656話 Nothing worth living for or dying for. 06
「・・・あんた、ひょっとして・・・《船に乗った》のか?」
「そうとも」
「だったら、どうして今、此処にいる!?」
「それは勿論、途中で降りたからに決まっているだろう」
「・・・・・・」
「私はね。
乗船する際に相当、身構えていたんだよ。
出会ったことのない、未知の、高等で強大なモノによって排除されるか、と。
けれど、それは杞憂に終わった。
昇降台を進み、船内に入り。
《船》が出港してさえ、如何なる存在にも咎められる事はなかった。
───拍子抜けさ。
怯えて無駄な警戒をしていた自分に、笑ってしまったね」
「・・・・・・」
「しかし、そうなるとだ。
《船》は事実上、誰でも乗れると証明されたわけだが。
チケットを買わずに乗船できても、その行為が『正当』だとは限らない。
無料で《船》を使えるのは、『正当と見なされた乗員』だけ。
本来は彼等の為にこそ、就航している。
そういう具合にも推察可能だ。
ならば。
『正当でない乗員』は、どうなるのか?
───私があの自動操縦の《船》を管理する立場なら、答えは一つ。
《船》が『目的地』まで辿り着いた時。
相応しくない者が乗っていれば全員捕らえて、処罰するだろうな。
それこそ、『削除』という最も簡単な処理かもしれないが」
「・・・そう気付いたから、無理矢理に飛び降りたのか」
「ああ。
降りたというより、『逃げた』のほうが正確かな?
無断で乗った上に、《備品》を持ち出して船外へ逃れたのだから」
「《備品》??
それって、どういう代物だ?
タオルとか歯磨きセットか?」
「説明したところで、君には理解不能だと思うよ」
「教える気はないが、嫌味で僕の精神力を削りたい。
正直にそう言えばいいだろ」
「私としては、どう思われようと構わないけれどね」
「持ち逃げなんかやらかして、よく今まで生きてられたもんだ」
「──────。
案外、向こうからすればどうでもいい事なのかもしれないな」
2本目のタバコも消し、天使は楽しげに笑った。
「”どのみち『この世界』は滅び、全員死ぬのだから”。
そう決まっているならば、誰が何をしようと気に掛ける必要も無いだろう」
「・・・・・・」
そうやって余裕で構えていられるのは。
自分がその対象に入らない自信があるからか。
《主役級》ってのは、羨ましいもんだね。
《その他大勢》とは、根本的に違う。
悔しいが、『運命を変える力』だって持ってそうだもんな。
生き方や、死に方。
破滅のしかたすらも、《その他》とは隔絶されてるんだろうさ。
───つくづく思うよ。
───”『絵描き』をやめていて良かった”、と。
僕が今、『絵描き』であったなら。
当然、この男を描いたりはしない。
こいつの事が大嫌いだから、描かない。
絶対にだ。
そして。
毎晩ベッドで横になる度、苦しむのだろう。
”本当は《描けない》から逃げたのだ”と、己に責められて。
”こんなヤツ、描きたくないんだよ!”って、言い訳を繰り返し。
枕をバシバシ殴りながら、夜通し呻くんだろう。
───気持ち悪いんだよ、この天使。
───内側が、オカシイんだよ。
表皮の下に、《目的》がある。
肉や、骨や、血管も内臓すらも無く。
《目的》だけが、ギッチリと詰まって膨らんで。
それなのに。
マトモに動いて、マトモなふりをして笑ってやがる。
《目的》しか、入ってやしないんだ。
こいつは、『この世界』からの脱出を企てているけども。
何の為に脱出したいか、その理由が存在しない。
僕達を殺し続けてきたのと同じで。
脱出するという《目的》だけが、全てなんだ。
それ以外には、何も無いんだ。
普通はあるはずの《欲》や、《虚栄心》。
無意識の《本能》ですら、ほぼ持ち合わせていない。
”生きたい”より、”死にたくない”より、”脱出したい”。
それのみだ。
───こんなモノを、描けるわけがない。
こんなのが生きているなんて。
僕が生まれてきた事よりも数段、不自然でオカシイんだよ。




