658話 Nothing worth living for or dying for. 08
・
・
・
・
・
・
・
「・・・・・・くそったれ!
何が『ゲーム』だ!」
テーブルに突っ伏し、僕は悪態を吐くしかなかった。
「こんなもの、最初から勝敗すら無い。
口の回りを良くする為の、手の込んだ誘導尋問じゃないか!」
「けれど、そのお陰で罪悪感も薄くなっただろう」
「はあ!?」
「逃げ道を塞がれ、追い詰められ───仕方なく喋ったのだ。
君には何も非が無く、私だけが悪者。
それで、丸く収まったということだ」
「当然だろ、それは!」
「どのみち《補佐官》は、《規格外品》ではない。
仲間を売ったわけでもないのだから、そう落ち込まなくとも良かろう」
「・・・・・・」
「大した事も出来ぬくせに、手の届かない部分へまで同情して、悔やむ。
そういう《人間のふり》をしてみたところで、人間になれはしないよ?」
「それが真実だとしても、あんたに説教する資格は無いだろ」
「そうだね。
だから一応、《説教するふり》をしてみただけさ」
「・・・・・・」
「私としては、これで欲しい情報が手に入った。
どうして『それ』が《補佐官》に立候補したのか。
そして、採用されたのか。
とても納得がゆく回答だったよ。
───だから、こちらも約束を守ろう。
───これ以降、我々は《規格外品》を『削除』しない。
君が口を割らない場合に備え、ネイテンスキィを待機させていたけれど。
君の仲間達。
『落書き犯』も『小説家気取り』も、生かしておこうじゃないか」
「っ!!」
まさか。
全員の座標がバレているのか!?
いつからだ!?
「まあ、楽にするといい。
これで君に対する用件は、完全に終了した。
勾留期限まで、あと3日ほどあるが。
それまでは精々、健康的な食事と十分な睡眠を取って。
少しも文句を付けられない『万全な状態』で、住処に帰りたまえ」
「・・・なあ。ちょっと、質問してもいいか?」
「勿論良いとも、『無法の王』。
何でも答えよう。
私がそうする理由も、説明するべきかね?」
「いや。
別にそれは、聞きたくない」
「ふむ」
”何でも答える”なんて、大盤振る舞いは。
こいつが今、大変に上機嫌だからじゃあない。
僕や、僕の仲間・・・《規格外品》という存在が、どうでもよくなったから。
元々興味が無かったのに加え、利用する価値さえ失ったから。
どんな最高機密も、聞いているのが蟻ならば躊躇わずに話せる。
相手にもしていない。
ただそれだけの事。
そして、そういうスタンスを隠す気もございません、って?
「・・・袋に入った『ドロドロ死体』。
あれを作ったのは、あんたで間違い無いか?」
「死体にしたのは、別の者だが。
ああなる前の状態の《製作者》という意味で問うたのなら、私だよ」
「なんで、あんなのを作る必要があったんだ?」
「それは、因果応報というものだろう」
またもや白煙を吹き出しながら、嘯く天使。
「君が、弟子とやらに『おかしな鎧』を着せるものだからね。
ああいった措置を取らざるを得まいよ」
『鎧』・・・『愚者の礼装』の事か?
あれが持つ無効化から逃れる為に。
何らかの技術で対抗するんじゃなくて、天使自体を『変えた』のか??
「・・・頭がイカレてるよ、あんた」
「あれほど『非道徳的な鎧』を作った君に言われると、光栄だな」
「・・・・・・」
「君は《墓守》からしか、天使の死体を入手できないからね。
現状に気付かれぬ内に、『鎧』の力を封じ込めてしまいたかったのさ。
ただ、『あの死体』だけは偶発的な産物で。
どうにも始末に困ったんだ。
君の研究材料になると分かっていても、放出するしかなかったよ」
「・・・・・・」
「勿論、購入した以上は、あれを好きに活用してくれて構わないが。
君が思っている程の役には、立たないだろうな」
「・・・何でだ?」
「言っただろう?
”もう君達を『削除』しない”、と。
それならばもう、我々が争う理由は見当たらない。
『鎧』を新調する必要だって無くなるだろう?」
「それ・・・本気で言ってるのか、あんた」
「当然さ。
お互いが心の底から願わなければ、平和など実現しないと思うが?」
「・・・・・・」
イカレ具合もここまで来りゃ、満点だ。
もう手遅れだ。
理屈だけで考えて、感情ってものを一切合切、無視してやがる。
自分だけじゃなく相手の分まで、勝手に!
「・・・だったら、『ネイテンスキィ』とやらは、何なんだ?」
「うむ。
彼女は、『あの死体』とは違うよ。
非常に有能で面白く、私としても、」
「余計な事はいい!
あいつは何なんだよ、いったい!?」
「君は今、彼女を───『あれ』ではなく、『あいつ』と呼んだが。
それはつまり。
私に問い掛けながらもすでに理解が及んでいる、とみて良いのかね?」
「あんたの口から、聞きたいんだよ」
「ふうむ。
それなら答えるが。
君が予想している、そのままだよ」
「・・・・・・」
「私は、《神》でも《管理官》でもないからね。
やがて訪れるだろう未来を、確定できない。
どうなっても対処出来るよう、身構えておくのみだ。
故に。
もしも、君達と手を組まなければならなくなった場合。
どれだけ説得しようと、我々を恨む事をやめてもらえなかった場合。
それを想定して、彼女を作ったのさ」
「・・・・・・」
「《規格外品》から振り分け。
丹念に記憶を消して、『天使にして』。
更にそれを選抜して、優秀な者を残した。
つまり。
そうする事によってこそ、互いが真に分かり合えるのだよ。
私は彼女を、”正式な天使だ”と認めよう。
君達だって『仲間が天使になった』のなら、祝福してくれるだろう?
天使の中には、『彼女のような者がいる』。
元《規格外品》である、同類が含まれる。
そうであれば、冷静になって過去の事も水に流せるのではないかね?」
「!!!」
「作り変える際の作業や、その後の選抜において、いくつも『失われた』が。
その命の数を思えば、無下にもできまい?
さあ───『無法の王』。
過ぎ去った時間よりも、これからを有意義に生きようじゃないか。
それこそが、知性ある者の振る舞いだと思うよ?」
こいつ、本気で。
心の底から本心で、とんでもない事を言ってやがる。
僕らを《規格外品》と呼び、手当り次第に命を刈り取りながら。
ゴミのように扱っておきながら。
その裏で、こんな───外道の行いを───
頭の中。
僕を捕らえた天使。
ネイテンスキィ・リッド・カーノンと名乗った女の、冷ややかな顔が浮かび。
何の比喩表現でもなく。
胃の中身を全部、テーブルにぶち撒けた。




