650話 暴論は事態を収める 04
もう、どうなっても構わねぇ!!
やれるトコまで、やってやらぁ!!
覚悟をキメて、猛然と立ち上がり。
立ち上が───立ち───
ああ───
ビクともしない。
腰が椅子から、1ミクロンも浮きやしない。
「ぐあっ!」
「やめなさい、ヴァレスト。
動くと痛いわよ」
「・・・・・・」
ハイ。
アームロック、痛いですね、レンダリア様。
うぐぐ。
この有様をペテン野郎がさぞや笑っているだろう、と視線を向ければ。
奴も奴で、動けずにいた。
口を『X』にしたままのレンダリア嬢による、無言のアクション。
両手を水平に開いては閉じの、ブレークを求めるジェスチャーに遮られて。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
なんだよ、これ。
公園の砂場でケンカになりかけたら、互いの親が出てきたような。
”これだから男の子って、困るのよね”と、親達だけが以心伝心してるみたいな。
そりゃねぇよ。
俺ら、男の子は───いや、男は!
時に拳を交え、夕暮れの河川敷で決着を付けることにより、和解し!
もしくは、永久に決別する!
そういう単純明快、Dead or Aliveな生き物なんだぞ!
やらせてくれよ、頼むから!
”───駄目よ”
がっちりとロックされた腕を通し。
有線通信みたいに流れ込んでくる、慈愛に満ちた上位者の声。
”分からないのかしら。私が駄目と言ったら、『駄目』なのよ?”
・・・ハイ。
俺はもう、叱られてしょぼくれた犬みたいに、俯くしかなかった。
「──────良くない状況ね」
カップを置いたレンダリア様が、溜息をついてから一言。
未だ剣呑な雰囲気の俺達へ不快感を表わすように、テーブルを叩く指。
「あまりにもこれは、不平等じゃないかしら。
ルーベル・レイサンダー」
「なっ、何がじゃ・・・」
フルネームで名指しされ、激しく動揺する《ケンカ相手》。
哀れなり。
「私は今日、とても価値のある絵を手に入れ。
お前は、納得するかはともかく、極秘であろう情報を得た。
つまり、『メリットがあった』」
「・・・・・・」
「けれどね。
私のヴァレストは、どうなのかしら?
そこで大人しくしてらっしゃる、《レンダリアさん》は?
この2名には、特段の利益が見受けられないのだけど?」
「いや、俺に関しては別に、」
「勝手に辞退することは、許さないわよ」
「・・・ハイ」
暴れず、吠えず、我儘を言わない。
きちんと躾けられた俺もまた、哀れなり。
「ここにいる4名、全員が得をしないと、バランスが悪いわ。
このままだと、どうにもすっきりしないのよ。
皆が気持ち良くならなければ、私の心が落ち着かないの」
・・・うーーむ。
これは、何というか。
カリスマ性であり、優しさでもあるような。
そりゃあ、《纏め役》みたいな上から目線ではあれども。
そういう言い方をしながら、実際に場を収めようとしている。
道理に則った、推奨されるべき公平性を述べている。
・・・アレだな。
どうしてかレンダリア様って、ウチの姉貴を思い出させるんだよな。
姉貴もまあ、相当に暴れるほうではあるが。
ああ見えて、最後の最後は『理屈』を通してくる。
剣をおさめて説得にかかるんだ、本当に。
ただし、それは必ず『暴力』が振るわれた後であり。
おまけに、『ただの暴論』であり。
被害者としては、最悪の展開。
肉体と精神、ダブルの痛みに悶え苦しむわけだが───
「全員が、メリットを得る為に。
嬉しくなれるように。
一番自然で納得のゆく解決方法を、私が提示するわ」
───昔の。
───若い頃のアニーにそっくりな、笑顔が咲いた。
「ヴァレスト」
「ん」
「貴方は──────今夜、私の《姉》を抱きなさい」
「は??」
「別に、今からでも構わないけれど。
とにかく全力をもって、男女の営みを朝が来るまで果たしなさい」
「何だそれ!!??」
ヤバい!
姉貴と同じだ!
レンダリア様も完全に、『暴論』タイプだった!!
「おっ、おまっ!お前ッ!!
何を言っとるんじゃあああッ!!??」
顔が真っ赤、というより、目を血走らせて絶叫する爺さん。
「ふざけるでないわッ!!
儂のッ!!
儂のッ、レンダリア嬢をッ、こんな奴の毒牙にッ!!!」
「お前はすでに得をしたのだから、関係ないでしょう?
これは、残り2名の話よ?」
ひらひらと虫を払うような仕草であしらう、天下無敵のレンダリア様。
「何せヴァレストは、世に轟くほどの《女好き》だから。
『そちらのほう』も立派で、技術に長けているわ。
例えば、女性を満足させる熟練の、」
「やっ、やめてくれっ!!」
「ドラゴンなだけあって、しつこい程の、」
「うおあああああっ!!!」
「表に出んかッ、貴様ああああッ!!!」
「つまり。
これによって両者が満足すれば、全て丸く収まるのよ。
心配要らないわ、《お姉様》。
私のヴァレストは、とても優秀だから。
ほんの少しの勇気で、めくるめく世界へ──────
あら。
気絶だなんて、貴女。
そういうのは男性に介助される為の、常套手段なのだけど。
早速、その気になっているのかしら?
はしたないわね」
───休日のフラワーショップ兼カフェに、俺と爺ぃの絶叫が轟いた。
そして。
大切な事なので、もう一度だけ言っておこう。
”アームロックは、絶対に外れないから『アームロック』である”、と。




