660話 通り雨 02
「久しぶりだねー!」
「ええ、お久しぶりです」
ホログラムウィンドウの枠の中の《総会長》が、にこやかに笑う。
額にかかった髪を、白い指で横に流して。
おびただしい量の汗を浮かべ。
それを、ぼたぼたと溢しながら。
───彼女は。
───若干15歳の『天才』だ。
薫とは、まるで違う次元の。
《予言の娘》さえも遥かに凌駕する、生まれながらの『異能』の持ち主。
”完全有機生命体において、演算最速”。
そう自称する彼女を支えているのは、才能と努力のみならず。
【合法ギリギリの薬物】だ。
六価ジスメルやバイドファクタムのような、通常処方薬の類とは異なり。
末期医療の現場で微量のみ投与される、【ほぼ廃人コース確定の覚醒薬】。
それを毎日、ひっきり無しに使用している。
濃度を高め、耐性を更に引き上げ。
致死量の桁数を飛び越えてもなお生き延び、笑っている。
『演算し続けている』。
───その代償が、収まることのない《発汗》だ。
勤務中も寝ている間も、彼女は常に自分の汗で濡れている。
関係者の誰も、それを気に止めない。
あどけない顔の少女がスリップ一枚で歩き回れど、振り返りもしない。
総会の席上ですら上着を羽織ることなく、同じ格好だ。
その事を注意出来るような役職者も存在しない。
彼女こそが序列最上位の、最高責任者であるが故に。
「───ねえ、あっちゃん」
「はい」
「もう『それ』、終わらせたほうが良いんじゃないかな?」
「・・・・・・」
「一応、報告書は全部、目を通してるよ?
『読了署名』は、わざとしてないけど。
総会長の印が入ると、みんな怖がっちゃうからね」
「・・・・・・」
ああ、そうきたか。
彼女は誰にでも、気さくに《ちゃん付け》で話す。
それを知っているからこそ、仲が良いなどとは過信せぬようにしていたが。
しかし、その分、”実際の関係性は薄い”と思い込んでいたようだ。
まさか。
決して現状を知られたくない相手が、報告書を読み込んでいるとは。
演算してしまっているとは。
「分かるでしょ?
これってもう、『完全に失敗してるケース』だよね?」
「・・・はい」
濡れそぼった乳白色のスリップが貼り付き、肌が透けて見える扇情的な姿。
金の髪から、顎先から。
おびただしい汗を滴らせつつ、総会長が言う。
「とにかく、宗教による思想統制を投げ出したのが致命的。
天界に属する者が、っていう責任部分は、今更言っても仕方無いけども。
事実として、そのせいで全部が悪い方向へ傾いちゃった」
「・・・はい」
「思想統制が不完全だから、戦争が続き。
戦争が続くから、人類の総数が伸び悩み。
そして。
人口が少ないから、宇宙に出て他星へ移住する必要が無かった。
地球環境を破壊しながらも、”何とかやっていける”と信じ込んで。
結局、そこから一歩も踏み出せなくて。
その程度の文明だから、外宇宙の知的生物からも無視された。
───ごく普通の、一般的なケースなら、こうはならないよ?
人類は生命体として、最大でも最強でもないけれど。
それでも大抵は、『直立甲殻類』と並んで『4強』に入るくらいなのに。
全然駄目!
どこまでいったって、種族内の紛争すら終わる目が無いよ。
おまけにこれ、早くも《精神的退化》の時期に突入しちゃってる」
「・・・・・・」
「演算結果が間違ってると感じたら、正直に言っていいよ?」
「・・・いえ。
総会長の見解を支持します。
管理官たる私にも、ここからの挽回手段は皆無です」
「うんうん。
どうやったって、すでに『詰んでる』よね?」
「ええ」
「───じゃあ、あっちゃん。
『それ』、終了させちゃおうよ!
今ね、《新規作成》してるのが幾つかあるから。
管理官の地位のまま、その一つに赴任させてあげるよ。
総会長権限で!」
「・・・いえ・・・それは・・・」




