661話 通り雨 03
レインマルト総会長の言葉に、明確な『承諾』も『拒否』も返せない。
この申し出は絶対に、好意や温情とは違う。
彼女の権限において私の赴任先が決定するならば、それは『命令』だ。
受け入れる際には、ここから立ち去るだけでは済まされない。
自らの手で、全て《廃棄処分》することを求められる筈。
後始末を含めての、『異動』ということだ。
「思い入れが強過ぎて、手が下せないなら。
介入してもいいよ?」
「・・・介入、ですか?」
「そう。
こちらからログインして、代わりにやってあげる。
廃棄前には必ず、《終了処理》を実行しなきゃいけないからね!」
《終了処理》。
確か・・・フェーズ1の最初で『主たる恒星の破壊』、だったか。
『巨大隕石の落下』程度なら、どうにでもなるのだが。
衛星軌道上を周回しているアールデルテ達にも、太陽の爆縮はお手上げだ。
人類は何も出来ず、滅亡するだろう。
運良く地球外に逃れたとしても、太陽系から離れることは到底不可能である。
「・・・まだ、『脱出成功者』が出る可能性があります」
介入を断る方向へ持ってゆくべく。
やんわりとでも抵抗の意思を示そう。
「上手くすれば、あと3名ほどは『脱出』するかと」
「その内の1名は、あっちゃんの娘だよね?」
即座に聞かれた。
「・・・そうです」
「カオルのほうを言ってるんだと思うけど。
無理だよ?」
「・・・・・・」
「何回演算しても、無理。
『脱出』できないから。
成功したように見えても、その全パターンが《法規定の違反》だし。
カオルだけじゃなく、あっちゃんだって命を落とすことになるからね?」
「・・・・・・」
つまり、重罪。
私自身も処刑対象となる未来がある、いうことか。
「法規に反する事は、絶対に許さないよ?」
「・・・・・・」
確かに、それは当然だろう。
私の知る限り、レインマルト総会長の代で減刑や猶予となった例は皆無。
【覚醒薬の中毒者】たる彼女も、実際は現法規に抵触していない。
驚くべき事に。
『個人が自身へ投与する事』を禁ずる法が、存在しないのだ。
通常、服用者は必ず死亡するから。
ただの『自死行為』と見なされるだけだから。
その影響によって他者に損害を与えた事が立証されない限り、罪ではない。
これは、彼女が総会長になる遥か前からの《抜け道》だ。
就任にあたって都合良く法改正した結果ですらない。
「───真似したら良いと思うよ」
「真似、ですか?」
「──────」
問い返したが、答えはもたらされない。
可愛らしい表情が無言のまま、じっとこちらを見つめて。
首筋から鎖骨の窪みに流れ込む汗の煌めきが、妙に眩しく感じられた。




