を見繕って、そこで育ててみるつもり!」
「・・・・・・」
「その時は、あっちゃんのほうから連絡して!
必ずだよ?
ね??」
「・・・はい。了解しました」
これも、本心なのかは分からないが。
本気で言っているのだとすれば、悲劇の極みだろう。
アニー・メリクセンが、”詩を書く”世界。
”書いてしまう”世界。
読みたいから、という理由で煉獄に生を受けるほうは、拒否権も無し。
管理官の身ではあれど、流石に同情を禁じ得ない。
「でもね。
そういうのだって、『脱出』だよ?」
私の心を読んだかのように、総会長が言った。
「ただ、新しい場所を自分で選択できなかった。
それだけの違いだよ」
「・・・・・・」
「もしもこれから、状況を変えてくれるなら。
たくさん解析して演算出来るから、嬉しいなー!
あっちゃんと、カオル。
幸せになれるといいね!」
無邪気に笑う、サファイアブルーの瞳の少女に対して、私は。
1秒でも早く映像通信を切ってほしい、と心の底から願った。




