649話 暴論は事態を収める 03
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───俺は。
───それなりに経験を積み重ねた、ナイスヤングなドラゴンだ。
悪魔ってのは、良くも悪くも淡々と『仕事』をこなす奴が多いが。
地上における人間社会の諸々に関し、俺ほど造詣が深いのも、そうはいない。
例えば、『アームロック』。
これを《腕関節を極める攻撃手段》と規定するのは、半分くらい間違っている。
実際のところ、《関節》どうこうが主点ではなく。
痛ければ、ただちに成立する。
身動きがとれなければ、それでオーケーなのだ。
心の中の『ドラゴン日記』に、渾身の筆圧でクッキリと記しておこう。
”アームがロックされたなら、『アームロック』である”、と!
「以前に聞いてはいたが・・・そっくりだな、本当に」
「あはは!
私が姉で、レンちゃんが」
「黙りなさい」
「・・・・・・」
イメージ的に、どこかの有名ウサギの如く口を『X』にして抗議する女性。
生粋の悪魔。
レンダリア様ならぬ、レンダリア嬢。
アニー曰く、優しさだけを取り出して生まれたのがレンダリア様らしいが。
それを更に抽出してフィルターで濾し、徹底的に凝縮させて。
その結果、爆誕したのがレンダリア嬢、みたいな感じだろうか。
「───何か失礼な事を考えていないかしら、ヴァレスト」
「いいや、まったく」
歴戦の紳士たるもの、返答に微塵の迷いも無し。
あってはならない。
右隣の席から仕掛けられたアームロックが、ビンビンに効いてる故に。
「しかし、それにしても。
久し振りだなぁ、おい!
まさかこの俺が、ペテン師野郎を手助けする羽目になるとはな!」
「ふん!
こちとら、貴様に頼んだ訳ではないわッ!」
「いやいや。
せっかく、また会えたんだ。
これまでの《契約料》、利子付きで払えよ『反抗者』!
あと、お前が悪魔から奪った魔力、魔法も全部返しやがれ!」
「阿呆め!
払わんから『食い逃げ』で!
返さんから『泥棒』じゃい!」
「テメぇ、開き直りか!?」
「落ち着きなさい、ヴァレスト。
ケンカなら、後で私が買ってあげるから」
おちょくった表情で灰色の舌を突き出す詐欺師に、歯噛みする俺。
くそう!
レンダリア様、『好意』しかねぇ!
物凄く”良かれ”と思い、俺を守ってくださってる!
こんな保護者同伴の情け無い姿、妹には絶対見せられないぞ!
別の意味で、姉貴にも!
「・・・まあ、とにかくだ。
色々と言いたい事はあるが、一旦は飲み込んでやって、だ」
自らの発言通り、目の前のコーヒーを呷ることで苦渋を流し込み。
「・・・渡せるだけの情報を、渡しておくぜ」
「・・・・・・」
「・・・安心しろ。
《天界へ拉致された男》は、とりあえず生きている。
危害が加えられることはない。
そう遠くない内、無事に帰される予定だ。
したがって、何もする必要はない。
・・・以上だ」
轟音。
テーブルが激しく揺れ。
コーヒーカップとソーサーが、悲鳴のような高い音を上げて跳ね踊った。
「ふざけるな、この『気取り屋』めッ!!
そんなもので、何の安心が得られるッ!?
”お前の情報が正しい”という保証はッ!?」
「やかましい、唾を飛ばすな!
安心できるかできないか、そっちの事情は知らん!
それと!
こいつは俺が調べたとかじゃなく、『魔王陛下からの御言葉』だぞ!!」
「だからどうした!?
地獄のボス猿ごとき、一々有り難がるほど耄碌しとらんわッ!!」
「・・・・・・お前・・・・・・」
よりにもよって。
とんでもねぇ事を、ほざきやがったな。
いくら温厚な俺でも、看過出来ない一線というものがある。
面と向かって陛下を侮辱されたら、もう口喧嘩じゃ済まされない。
これ、陛下と天界が水面下で協議した内容だぞ!
本来ならどこにも出せない《最高機密》を、特別に教えてくださったんだぞ!
おう、上等だよ、クソ爺ぃめ!!
ギリギリ死なねぇ程度に、ローストしちまうか!?
あのインチキな術式が、いつまでも通用すると思うなよ!?
『八位』に復帰した俺の、真の力!!
《第一種聖典》と同時にブチ込んでも、笑ってられるか!?
ええ、おいッ!!




